紡がれたフィルム、色褪せない鼓動
12月も半ばを過ぎ、吐く息の白さが一段と濃くなった週末の午前中。
水瀬家のリビングには、いつもより少し特別な緊張感と温かな空気が満ちていた。
「お邪魔しまーす! うわ、外めっちゃ寒い……!」
お隣の陽太が元気な声を響かせてやってくると、ほぼ同じタイミングで、20分ほどかけて来てくれた葵さんも到着した。
「葵ちゃん、いらっしゃい。……戻ってきてからはこうして直接会うのは初めてね。会えて嬉しいわ」
キッチンから出てきたお姉ちゃんが優しく微笑むと、葵さんも少し背筋を伸ばして丁寧に頭を下げた。
「雫お姉さん、お久しぶりです!今日はお邪魔します!」
お姉ちゃんは二人を招き入れると、さっそく温かいお茶の準備を進めてくれた。
リビングの大きなテーブルの上には、先日神崎の生家から持ち帰ったビデオテープやDVDのケースが綺麗に並べられている。テレビ画面の前に、湊兄さん、私、陽太、葵さんの四人が腰を下ろした。
「本当に……俺も一緒に見ていいんですよね、湊さん」
並べられたテープを前に、陽太がどこか緊張した面持ちで改めて湊兄さんに向き直る。湊兄さんは穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。
「ああ。前にも言ったが、お前たちなら問題ない、父さんも喜ぶと思う」
「うん。徹叔父さんのプレイ、私、記憶ないから……こうして映像で見られるなんて本当に楽しみ」
葵さんも胸の前で手を合わせ、期待に目を輝かせている。
「それじゃあ、まずは悟おじいちゃんが撮影してくれた、徹おじさんの中学・高校時代のテープから見てみようか」
湊兄さんが慎重な手つきでビデオテープをデッキに挿入し、再生ボタンを押した。
カチャリと小さな動作音が響き、テレビ画面の砂嵐が消える。画面に映し出されたのは――荒い画質の中に残る、今から何年も前の鮮烈な「コートの光景」だった。
ジジッという特有のノイズと共に、画面には少年時代の徹おじさんの姿が映し出された。
「……すごい、打球の伸びがハンパない」
陽太が食い入るように画面を見つめ、感嘆の声を漏らす。中学時代の徹おじさんは、すでにしなやかで鋭いフォームを完成させていた。
「どうだ、陽太?」
「うーん……間違いなくめちゃくちゃ上手いです。でも、正直に言っていいなら……今時点での湊さんの方が、スピードも球威も上だと思います。今の湊さん、化け物じみてますから」
「おい」
陽太の正直すぎる感想に、湊兄さんが苦笑いを浮かべる。けれど、その瞳にはどこか誇らしげな色が宿っていた。父親の面影を追いかけつつも、自分が積み重ねてきた努力の成果を実感できたのかもしれない。
続いて、デッキに挿入されたのは高校時代のテープだった。画質が少し鮮明になり、活気に満ちた高校テニスのインターハイ予選と思われるコートが映し出される。
「あ、徹叔父さんだ! ダブルスに出てる……あっちのペアの人、すごく背が高くて体格が良いね」
葵さんが画面を指さした。徹おじさんの隣でラケットを握り、鋭いボレーを決めているのは、ガッシリとした体格の精悍な高校生だった。
その瞬間、お茶を運んできてくれたお姉ちゃんが、ピタリと足を止めた。
「……えっ? うそ……」
「お姉ちゃん? どうしたの?」
私が振り返ると、お姉ちゃんはトレイを抱えたまま、信じられないものを見るような目で画面を凝視していた。
「……お父さん……?」
「え……? お父さんって……健一お父さん!?」
私と湊兄さんの声が重なった。慌てて画面に顔を近づける。力強いサーブを打ち込み、徹おじさんとハイタッチを交わして笑い合っているその少年は――間違いなく、若かりし頃の健一お父さんの面影を残していた。
「へぇ、みゆたんたちのお父様も……テニスをやっていたんだね……」
葵さんも目を見開いている。
「私、一度もお父さんからテニスをしていたなんて聞いたことないよ……! お姉ちゃんも知らなかったの!?」
「ええ……一度も聞いたことないわ。スポーツの話なんて、野球の観戦くらいしか……」
お姉ちゃんも動揺を隠せない様子で画面を見つめている。
高校時代の映像が進むにつれ、コートに立つ二人――徹おじさんと健一お父さんの凄まじいプレイに、リビングの誰もが息をのんだ。
画面は高校三年生、全国高校総体の男子決勝戦へと切り替わる。超満員の観客席、張り詰めた緊張感の中で、二人の息は完璧に同調していた。
「すっげえ……なんだよこれ、次元が違う……!」
陽太が立ち上がりかけるほど身を乗り出し、目を奪われている。
健一お父さんが放つ力強く重いフラットサーブで相手の崩しを誘い、浮いてきた球を前衛の徹おじさんがしなやかで鋭いボレーで一瞬にして仕留める。互いの動きを視線だけで察知し、穴のない陣形を瞬時に組み直すその戦術と技術は、まさに全国トップクラスのものだった。
やがて、マッチポイントとなる鮮やかなセンターへのサービスエースが決まる。審判のコールが響き渡ると同時に、二人はコート中央で激しく抱き合い、飛び上がって勝利を爆発させた。
「……全国優勝、してたんだ……」
葵さんが呟く。表彰台の一番高い場所で、賞状と大きなトロフィーを誇らしげに掲げる若き日の二人の笑顔は、眩しいほどに輝いていた。
「……うん。二人のプレイスタイル、すごく洗練されている」
ずっと静かに画面を見つめていた湊兄さんが、噛み締めるように声を漏らした。
「父さんのボレーのタッチ、コースの隠し方……今の俺にとっても勉強になるポイントが山ほどある。それに、健一お父さんの配球の組み立てやコートカバーの広さも……二人のコンビネーションは、俺たちが目指すべき完成形の一つだ」
湊兄さんの瞳には、父親への深い尊敬と、選手としてさらに高みを目指す真摯な光が宿っていた。
「お父さん、どうしてこんな凄い実績があったのに、私たちに一度も話してくれなかったんだろう……」
お姉ちゃんが愛おしそうに画面を撫でる。お父さんはきっと、事故で親友を失った悲しみと罪悪感から、自分がテニスをしていた過去すら胸の奥深くへ仕舞い込んでいたのだろう。
「でも……知れてよかった」
私が呟くと、湊兄さんもそっと頷いた。
「ああ。父さんたちが築いてくれた絆の強さを、こうして目で見ることができた。……俺も、負けていられないな」
画面の中で眩しく笑う二人の背中は、時を超えて、今を生きる私たちへ確かな情熱と道標を授けてくれていた。




