冬空の集い、それぞれの場所で
12月22日、冬休み初日。
朝の澄み切った冷気が立ち込める中、公園のテニスコートには、私と湊兄さん、陽太、そして湊兄さんと同じく星和学院高等部1年でレギュラーの北条蓮さんの4人が集まっていた。
「みんな、おはよ。冬休み初日から集まってくれてありがとう」
湊兄さんが息を白くさせながら声をかけると、蓮さんがラケットバッグを肩にかけ直して微笑んだ。
「おはよう、湊、みゆ。陽太もよろしく。せっかくの冬休みだ、みっちり追い込んでいくぞ」
「おはようございます、蓮さん!」
私が挨拶を返すと、隣に立っていた陽太が少しソワソワとした様子で口を開いた。
「あのさ……練習始める前に、みんなに話しておきたいことがあって」
いつものノリとは少し違う真面目なトーンに、みんなの視線が陽太に集まる。
「実はさ、昨日の夜、うちのひいおじいちゃんが亡くなったんだ。96歳で、病気とかじゃなくて寿命の大往生だったらしいんだけど」
「そうだったのか……」
湊兄さんが気遣うように眉を寄せる。陽太は言葉を続けた。
「で、今夜がお通夜で明日が葬儀だから、今日の午後から家族みんなで向かうことになったんだ。遠方だから昼過ぎには出なきゃいけなくて……今日の練習、俺は午前中しか参加できないんだ」
「遠出か。急なことで色々大変だな」
蓮さんが優しく声をかけると、陽太は申し訳なさそうに頭を下げた。
「あぁ……帰ってくるのも26日の予定なんだ。せっかく湊さんたちに練習付き合ってもらえることになったのに、最初から抜けちゃってホントごめん!」
「何言ってんだ、謝ることなんかねぇって」
湊兄さんはぽんと陽太の肩を叩いて、ニッと笑った。
「ひいおじいさん、しっかり見送ってこいよ。家族にとって一番大事な時なんだ、テニスのことなんか気にすんな」
「……湊さん、ありがとうございます」
陽太はホッとしたように表情を緩めた。
その後、湊兄さんと陽太は二人で少し離れたコートの端へ歩いていき、何か低く言葉を交わし始めた。
陽太がチラッとこちら――私の方を気に引きずるように見つめ、どこか申し訳なさそうな、けれど真剣な顔で湊兄さんに語りかけている。対する湊兄さんは、そんな陽太の想いを全部受け止めるように力強く頷き、陽太の肩をガシッと掴んでいた。
(……陽太、何を話してるんだろ。私のこと……かな?)
距離があって詳しい言葉までは聞き取れなかったけれど、二人の間には幼馴染ならではの強い絆と、男同士の特別な『約束』が交わされている気配がひしひしと伝わってきた。
「よし! じゃあ陽太、午前中の短い時間だけど、集中して目いっぱい身体動かすぞ!」
戻ってきた湊兄さんがコートを指さすと、陽太は吹っ切れたような弾けた笑顔でラケットを握り直した。
「おうっ!! 容赦なく頼むわ!」
コートは二つに分かれ、それぞれの課題に向き合う時間が始まった。
隣のコートでは、湊兄さんと陽太が熱心に言葉を交わしている。先日見たホームビデオの映像を思い返しながら、徹おじさんのしなやかなフォームを再現しようと何度も素振りを繰り返す陽太。湊兄さんはその動きを鋭い眼差しでチェックし、陽太の持つ野生的なスピードと柔軟性に合わせ、湊兄さんなりのアレンジを加えた体の使い方を直接指導していた。
「――そう、今の軸を意識したまま、もっと体を打球方向へ開放してみろ」
「こうですか……っ! おお、打ちやすい!」
幼馴染ならではの息の合った掛け合いで、着実に形にしていく二人。
一方、こちらのコートでは、私と蓮さんがネットを挟んでラリーを続けていた。
(……くっ、やっぱり思うようにいかない……!)
私は今、波紋の力に頼らない新しい打球技術を模索していた。自分の体の使い方だけでコースを隠し、回転量を変化させようと試みるものの、相手は全国トップクラスの強豪である蓮さんだ。私の小さな変化やフォームの迷いをあっさりと見破り、正確で重いストロークでコートの深くへと押し戻されてしまう。
打ち返すのが精一杯で、挑戦したい技術を出す前に体勢を崩されてしまう歯がゆさに、私は思わず唇を噛み締めた。
パンっ、と一際重い音を立てて蓮さんの球が私の足元に沈む。なんとか拾い上げたボールが力なくネットに引っかかると、蓮さんはラケットを手に持ち替え、不思議そうにこちらを見つめた。
「みゆ、少し動きが固いな。……『波紋』は使わないのか?」
「っ……はい。波紋の感覚だけに頼りすぎるのは危険かなって思って……素の技術を上げようとしてたんですけど……」
悔しそうにうつむく私に、蓮さんは優しく、けれど諭すような声で言葉をかけた。
「頼りすぎを警戒する気持ちは分かる。だが、波紋だって紛れもなくみゆの才能であり、今まで磨いてきた武器だろ? 余計な新しい技術に手を広げて迷うより、今の波紋をさらに進化させる方が、みゆには合ってるはずだ」
「波紋を……進化させる……」
蓮さんの言葉が、胸の中にすっと落ちていく。武器を封印して別の道を探すのではなく、自分の最大の強みをさらに上の領域へと昇華させる――それこそが、今の私が突き進むべき道なんだと直感した。
「……蓮さん、ありがとうございます。ハッとしました」
私はポンと頬を叩き、迷いを振り払うように凛とした表情でラケットを構え直した。
「すみませんでした。ここからは本気でいきます……! でも、色々と新しい波紋の使い方を試させていただきますね!」
「ふっ、いい顔になったな。来い! 全部受け止めてやる!」
蓮さんの頼もしい呼びかけに応えるように、私の足元から澄んだ波紋のイメージが広がっていく。冬の冷たい空気が一層冴え渡り、コート上に再び激しくも鮮やかな球打音が弾け飛んだ。




