激闘の果て、動き出す未来
表彰式が終わり、熱狂の渦が静まり返った有明コロシアムの星和学院控室。
パイプ椅子に腰掛けた私の膝の上には、準優勝の盾と銀メダルが静かに鎮座していた。
「みんな……本当にごめんね。私が最後、勝てていれば……」
私のぽつりとした呟きに、真っ先に反応したのは美咲だった。
「何言ってるの、みゆ! 謝るなんて絶対ナシ! 最後の最後まであんなすごい試合見せてもらって……私、鳥肌が止まらなかったんだから!」
「そうだよ、みゆ。あんたは私の分までコートで全部出し切ったんだ。胸を張りなさいよ」
芽衣先輩も涙で目を真っ赤にしながら笑ってみせる。春花先輩も優しく肩を抱き寄せてくれた。
「みゆ、ありがとう。最高の試合を、このチームで見せてくれて」
そこへ静かにドアが開き、坂上先生が入ってきた。
「全員、よくやった。西園寺の連覇をあと一歩まで追い詰めたその努力は本物だ。お前たちは今日、間違いなく最高のテニスを見せた」
先生の温かい言葉に、控室の全員が涙を拭い、強く頷いた。
荷物をまとめ、控室を出た廊下で待っていたのは、陽太、蓮さん、そして湊兄さんたちの姿だった。
「みゆ……!」
私の青白い顔を見るなり、陽太が今にも飛び出してきそうな顔でこちらへ歩み寄ろうとした、その瞬間だった。
「みゆ、腕を見せてみろ」
陽太よりも早く、迷いのない足取りで前に出たのは湊兄さんだった。
不機嫌そうに低く言いながらも、私の左手をそっと両手で包み込んでくる。指先の感覚や体温を確かめる手つきは驚くほど優しく、その瞳には隠しきれないほどの心配と熱い愛おしさが揺れていた。
バッグから手際よく氷嚢とテーピングを取り出すと、酷使されて小刻みに震える私の腕へ、呼吸を合わせるように手際よくアイシングと圧迫固定を施していく。
「……バカかお前は。無理な『能動的な波紋』の連打による劇的な筋疲労だ。すぐ冷やさねぇと明日に響くぞ。……ったく、ハラハラさせやがって」
「あ……ごめんなさい、兄さん……ありがとう」
相変わらず口は悪けれど、誰よりも私の体を理解して丁寧に介抱してくれる湊兄さん。
その光景を、陽太が少し離れた場所から拳を強く握りしめて見つめているのが分かった。
心配そうに眉をひそめつつも、どこか悔しそうに葛藤している陽太の表情。湊兄さんに対するテニス選手としての強い憧れと、私を取られてしまうかもしれないという彼氏としての焦り。そして、過酷な運命を生きてきた湊兄さんを幸せにしたいという、私と同じ願い――たくさんの想いが混ざり合って、素直に前に出られないのだと、私には痛いほど伝わってきた。
「陽太もありがとう、心配かけたね」
私がそっと微笑みながら声をかけると、陽太はハッとしたように目を丸くし、それからぎこちなく表情を緩めた。
「……無茶しすぎなんだよ、みゆ。でも……本当にお疲れ様」
陽太は自分の感情を押し殺すようにそう言うと、歩み寄って空いている私の右手をギュッと優しく握り返してくれた。
「相変わらず手際がいいな、湊。おい、そこの不器用な男も、そうやって見てるだけじゃなくて少しは手伝ったらどうだ?」
蓮さんが少し呆れたように笑いながら陽太の背中をポンと叩き、持っていたスポーツドリンクのボトルを私に差し出してくれた。
湊兄さんによる手際の良い応急処置が終わり、腕の痺れも少しずつ和らいできた頃。表彰式を終えた通路の電光掲示板には、ちょうど男子決勝の最終結果が映し出されたところだった。
「……男子の決勝、終わったみたいだな」
蓮くんがスマートフォンから目を離し、掲示板を見上げながら呟いた。
「どうなったんだ……!?」
陽太が身を乗り出すようにして画面を凝視する。
そこに表示されていたスコアは――3-2。
「なっ……九州志士学園が勝った……!? 鳳凰院中学の連覇が……阻止されたのか!?」
陽太の驚愕の声が通路に響く。絶対王者である鳳凰院中学を打ち破り、全国の頂点に立ったのは九州志士学園だった。
そして詳細なスコアボードの最上段――S1(シングルス1)のエース対決の欄には、決定的な結果が刻まれていた。
『神代 龍之介 vs 天音 つかさ』――勝者、神代(九州志士学園)。
「神代さんが……天音に勝ったのか……!」
陽太にとって、神代さんは兄貴と慕う大きな目標であり、憧れの存在だ。その神代さんが見事に勝利を掴み取った喜びと同時に、敗れた天音つかさの心中を察し、陽太の表情が複雑に曇る。
「……天音の奴、大丈夫かな。あいつ、全部背負って戦ってたはずだ……。すみません、俺、あいつの様子を少し見てきます!」
「あ、陽太……っ! 待って!」
私の呼びかける声を背に、陽太は返事も待たずに激闘の余韻が残る会場の奥へと走り出してしまった。
「ったく、相変わらず落ち着きのない奴だな……」
湊兄さんは呆れたように息を吐いたが、その脚はすでに陽太の行った方向へと向けられていた。
「追うぞ、みゆ。あいつ一人じゃ何しでかすか分からん」
「うん……! みんな、ごめん! 私たちも追うね!」
春花先輩たち三年生が「気をつけてね!」と背中を押してくれるのを感じながら、私と湊兄さん、蓮さんは陽太の後を追って走り出した。




