めぐる季節、辿り着いた扉
週末の朝。神崎のおじい様とおばあ様の家へ向かう当日、駅前まで見送りに来てくれた陽太に、湊兄さんは改めて声をかけた。
「陽太、本当にいいのか? 一緒に来ないか?」
湊兄さんの真っ直ぐな問いかけに、陽太はいつもの爽やかな笑みを浮かべ、軽く首を振った。
「俺は遠慮するよ。完全に部外者だしな。ここは、水瀬家と神崎家の問題だろ。二人と綾瀬さんで、しっかり向き合ってきなよ」
その言葉には寂しさではなく、一歩引いて私たちを見守る温かな気遣いが込められていた。陽太の優しさに心の中で感謝しながら、改札へ向かおうとしたその時――。
「あっ、湊くん! みゆちゃん!」
駅前広場から、淡い色のコートに身を包んだ葵さんが駆け寄ってきた。少し緊張した面持ちでありながらも、私たちを見つけるとパッと花が咲いたような笑顔を浮かべている。
「おはよう、葵さん。待たせちゃったかな?」
「ううん、全然! 今着いたところだよ」
これで三人全員が揃った。出発の直前、お姉ちゃんが持たせてくれたずっしりと重みのある紙袋を、湊兄さんが大切そうに抱え直す。お姉ちゃんが心を込めて準備してくれた手料理と手紙が入っているのだ。
「これ、お姉ちゃんが用意してくれたお土産。おじい様たちへのお手紙と料理が入ってるだけど、喜んでもらえるといいな」
「へぇ、お姉さんの……! うん、絶対に喜んでくれるよ!」
陽太に見送られながら、私と湊兄さん、そして葵さんの三人は改札を抜けてホームへと向かった。
ガタンゴトンと心地よいリズムを刻みながら走り出した電車。隣町まではわずか二駅。
電車に揺られること十数分。目的地である隣町の駅に到着した私たちは、冬の透き通った空気の中に足を踏み出した。
「みゆ、メモの住所は……このあたりか?」
「うん。……あっちの通りだと思う」
私は鞄から大切に取り出した父さんのメモを広げ、記された地図と周囲の街並みを照らし合わせた。先頭に立つ私と湊兄さんの後ろを、葵さんが少し緊張した様子でついてくる。神崎家の管理を通じて幼い頃に接点があったとはいえ、葵さんにとっても神崎のおじい様とおばあ様に直接会いに行くのは随分と久しぶりのことだった。
静かな住宅街を歩き進むにつれ、湊兄さんの足取りが微かに重くなっていくのが分かった。抱え直された紙袋の擦れる音が、その鼓動のように小さく響く。
「……兄さん、大丈夫?」
「ああ……大丈夫だ。ただ、なんて挨拶すればいいのかって考えると、少し緊張して……」
湊兄さんが苦笑いを浮かべる。十四年間、直に会うことの叶わなかった実の祖父母。どんな言葉をかければいいのか、その重みは想像を絶するものだった。
やがて、父さんのメモに書かれた住所の場所にたどり着いた。手入れの行き届いた庭木と、重厚な木製の門。表札には『神崎』と刻まれている。
「ここだね……」
私がインターホンを押すと、静かな足音が近づいてきた。
「はーい、どなた様ですか?」
ガラガラと引き戸が開き、姿を現したのは、品のある小さなおばあ様だった。おばあ様はまず葵さんを見て「あら、葵ちゃん?」と目を細めたが、その直後、隣に立つ湊兄さんの顔を見上げた瞬間、息を呑んで立ち尽くした。
「あ……あ……っ」
毎年、お父さんとお母さんが持ってきてくれていた成長の写真。一歳の頃の面影を残したまま、立派な青年に育った孫の姿を、おばあ様が見間違えるはずもなかった。
「おばあちゃん。……神崎徹と祥子の息子の、湊です。会いに来ました」
湊兄さんが力強く、けれどどこか震える声で名乗る。
おばあ様の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。その震える手が伸ばされ、湊兄さんの両手を包み込む。
「湊……っ! 本当に……本当に湊なのね……っ! 健一さんたちから写真は見せてもらっていたけれど……こんなに立派になって……っ」
「ただいま、おばあちゃん」
湊兄さんの温かな言葉に呼び寄せられるように、奥からおじい様も駆けつけてきた。
十四年という長い止まっていた時間が、いま静かに、けれど確かに動き始めた。




