それぞれの軌跡、拓くべき未来
全ての映像を見終わり、静寂が包むリビング。テレビ画面が黒く暗転しても、心に残る熱量は少しも冷めなかった。
「……みんな、見てくれてありがとう。率直にどう思ったか、意見を聞かせてほしい」
湊兄さんが画面から向き直り、みんなを見渡した。最初に口を開いたのは陽太だった。
「俺は……正直、言葉が出ないくらい刺激を受けました。徹さんのどこからでもコースを狙えるしなやかなフォームと、健一さんのあの力強く速いストローク……。取り入れられるなら全部自分のものにしたいって本気で思いました」
「私も……」と私も頷く。「徹叔父さんのボレーの入り方や、相手の足元を突くタッチの柔らかさは、女子のダブルスでもすごく参考になると思う」
「うん、二人とも同感だ。俺も参考になるポイントは山ほどあった」
湊兄さんは深く頷きつつ、自分の両手を見つめた。
「ただ……父さんのプレイスタイルは、しなやかさと柔らかいタッチを極限まで活かした技巧派だ。俺のプレイは、パワーとテクニック、直感と瞬間的な判断、そして持久力で押していくスタイルだからな。父さんの真似をそのままするわけじゃない」
そう言って、湊兄さんは陽太の方へ視線を向けた。
「むしろ……父さんのしなやかな体の使い方やコースの隠し方は、陽太の持つスピードや柔軟性、あの野生的な本能と意地を活かしたプレイスタイルにすごく近い印象を受けた」
「えっ……俺のスタイルに、ですか!?」
驚く陽太に、湊兄さんは力強く微笑んだ。
「ああ。中等部二年の今のお前やみゆは、一番伸びしろがあって吸収力も高い時期だ。お前なら父さんの映像から得られるものが一番大きいはずだ。……俺は俺で、父さんの最高のタッチやコース取りを盗みつつ、自分の強みをさらに極めていく」
思考を整理し終えた湊兄さんの瞳には、一切の迷いがなくなっていた。
「俺は今、星和学院高等部の1年としてコートに立っている。まずは蓮と一緒に、来年の全国制覇を絶対に掴み取る。そしてその先で――父さんが戦った、プロの世界へ挑む」
まっすぐな言葉で宣言された、明確な将来の目標。
「湊さん……っ! 絶対に蓮さんと一緒に全国制覇してください! 俺も全力で追いかけます!」
「ふふ、湊なら絶対にプロになれるわ」
熱を帯びたテニス談義と将来の夢についての語り合いは尽きず、気づけば時計の針は夜の8時を大きく回っていた。
「うわ、もうこんな時間……! 長居しちゃってごめんね」
窓の外の真っ暗な景色に気づいた葵さんが、慌てたように立ち上がった。
「遅くまで付き合わせてすまない、外も暗いから、家まで送っていく。歩いたら20分くらいかかるしな」
上着を羽織った湊兄さんが、葵さんと一緒に玄関へと向かう。
「それじゃ、みんな。葵さんを家まで送ってくる」
「気をつけてね、兄さん、葵さん!」
「葵さん、ありがとうございました! 」
「二人ともありがとう、お邪魔しました!」
二人の足音が遠ざかり、パタンと玄関のドアが閉まる。静かになったリビングで、私と陽太は温かいお茶の湯気を眺めながら、再びソファに深く腰掛けた。
「……すごかったな、今日の映像。未だに興奮が冷めないよ」
陽太が自分の掌を握ったり開いたりしながら、ぽつりと呟いた。
「うん。……ねえ、陽太。私たちが今一番考えなきゃいけないのって、あの映像の『活かし方』だよね」
私の言葉に、陽太が真剣な眼差しで頷く。
「そうなんだよな。高校時代の徹さんと健一さんのダブルスもすごかったけど……プロ時代の徹さんの映像はシングルスだったろ? 今、俺もみゆも中等部テニス部で『シングルス1(S1)』のエース枠を任されてるから、やっぱりプロ時代のシングルスの動きが直接的にめちゃくちゃ参考になると思うんだ」
「うん! 徹おじさんのシングルスでの無駄のないコートカバーや、相手の体勢を崩してから一気に前に詰める判断の速さ……まさに今、私たちがシングルスで取り入れるべきプレイそのものだったよね」
私が頷くと、陽太は腕を組んで少し思考を巡らせた。
「でもさ……高校時代のあの完璧なダブルスも凄まじかったじゃないか。星和の層の厚さを考えたら、今後の団体戦や大会でいつ『ダブルスで出ろ』って言われるかも分からないだろ?」
「確かに……。どっちか片方しか対応できないようじゃ、本当のエースとは言えないもんね」
「おう。プロ時代のシングルスのプレイを徹底的に参考にしつつ、いざダブルスを任された時は、あの高校時代の二人のような息の合った連携も見せられるようにする。シングルスでもダブルスでも、どちらで出場することになっても完璧に対応できるように準備しておかないとな!」
「うん! どんな局面でもチームを勝たせられる選手になろう」
プロのシングルスから技術を学びつつ、ダブルスへの適応力も高めておく――目指すべき方向性を共有した私と陽太は、顔を見合わせて力強く頷き合った。
テニス談義に花を咲かせながら待つこと1時間半ほど。葵さんを家まで無事に送り届け、帰路を歩いて戻ってきた湊兄さんが「ただいまー」と静かにリビングへ戻ってきた時には、時計の針は夜の9時半を回っていた。
「おかえり、兄さん。無事に送り届けられた?」
「ああ。夜道は冷えるから心配だったけど、ちゃんと送り届けてきたさ」
寒さで少し鼻の頭を赤くした湊兄さんが、上着を脱ぎながらリビングの温もりに息を吐いた。
「よし、じゃあ俺もそろそろ家に帰るわ! 湊さん、今日は本当にありがとうございました。めちゃくちゃ身になる一日でした!」
湊兄さんの帰宅を見届けて、陽太も満足そうな表情で立ち上がった。玄関まで見送りに向かうと、陽太はコートを羽織りながら、パッと顔を上げて湊兄さんを見つめた。
「あの……湊さん!」
「ん? どうした、陽太」
「もうすぐ冬休みに入るじゃないですか。もし良かったら……冬休みの間、俺の練習に付き合ってもらえませんか! 今日見た徹さんや健一さんのプレイ、プロのシングルスの技術をどうしても自分のものにしたくて……! 湊さんの胸を借りたいんです!」
真剣な眼差しで頭を下げて頼み込む陽太。
「……本気なんだな?」
低く重みのある声。湊兄さんは陽太を正面からじっと見つめ返し、静かに言葉を重ねた。
「俺が練習に付き合う以上、生半可な気持ちじゃ許さないぞ。今のお前に必要なのは、今日見たイメージを自分の体で表現できるようになるまでの徹底的な反復だ。相当きついメニューになるが、途中で逃げ出さない覚悟はあるか?」
テニスが絡むと一切の妥協を排する湊兄さんの威圧感に、陽太はゴクリと唾を飲み込んだ。けれど、すぐにその視線を受け止め、力強く頷く。
「……はい! どんなにきつくても、絶対についていきます!」
「……いい返事だ」
陽太の覚悟を確認すると、湊兄さんの唇にフッと挑戦的な笑みが浮かんだ。
「いいぞ、付き合ってやる。みゆもだ。二人まとめて、この冬休みで徹底的にしごいてやるから覚悟しておけよ」
「……っ、はい! 望むところです!」
「ふふ、私も覚悟して挑むね!」
厳しさの裏にある確かな信頼と熱量に、陽太の瞳が再び燃え上がる。
「それじゃあ、お邪魔しました! おやすみなさい!」
陽太が気合の入った足取りでお隣へと帰っていき、玄関に静けさが戻る。
「……あいつ、絶対にもっと化けるな」
鍵を閉めながら、湊兄さんが穏やかな声で呟いた。
「ふふ、湊兄さんが本気で指導してくれるんだもんね。私も負けていられないな」
「ああ、お互い容赦なくいくからな。……最高の冬休みにしよう」
父たちの遺してくれた絆と映像は、今を生きる私たちの背中を押す確かな道標となっていた。冬の澄んだ夜空の下、コート上でぶつかり合う熱い誓いを胸に、私たちは新しいステップへと踏み出していた。
おはようございます。
作者のFERILUです。
『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』
を読んでくださりありがとうございます。
次から冬休み編へ突入します。




