重ねる面影、繋がる記憶
悟さんに案内されて入った奥の部屋には、年月を感じさせる重厚なアルバムや、当時のテニス雑誌、大切に保管されたトロフィーや賞状が整然と並んでいた。
「よし、これだ。徹が学生の頃からの写真を集めたアルバムだよ」
悟さんが分厚いアルバムを広げると、私たちは自然と身を乗り出して覗き込んだ。
ページをめくると、どこか懐かしいセピア色の世界が広がる。学ランを着て友人たちと弾けるような笑顔を見せる少年時代の徹さん。コートの上で汗を輝かせ、真剣な眼差しでラケットを振るう躍動感あふれる姿。中学、高校とインターハイや全国大会の表彰台で、誇らしげに賞状を掲げる勇姿がそこにあった。
「わぁ……見て、みゆちゃん! テニスウェアを着て笑ってる徹さん、今の湊くんにそっくり!」
葵さんが弾んだ声で指をさすと、私も思わず目を輝かせて頷いた。
「本当だ……! 眉の形とか、笑った時の目元の感じなんて、兄さんそのままだね」
「そうか? 自分じゃよく分からないけど……」
二人から口々に言われ、湊兄さんはどこか照れくさそうに頭をかいた。けれど、その瞳は画面越しの父親の若い頃の姿を、食い入るように見つめている。そんな孫の様子を、悟さんは目を細めて嬉しそうに見つめていた。
「徹は中学からずっとテニス一筋でな。負けず嫌いでまっすぐな奴だったよ。……そういえば湊、お前もテニスをやっているんだろ? 何がきっかけで始めたんだい?」
悟さんからの問いかけに、湊兄さんはゆっくりと幼い頃の記憶を辿るように笑みを浮かべた。
「小さい頃、父さん――健一さんに、いろんなスポーツを体験させてもらったんです。野球やサッカーもやったけど、テニスをやった時が一番しっくりきて……。5歳の誕生日に初めて小さなラケットを買ってもらってからは、ずっとテニス一筋でした」
「5歳で自分からラケットを欲しがったのか……! そうか……健一くんも、きっと徹の面影を感じていたのかもしれないな。血は争えんというか、教えなくても体に刻まれていたんだな……」
悟さんは感慨深そうに深く頷き、涙ぐむ政子さんと顔を見合わせた。言葉はなくとも、健一父さんの温かな愛情と、そこに宿る血の繋がりの不思議さに、誰もが静かな感動に包まれていた。
「これが、徹が高校最後のインターハイでシングルス優勝を果たした時の写真だよ」
悟さんが誇らしげに指さしたページには、大歓声のコート中央でラケットを突き上げ、弾けるような笑顔を見せる徹さんの姿があった。新聞の切り抜きには『期待の超新星、圧巻のストレート勝ち』と大きく見出しが躍っている。
「すごいな……。コートの上での迫力が、写真越しでも伝わってくる感じだ」
湊兄さんが感嘆の声を漏らすと、隣でアルバムを覗き込んでいた政子さんが、愛おしそうに次のページへ手を伸ばした。
「ふふ、そんな熱血漢だった徹がね、大学に入ってから急に大人しくなって……それどころか、毎日のようにそわそわし始めたのよ」
「政子おばあちゃん、それって……」
葵さんが身を乗り出すと、政子さんは目元を緩めて頷いた。
「ええ。祥子さんとの出会いよ。大学のテニス部のマネージャーとして入ってきたのが、祥子さんだったの」
めくられたページには、テニスコートの脇でスコアブックを抱え、柔らかく微笑む若い頃の祥子さんの姿があった。凛とした徹さんの隣で、包み込むような優しさを纏った祥子さん。二人が並んで写る写真からは、互いを深く慈しみ合っている雰囲気が溢れ出ていた。
「徹の一目惚れだったんだよ」
悟さんが少しおどけた調子で明かす。
「普段はコートで強気な徹が、祥子さんの前では真っ赤になってしどろもどろでね。祥子さんもそんな徹の不器用で真っ直ぐなところに惹かれて……二人が付き合い始めた日の夜なんて、徹は興奮して家で壁打ちを始めて大変だったんだから」
「ふふっ、お父様、そんな可愛らしい一面があったんですね」
思わず微笑む私に、湊兄さんも「そんな父さんの姿も見てみたかったな」と優しく目を細めた。
「そして……これが二人の結婚式の日だよ」
悟さんがめくったページには、まばゆいばかりの光が満ちていた。
純白のタキシードを身に纏い、凛とした立ち姿で胸を張る徹さん。その隣には、綺麗なウェディングドレスに身を包み、溢れんばかりの幸福な笑みを浮かべる祥子さん。二人の周囲は、祝福する友人たちの笑顔と花びらで満たされていた。
その中にお父さん(健一)とお母さん(恵子)、そしてまだ小さい雫お姉ちゃんの姿もあった。
「綺麗……。祥子さん、本当にお姫様みたい」
葵さんが息を呑むように呟く。可憐で優しい祥子さんの姿は、見ているこちらまで胸が温かくなるほど美しかった。
「プロになってすぐの結婚だったから、苦労も多かったはずなんだがね。祥子さんは一度も愚痴を言わず、ずっと徹を支え続けてくれたよ」
政子さんが愛おしそうに撫でた次のページには、少しずつお腹が大きくなっていく祥子さんの写真が並んでいた。
大きなお腹にそっと手を添えて、愛おしそうに微笑む祥子さん。その隣で、破顔した徹さんが祥子さんのお腹に耳を当てている写真もあった。
「湊がお腹にいると分かった時の徹の喜びようといったらなかったよ。『俺たちの子だ! 絶対に世界一幸せにするんだ』って、毎日お腹に向かって話しかけていてね」
そして、アルバムの最後のページ。
産科のベッドで、生まれたばかりの小さな赤ちゃんを抱きしめる祥子さんと、感極まって涙を浮かべながら二人を包み込む徹さん。写真の余白には、徹さんの力強い筆跡でこう記されていた。
『俺たちの寶物。湊、生まれてきてくれてありがとう』
「……っ」
その文字を目にした瞬間、湊兄さんの瞳から大きな涙が溢れ落ち、写真の上にポタリと零れた。
自分がどれほど望まれ、愛されてこの世に生まれてきたのか。言葉以上の温もりと熱量が、写真と手書きのメッセージからまっすぐに伝わってくる。
「……父さん……母さん……っ」
湊兄さんは愛おしそうに、けれど力強く、両親と幼い自分が写る写真をそっと指先で撫で続けた。十六年という時を超えて、両親の深い愛がしっかりと湊兄さんの心に届いた瞬間だった。




