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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第26章:セピア色の追憶、解き放たれる真実

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揺れる心と、思いがけない再会

「……みゆ、大丈夫か? 顔色、あんまり良くないぞ」


1時間目の授業が終わった直後。2年Bクラスの私の席の横に、隣のAクラスから休み時間を利用してやってきた陽太が、心配そうに覗き込んできた。


「あ……陽太。ううん、大丈夫だよ。わざわざ来てくれたの?」


「そりゃ見に来るだろ。朝あんなことがあったんだし……ずっとぼーっとしてただろ?」


陽太に言われ、私は手元のノートに意味もなくペンを走らせていたことに気づき、小さく息を吐いた。

頭の中からどうしても離れないのは、今朝の交差点での出来事だ。倒れ込んだ葵さんの、あのハッとした表情。そして、湊兄さんに向けられた『昔からずっと水瀬さんですか?』という、あまりにも鋭い問いかけ。


(葵さんは、神崎時代の兄さんを知っているのかな……? だとしたら、二人は昔、どんな関係だったんだろう)


幼い頃の湊兄さんを知る人物の登場。それは、私がまだ出会う前の「水瀬湊」になる前の兄を知っているということだ。胸の奥がキュッと締め付けられるような、名付けようのないざわめきが波寄せては引き返していく。


「やっぱり、朝の綾瀬さんの言葉が気になるんだろ?」


陽太が周囲を気にしながら声を潜め、真剣な眼差しで私を見つめてきた。


「……うん。隠してもしょうがないよね。兄さんが『神崎湊』だった頃のこと、私たちが生まれる前のことだもん。葵さんが何を知っているのか、すごく気になっちゃって……」


「まあな……初対面であんなこと聞かれたら、誰だって動揺するって。でもさ、湊さんは湊さんだし、俺たちが知ってる湊さんであることに変わりはないよ」


陽太のまっすぐな言葉に背中を押され、私は「そうだね、ありがとう」と少しだけ頬を緩めた。


その日の昼休み。

私はいつものように自分の机で、美咲や凛ちゃんと一緒にお弁当を広げていた。けれど、心のどこかでずっとソワソワとした落ち着かなさが消えない。


「ねえねえ、聞いた? 高等部1年に今日入ってきた転校生のこと!」


お弁当を食べながら、美咲が身を乗り出して噂話を切り出してきた。


「聞いたよ。すごくスタイルが良くて大人っぽい女の子なんでしょう?」


凛ちゃんが美咲におかずをお裾分けしながら答えると、美咲は「そうなの!」と頷き、声を弾ませた。


「しかもさ……その転校生、湊先輩と同じクラスに編入になったんだって!」


「――え……!?」


箸を動かしていた私の手が、ピタリと止まる。思わず手にしていたお弁当箱を握りしめる力が強くなった。


葵さんが、湊兄さんと同じクラスに――。


「みゆ……? どうかしたの、顔色が急に悪くなったみたいだけど……」


箸を止めた私の様子に気づき、美咲が心配そうに覗き込んでくる。凛ちゃんも静かに私を見つめ、何かを察したように優しく言葉を添えてくれた。


「朝、校門の近くでその転校生さんと会ったのよね? ……何かあったの?」


「あ……ううん、大丈夫。ちょっとびっくりしちゃっただけ……」


私は慌てて笑顔を作り、お弁当のおかずを口に運んだ。けれど、お姉ちゃん直伝の美味しいはずのおかずも、今はどこかすっ気なく感じられてしまう。


(同じクラス……。席も近くなったりするのかな……)


高等部の校舎は、渡り廊下を渡った先にある。同じ敷地内にあるとはいえ、中等部とは少し離れた世界だ。そこで湊兄さんと葵さんがどんな会話を交わしているのか、想像すればするほど胸の奥がキュッと締め付けられた。


放課後――。

部活動の時間が始まり、私はコートの脇でラケットを握りながらも、どこか集中しきれずにいた。


「みゆ先輩! ポールからのボール、お願いしてもいいですか?」


「あ、うん! ごめんね、すぐ行く!」


後輩のひかりちゃんに声をかけられ、私はハッと意識を現実に引き戻す。凛ちゃんのノートのおかげで無事に小テストを乗り切ったひかりちゃんは、晴れやかな表情でコートを駆け回っていた。後輩がこんなに頑張っているのに、私がいつまでも心を乱されていてどうするんだと、自分に強く言い聞かせる。


練習が終わり、夕闇が校庭を包み込む頃。

私と陽太はいつものように、高等部から上がってくる湊兄さんを昇降口近くで待っていた。


「……みゆ」


「あ、陽太。部活お疲れ様」


「おう。……昼間、高等部の方の噂、聞いたか?」


陽太もどこか浮かない顔をして立ち尽くしている。彼もまた、朝の葵さんの一言と、彼女が湊兄さんと同じクラスになったという事実に、引っかかりを覚え続けていたのだと思う。


「うん……聞いたよ。同じクラスになったんだよね」


「……まあ、ただの偶然だろうけどさ。湊さんが困ってなきゃいいけど」


陽太がマフラーに顔を埋めながらつぶやいた時、高等部校舎の階段から足音が聞こえてきた。


「待たせたな、二人とも」


鞄を肩にかけた湊兄さんが降りてきた。けれど、その隣には――朝と同じ、凛とした佇まいの綾瀬葵さんの姿があった。


「あ……」


「水瀬さん、校内の案内ありがとうございました。……あ、水瀬さんの妹さんと、河村くん」


葵さんは私たちに気づくと、申し訳なさそうに、けれど丁寧に頭を下げた。


「こんばんは。朝は挨拶もそこそこに失礼してしまってごめんなさい。私、今日から湊さんと同じクラスになった綾瀬葵です。これからよろしくね」


「あ……はい! よろしくお願いします……!」


私と陽太は咄嗟に頭を下げる。


「綾瀬さんは転校初日で手続きが多くて遅くなったんだ。途中まで一緒だから、みんなで帰ろう」


湊兄さんはいつも通りの穏やかな声でそう言った。


「ええ、すみません……お邪魔じゃなければ」


「ううん、全然お邪魔なんかじゃないですよ! 一緒に帰りましょう!」


私は努めて明るい声を出し、葵さんの隣に並んだ。


12月の冷たい冬風が吹く帰り道。

街灯の下を四人の影が伸びていく。隣を歩く葵さんから漂う微かな香水の香りと、時折湊兄さんに向けられる彼女の温かな視線。


彼女は本当に、神崎湊だった頃の兄を知っているのだろうか。

もしそうだとしたら、私たちが知らない「過去」が、これからどうやって私たちの「今」と重なっていくのだろう。


息を吐くと白く弾ける冬の夜空の下、私は胸のざわめきを静かに抱え込みながら、歩幅を強めて歩き続けた。



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