落日のアリーナ、それぞれの選択
男子閉会式に向かう陽太、神代さん、天音さんの三人の背中を見送り、廊下には私と湊兄さん、蓮さん、そして美咲たちが残された。
「……行っちゃったね、陽太たち」
美咲が、どこかすっきりとした清々しい表情で呟いた。
「ああ。あいつの顔、すっかり吹っ切れてたな。神代と天音の気迫に当てられて、落ち込んでる暇なんてねぇって思ったんだろうよ」
湊兄さんはそう言いながら、私の腕のテーピングをもう一度上から軽く確かめてくれた。
「みゆ、腕の痛みはどうだ? 少しは引いたか?」
「うん、兄さんのおかげで、ずいぶん楽になったよ。本当にありがとう」
そう答えると、湊兄さんはフッと不機嫌そうなフリをしながら視線を逸らした。
「……礼など不要だ。あまり心配させるなよ」
「相変わらず素直じゃないな、湊」
隣で静かに成り行きを見ていた蓮さんが、クスリと小さく笑った。
「だが、これで今年の全国中学テニス選手権も全て終わりだ。男子は九州志士学園、女子は西園寺女学院……それぞれの頂点が決まった」
蓮さんの言葉に、アリーナの方から聞こえてくる大きな拍手とアナウンスが重なる。
「……終わっちゃったね。優勝したかったなぁ」
美咲がぽつりと零した言葉に、私は胸の奥が少しキュッとなるのを感じていた。
準優勝。快挙と言えば快挙だ。けれど、あと一歩届かなかった西園寺の背中。そして、この大会を最後に星和学院女子テニス部を引っ張ってくれた三年生の先輩たちが引退していくという現実。
「寂しくなるね……春花先輩たちがいなくなるなんて、まだ信じられないよ」
「立ち止まっている暇はないぞ、みゆ。新チームの体制も考えていかないとな」
蓮さんの言葉に、私は静かに頷いた。
正直、私自身には人をまとめる「部長」の器なんてないという自覚があった。テニスのプレイで引っ張ることはできても、チーム全体を目配りして導くような器用さは自分にはない。
新部長になるのは、きっとクラス委員長の経験もあって周りから信頼されている美咲か……あるいは、坂上先生から「チームの司令塔になれる」と太鼓判を押されている田中奈緒になるはずだ。
「男子部の方も、新部長は大変そうだな」
蓮さんがどこか他人事のように呟く。
「陽太は熱意も実力もあるが、猪突猛進すぎるきらいがあるからな。全体を俯瞰して冷静にまとめられる佐藤健二の方が、部長としては圧倒的に向いているだろ」
「あはは……佐藤くん、春花部長の弟だけあってすごくしっかりしてるもんね。陽太くんはプレイヤーとして引っ張るタイプかな」
美咲の言葉に、私も思わず苦笑いしてしまった。たしかに陽太が部長になったら、勢いはあってもチームがドタバタしそうだ。
「……、誰が部長になろうが関係ない」
湊兄さんが腕を組み、ニヤリと意地悪く口角を上げた。
「今のみゆは、エースとしてしっかりしているが、長時間全力を出すと、スタミナ切れとなるのがオチだな。来年の春の大会までに、お前のその『能動的な波紋』を完璧にコントロールできるように叩き直してやる。……覚悟しておけよ、師匠としての指導は今まで以上に厳しくなるからな」
口では酷いことを言いながらも、その瞳には私への絶対的な信頼と、これからも一番近くで支え続けるという無言の誓いが込められていた。
「……ふふ、望むところだよ、兄さん!」
自分の役割を再確認し、私は強く頷いた。
すっかり日が傾き、冷たさを増した秋風が有明コロシアムの外周を吹き抜けていく。
男子の閉会式を終えた陽太たちが、賞状を大切そうに抱えた神代さんや天音さんと共にロビーへ戻ってきた。
「お待たせ、みゆ! 湊さん、蓮さん!」
「遅かったな。待ちくたびれたぞ」
湊兄さんが腕を組みながら吐き捨てるように言ったが、その目はどこか安心したように陽太を見つめていた。
「すいません! でも……表彰台の1番高い場所に立つ神代さんと、そこに並ぶ天音の姿を見てたら、胸の奥が熱くなって……! 来年は絶対、俺たちが男子の表彰台の真ん中に立ってやるって決めたんだ!」
目を見開いて熱く語る陽太の姿に、神代さんと天音さんが足を止め、ふっと口角を上げた。
「フッ、いい威勢だ陽太。……次に会う時は、ネットを挟んだ敵同士だな」
神代さんが背中越しに手を挙げ、豪快に笑いながらバスへと向かって歩き出す。
そして天音さんもまた、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。その視線はまっすぐに私へと向けられている。
「水瀬みゆさん。……今日は君の言葉に救われた。来年の大会、君がどこまで勝ち上がってくるか楽しみにしているよ」
「えっ……あ、はい! 私も天音さんに負けないよう頑張ります!」
天音さんはふっと穏やかな微笑みを浮かべ、名残惜しそうにしながらも神代さんの後を追い自分のチームが所属するバスへ走っていった。
「……フン、気取った野郎だ」
不機嫌そうに鼻を鳴らす湊兄さん。
湊兄さんは陽太の肩をポンと強く叩いた。
「来年の表彰台、口だけで終わらせたら承知しねぇぞ、陽太。みゆの彼氏なら、それくらいの背中見せてみろ」
「つっ……言われなくても分かってます! 湊さんに認められた男として、絶対に結果を出してみせますから!」
陽太は強気に言い返すと、そっと私の元へ歩み寄り、冷たくなった私の右手を包み込むようにギュッと握りしめてくれた。
「みゆ。俺、もっと強くなるよ。……テニスも、みゆを守る強さも。来年は二人で絶対に頂点に立とう」
「……うんっ! 陽太となら、どこまででも行ける気がするよ」
握り返した手から伝わる陽太の温もりと力強い情熱。
そして、少し離れた場所からどこか寂しげに、けれど優しく私たち二人を見守る湊兄さんの強い視線。
先輩たちが繋いでくれてきた歴史。
強いライバルたちとの出会いと敗北の悔しさ。
そして、交錯する想いを胸に、共に未来へ歩み出す仲間と恋人、そして大切な家族。
膝の上の準優勝の盾を抱え直し、私は深まる秋の空を見上げた。
「私たちの戦いは、ここからだね!」
夕闇が迫る有明の空に、私たちの新しい誓いが静かに、けれど強く響き渡っていた。
おはようございます。
作者のFERILUです。
『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』
を読んでくださりありがとうございます。
全国大会編終了です。
番外編を一つ挟んで学園の話に戻ります。




