ふたつの家族、交わる食卓
アルバムを閉じて静かに涙を拭った後、私たちは政子おばあちゃんに促されて居間へと移動した。
大きな座卓の上には、雫お姉ちゃんが持たせてくれた色鮮やかな手料理が綺麗に盛り付けられている。彩り豊かな筑前煮や、丁寧に出汁が染み込んだだし巻き卵、それに湊兄さんの好物でもあるローストビーフ。そこへ、政子おばあちゃんが作ってくれた温かいお吸い物と天ぷらが運ばれてきた。
「水瀬家のお姉ちゃん、お料理がとっても上手なのねえ。どれも本当に美味しそう」
「はい! 雫姉さんの料理は、うちの自慢なんです」
湊兄さんが誇らしげに胸を張り、葵さんも「わぁ、いい匂い!」と目を輝かせた。水瀬家の味と神崎家の味が、ひとつの食卓に並んで交わり合う。それはまるで、これまで交わることのなかった二つの家族が、ようやく一つに結びついたことを象徴しているかのようだった。
「さあ、冷めないうちにみんなでいただこう」
悟おじいちゃんの合図で、全員で手を合わせる。お姉ちゃんの優しい味付けと、おばあちゃんのどこか懐かしくなるような温かい味が口いっぱいに広がり、さきほどまでの涙で少し疲れた心をじんわりと解きほぐしていった。
和やかな食事が進む中、悟おじいちゃんがお茶を啜りながら、優しく湊兄さんに視線を向けた。
「湊。……もしよかったら、今日までのことを聞かせてくれないか? 水瀬家で、どんな風に過ごしてきたんだい?」
その問いかけに、湊兄さんは持っていたお箸をそっと置き、居住まいを正した。
「はい。……父さんも母さんも、俺とみゆの間に、一切の壁を作りませんでした。俺は自分が養子だなんて微塵も疑わず、本当に普通の、どこにでもいる長男として育ててもらったんです」
湊兄さんの声は穏やかで、水瀬家への深い愛情と感謝に満ちていた。
小さい頃の休日は父さんと一緒にスポーツに明け暮れたこと。母さんがいつも一番の味方でいてくれたこと。しっかり者の雫お姉ちゃんに何度も助けられ、隣の家に住む陽太とは兄弟喧嘩をしながらも親友のように育ってきたこと。
「そして……みゆが、いつも俺の隣で笑っていてくれました。水瀬家のみんなが、俺にたくさんの愛を教えてくれたんです」
隣に座る私を優しく見つめながら語る湊兄さんの言葉に、悟おじいちゃんも政子おばあちゃんも、安心したように何度も、何度も深く頷いていた。
「……そうか。健一くんたちは、徹と祥子さんの願いを、それ以上に叶えてくれたんだな」
悟おじいちゃんの目には再びうっすらと涙が浮かんでいたが、それは悲しみの涙ではなく、確かな安堵と喜びに満ちた温かい涙だった。窓から差し込む柔らかな冬の陽だまりが、交わり合ったふたつの家族を優しく包み込んでいた。
穏やかな食卓の空気が落ち着きを見せた頃、悟おじいちゃんがふっと表情を引き締め、静かに湊兄さんを見つめた。
「湊。お前に……伝えておかなければならない悲しい現実がある」
その真剣な声色に、和やかだった居間の空気がぴんと張り詰める。湊兄さんは背筋を伸ばし、逃げずに悟おじいちゃんの言葉を待った。
「もう一組のおじいちゃんとおばあちゃん……祥子さんのご両親のことだ。お父さんの三谷智樹さんは、二年前の冬に病気で他界された。そして、お母さんの三谷薫子さんは、一年ほど前から体調を崩されて、今は病院で寝たきりの状態なんだよ」
「そんな……っ」
思わず声を漏らした私に、政子おばあちゃんが切なげに目元を伏せる。
「あの方々はね……最愛の娘である祥子さんを一度に失ったショックがあまりにも大きくてな。あの事故以来、健一くんたちのことをずっと恨んでいたんだ。『水瀬家が関わらなければ、娘は死なずに済んだのではないか』と……そのお気持ちも、私たちには責められなかった」
智樹さんも薫子さんも、溢れる怒りと深い悲しみを抱えたまま時を重ね、健一父さんたちとの交流を固く閉ざしてしまっていたという。
「薫子さんは意識が朦朧とすることも増えていてな……お前のことを認識できるかもわからない。それに、智樹さんの残したお墓にお参りするにしても、二人の親族からどんな言葉をかけられるか分からないんだ」
悟おじいちゃんはそこで一度言葉を切り、優しく、けれど重みのある眼差しを湊兄さんに向けた。
「だが、お前は祥子さんの大切な血を引く孫だ。……もし湊が望むなら、私はいつでも薫子さんの病院や智樹さんのお墓へ一緒に行こうと思っている。どうしたいか、お前の気持ちを聞かせてくれないか?」
残酷な月日の流れと、残された遺族の深い傷痕。
ずっしりと重い問いかけを受け止めた湊兄さんは、静かに拳を握り締め、真っ直ぐに悟おじいちゃんを見つめ返した。




