見出された課題、進化への糸口
白熱したラリーが続き、あっという間に時計の針がお昼の十二時を指していた。
「あ、もうこんな時間か……。みんな、ごめん、今日はここまでで抜けるな」
陽太が少し名残強そうにラケットをバッグに収め、コートを去る準備を始める。寂しそうな表情を浮かべる陽太の元へ駆け寄ると、彼は少し気まずそうに撓んだ前髪を掻き上げた。
「みゆ、ごめんな。せっかくのクリスマス、一緒に過ごせなくなっちゃって……」
「ううん、そんなの気にしてないよ! 陽太のおじいちゃんをしっかり見送ってあげてね。帰ってきたら、また一緒にテニスしよう」
「……うん、ありがと! 26日には戻るから、絶対すぐ連絡する!」
そう言ってパッと表情を明るくさせた陽太は、湊兄さんと蓮さんにも元気に頭を下げ、急ぎ足で家へと向かっていった。
午後の練習からはコートを一面使い、私が湊兄さんを相手に『波紋』の進化を目指す打ち込みが始まった。コート脇からは蓮さんが鋭い視線を送り、打球フォームやボールの軌道、身体の軸を細かくチェックしていく。
「よし、みゆ。どんどん打ち込んでこい!」
「うん、いくよ兄さん!」
打ち出される湊兄さんの重いストロークに対し、私は波紋を意識してインパクトの瞬間に力を集中させる。研ぎ澄まされた感覚がボールに伝わり、軌道が途中で鋭く変化する。
何十球と打ち合いを重ねたところで、蓮さんが手を挙げてラリーを止めた。
「そこまで。……うん、みゆの波紋の性質、だんだん掴めてきた。同時に、克服すべき『3つの課題』が見えた」
「3つ……ですか?」
私が首を傾げると、蓮さんは指を一本立てた。
「まず1つ目。相手の回転やコースに依存しすぎる点。でも、これは自分から回転をかける『能動的な波紋』や、コースを先読みして波紋をオフにして打ち返す戦術で、すでに解決できている」
「はい。フラットやドロップ、ポーチにも冷静に対応できるようになりました」
続けて、蓮さんは二本目の指を立て、隣の湊兄さんを見た。
「2つ目は、打つたびに身体へかかる極度の負荷だ。これは湊からも指摘されていたと思う、フォームの無駄を削ぎ落として関節への負担を減らしていく必要がある」
「……その通りです。だからこそ、今こうしてフォームの調整を行っています」
そして、蓮さんは真剣な眼差しで三本目の指を立てた。誰も……私自身も、湊兄さんさえも整理しきれていなかった『波紋の極限状態での穴』。
「そして3つ目。波紋のオンオフで対応しきれない『規格外の打球』に対する脆さだ」
「規格外の打球……?」
「ああ。例えば、波紋で対処できる限界を超えた『超回転のスマッシュ』。そしてもう一つは、波紋によって威力を増した球を、そのまま『ダイレクトボレーで返された時』だ。相手の力を利用する性質上、その二つに対しては今の波紋じゃ対応しきれず、完全に詰んでしまう」
「――っ!」
衝撃的な指摘に、私と湊兄さんは息を飲んだ。
相手の力を利用するカウンター戦法だからこそ、限界突破の回転力で押し切られた時や、波紋の威力をダイレクトで跳ね返された時に、対処する術を持っていない。今まで頭のどこかで感じていた死角を、蓮さんは見事な洞察力で言語化してみせたのだ。
「なるほど……波紋を攻略しにくる極限のトッププレイヤー相手なら、確実にそこを突いてくる……全国大会で白河こころが点数を決めていた時も回転を殺し切れていなかったな」
湊兄さんが深く唸り、蓮さんは私に向かって優しく、けれど力強い笑みを向けた。
「言葉で理解するより、体で覚えた方が早そうだ。まずは弱点の再現からいこう」
蓮さんがラケットを構え直し、真剣な眼差しでコートに立つ。
「超回転の球を打つ。みゆ、波紋で受けてみてくれ」
「はいっ、お願いします!」
蓮さんの手元から放たれたボールは、強烈な打球音とともに猛烈な縦回転を纏って私のコートへ跳ね上がった。私は足を滑り込ませ、集中力を極限まで高めてラケットの面を合わせる。
——シュッ!
(うん……これくらいなら……!)
対応可能な回転数の範囲内であれば、私は波紋を使ってボールの回転を殺し、相手コートの意図したピンポイントの場所へ完璧にコントロールして打ち返すことができる。しかし、蓮さんが徐々にスイングスピードを上げ、回転数を引き上げていくと——。
——バシィッ!
「くっ……!?」
ボールは相手コートへ戻ったものの、狙っていたベースラインギリギリのコーナーから大きく外れ、サイドライン際に着弾した。
(返せてはいる……でも、狙ったコースからズレてる!?)
「もう一球!」
蓮さんの容赦ない超回転ショットが続く。私は波紋のエネルギーを増幅させて勢いよく押し返そうと試みた。けれど、波紋で威力を増して返せば返すほど、ボールの着弾点に明らかな誤差が生じ、コースがまったく安定しなくなってしまう。
コート脇でその様子を凝視していた湊兄さんが、険しい表情で深く頷いた。
「……なるほど。みゆの波紋なら本来、寸分違わず狙ったコースへ落ちるはずなのに、明確にコントロールが狂ってるな」
素人の目から見れば、みゆが相手の重い球に打ち負けるどころか、回転と球速を凄まじく増幅させて強烈に打ち返しているようにしか見えないだろう。しかし、トップレベルの勝負において、狙ったコースから数センチ、数十センチずれることは致命的な隙となる。
「波紋の力は素晴らしいけれど、キャパシティを超える回転量をぶつけられると、抑えきれずにコントロールの精度が崩れてしまうんだ」
ラケットを下ろした蓮さんが、ゆっくりと息を整えながら解説する。
「超回転の攻略、そして波紋をダイレクトボレーで跳ね返された時の対応……。この二つの穴をどう埋めるか、それがこの冬休みのみゆの大きな課題だな」
「……はい! でも、自分の弱点がはっきり分かってワクワクしています」
私は汗を拭い、ぎゅっとラケットを握り直した。
蓮さんが見つけてくれた明確な欠点。この壁を乗り越えた時、私の『波紋』はきっと本当の意味で完成する。冬の冷たい空気の中、私たちの胸には確かな挑戦の火がともっていた。




