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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第27章:本当の家族、本当の自分

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屋上の冬風、預けられた言葉

重い扉を押し開けると、冷たい冬の風が容赦なく私たちの頬を叩いた。


立ち並ぶ大きな室外機の合間を縫い、フェンス越しに広がっているのは、どんよりとした曇り空と隣町の街並みだった。澄んだ冷気が、火照っていた私の顔を少しだけ冷ましてくれる。


「うう……寒っ。でも、少しスッキリするね」


葵さんはコートの襟を立てながら微笑み、フェンスにそっと手をかけた。私はその隣に立ち、溢れ出そうになる溜息を必死に呑み込む。


「……ねえ、みゆちゃん」


葵さんは遠くの街並みを見つめたまま、静かな声で口を開いた。


「私ね……幼い頃に湊くんがいなくなってから、ずっと遠くに引っ越しちゃっただけだと思ってたの。先日湊くんに再会して、初めて本当のご両親が事故で亡くなったって聞かされたばかりで……正直、事故の詳しい内容までは何も知らなくて」


葵さんは視線を私へと向け、少し申し訳なさそうに眉をひそめた。


「だから……薫子おばあちゃんが、どうしてあんなに水瀬家やみゆちゃんを目の敵にするのか……本当の理由が分からなくて。聞いても、大丈夫……?」


私はゆっくりと息を吐き出し、胸の奥に眠る真実を静かに呼び起こした。


「……うん。葵さんには、ちゃんと話すね」


風が私たちの髪を揺らす中、私は父さんの日記で知ったあの夜の真相を、ぽつりぽつりと語り始めた。


「十四年前の激しい暴風雨の夜……母さんが急に破水したの。遠くにいた父さんの代わりに、真っ先に駆けつけて病院へ送ろうとしてくれたのが、兄さんのお父さん……徹おじさんだった」


「え……っ」


「事故は、暴風雨の中で信号無視をして突っ込んできた大型トラックのもらい事故だった。……徹おじさんは即死で、同乗していた祥子おばさんは……激しい衝撃から母さんとお腹の中にいた私を身を挺して庇って……そのまま亡くなったの。私と母さんが助かったのは、祥子おばさんが命を懸けて守ってくれたからだった」


そこまで話すと、胸の奥がまたツンと痛んだ。


「おばあちゃん達からしてみれば……『水瀬の家の陣痛さえなければ、娘夫婦は死なずに済んだ』って……そう思うのは当然なんだと思う。それなのに、私たちが湊兄さんを引き取って育ててきたことすら、おばあちゃんには許せないんだと思うの」


ポロポロと溢れそうになる涙を必死に耐え、俯く私。


「だから……おばあちゃんが私を拒絶するのも当たり前なの。私の存在そのものが、あの事故の理由になっちゃってるから……。やっぱり私、ここに来ちゃいけなかったんだね」


涙を拭おうとする私を、葵さんは「そうだったんだね……」と切なそうに溢しながら、優しく肩を抱き寄せてくれた。


「辛いこと、話してくれてありがとう。……みゆちゃんが背負うことじゃないのに、ずっと苦しかったよね」


寄り添ってくれた葵さんは、ふと思い出したように顔を上げ、私の目をまっすぐに見つめた。


「あ……そうだ、みゆちゃん! 大事なことを言うの忘れてた」


「え……?」


「病室を出る時ね、湊くんから伝言を頼まれていたの」


葵さんは、どこか誇らしげで、けれど少し悔しそうな優しい苦笑いを浮かべた。


「『みゆに、後は任せておけって伝えてくれ』……って。湊くん、そう言ってたよ」


「……任せておけ、ですか」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で固まっていた冷たい塊が、すっと解けていくような感覚があった。自分の言葉で、自分の過去と向き合おうとしている湊兄さん。その背中が、目に浮かぶようだった。


「うん。湊くんね、『みゆを頼む。一時間くらいしたら戻ってきてくれ』って、私にすごく真剣な顔で言ってきたの。ふふ、なんだかちょっと嫉妬しちゃうくらい、みゆちゃんのこと大切に思ってるのが伝わってきたよ」


葵さんは少しおどけたように微笑みながら、寒そうに自分の両腕をさすった。時計を見ると、屋上で話を始めてからすでに三十分ほどが経過している。冬の冷気は容赦なく体を奪っていた。


「……葵さん、寒かったですよね。すみません、話を聞いてもらっちゃって」


「ううん、ううん! でも、そろそろ中に入ろうか。あんまり長居して風邪でもひいたら、それこそ湊くんに叱られちゃうしね」


私たちは顔を見合わせ、小さく笑い合った。重い鉄の扉を押して病院の建物内へ戻ると、暖房の効いた温もりが体を包み込んでくれる。ロビーのベンチに腰掛け、温かい缶ジュースを分け合いながら他愛もない話をしているうちに、私の荒れていた心もようやく落ち着きを取り戻していった。


さらに二十分ほどが過ぎた頃――。


「……みゆちゃん、葵ちゃん。ここにいたんだね」


エレベーターの方から、悟おじいちゃんがゆっくりと歩み寄ってきた。その表情はどこか穏やかで、柔らかな安堵の色を浮かべている。


「悟おじいちゃん……っ! あの、薫子おばあちゃんは……?」


不安になって立ち上がった私を、悟おじいちゃんは優しく手を振って宥めてくれた。


「大丈夫だよ、みゆちゃん。落ち着いたから、二人も病室へ戻ろう。……湊が待っているよ」


「……はい」


胸の鼓動が再び早くなるのを感じながら、私たちは悟おじいちゃんの後について静かな廊下を進んだ。


薫子おばあちゃんの病室の前に着く。扉を隔てた向こう側から、ふいに楽しそうな笑い声が聞こえてきた。先ほどの激しい怒声が嘘のように、温かく柔らかな雰囲気が漏れ聞こえてくる。


(また……私が入ったら、険悪な空気になっちゃうんじゃないかな……)


ドアノブに手をかけた悟おじいちゃんの背中を見つめながら、私は固く拳を握りしめ、小さく息を呑んだ。


カチリとドアノブが回り、ゆっくりと扉が開かれていく――。


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