受け止める決意、重なる覚悟
静寂が包み込む居間の中で、湊兄さんは握りしめた自分の拳をじっと見つめていた。
事故によって断ち切られたのは、命だけではなかった。あの日を境に、残された者たちの時間も、心も、深く傷ついたまま止まっていたのだ。自分を愛して育んでくれた水瀬家と、娘を失った悲しみの中で相手を恨み続けてしまった三谷家。そのどちらの想いも、湊兄さんにとっては重く切ない事実だった。
「……行きたいです」
静かだが、一点の迷いもない声だった。湊兄さんは顔を上げ、悟おじいちゃんと政子おばあちゃんをまっすぐに見つめた。
「母さんを生んでくれたおじいちゃんとおばあちゃんです。俺を産んでくれた母さんのルーツであり、俺にとっても大切な家族だから。たとえどんな言葉を投げかけられても、俺は逃げたくありません。俺が生きていること……父さんと母さんが遺してくれた命がここにあることを、智樹おじいちゃんのお墓と、薫子おばあちゃんに伝えたいんです」
「湊くん……」
隣で聞いていた葵さんが、胸を押さえるように息を呑む。私も涙で視界が滲む中、湊兄さんの横顔を見つめた。そこには、過去のすべてを受け止め、未来へ進もうとする強い意志が宿っていた。
「そうか……。よく言ったな、湊」
悟おじいちゃんは何度も頷き、目元を固く拭った。政子おばあちゃんも、愛おしそうに湊兄さんの手を包み込む。
「智樹さんも薫子さんもね、本当は誰よりも情の深い、優しい人たちだったのよ。だからこそ、悲しみが深すぎたの……。でもね、湊のその言葉を聞いたら、きっと、きっと喜んでくれるわ」
「ありがとう、悟おじいちゃん、政子おばあちゃん。……俺、二人にも会えて本当によかった」
湊兄さんの感謝の言葉に、部屋の中は再びあたたかな空気で満たされていく。
神崎の家に引き継がれた愛と誇り。そして、これから向き合うべきもう一つの過去。
私たちは互いに顔を見合わせ、しっかりと頷き合った。
「三谷のおじいちゃんのお墓参りも、薫子おばあちゃんの病院も……今日からじゃ少し時間が遅いな。明日の朝、一番に向かうことにしよう」
悟おじいちゃんが柱時計を見上げながらそう言うと、政子おばあちゃんも優しく笑みを浮かべて頷いた。
「ええ、そうしましょう。……湊、みゆちゃん、葵ちゃん。今日はこのままうちに泊まっていきなさい。部屋ならたくさんあるから、好きに使ってくれて構わないのよ」
「えっ、でも……急にお邪魔してご迷惑じゃ……」
申し訳なさそうにする湊兄さんに、悟おじいちゃんは破顔して手を振った。
「何を言っているんだ。孫が自分の家に泊まるのに遠慮なんかいらん。昔、徹が使っていた部屋も、客間も綺麗にしてあるんだからな」
「ありがとう、おじいちゃん、おばあちゃん。……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
湊兄さんが頭を下げると、二人は本当に嬉しそうに目元を緩めた。
夕食の後、政子おばあちゃんが「女の子同士の方が気楽でしょう」と気を利かせてくれ、私と葵さんは日当たりの良い二階の客間を一緒に使わせてもらうことになった。大きな二つの布団が綺麗に並べられ、部屋にはお日様の匂いが心地よく漂っている。
お風呂をいただき、借りたパジャマに着替えて布団に潜り込むと、今日一日の色濃い出来事が一気に胸に押し寄せてきた。
「……ふう。すごく濃い一日だったね、みゆちゃん」
隣の布団から、葵さんが天井を見上げながらぽつりと呟いた。
「そうですね……。色んなことがあったけど、神崎のおじい様たちに会えて、本当によかった」
部屋の明かりを小さく落とすと、静まり返った和室に、どこか気恥ずかしくも温かい空気が満ちていく。明日という大切な日を前に、私と葵さんの夜は静かに更けていくのだった。




