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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第24章:約束の舞台

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決勝戦S2:同級生ライバル、煉獄の継承者

「女子シングルス2、試合を開始します!」


春花先輩が繋いでくれた劇的な勝利により、星和学院のボルテージは最高潮に達していた。2勝1敗。全国制覇まで、あとたったの1勝。その重責と栄光を背負い、松本美咲がコートへと歩み出た。


ネットを挟んで対峙するのは、西園寺女学院2年の黒江瑠璃(くろえるり)さん。

1月の西園寺合宿の際、同じ2年生同士として共に汗を流した顔見知りだ。普段から口数が少なく、何を考えているか分からない独特の深みを持った選手だが、コートに立つ彼女から放たれる静かなプレッシャーは、合宿の時とは比べものにならないほど重かった。


「……久しぶり、美咲」

瑠璃さんは小さく、しかし深く響く声でそう呟いた。

「うん、瑠璃。合宿の時からずっと、この舞台で戦うのを楽しみにしてた。でも、ここは譲れない。私が勝って、星和の優勝を決めるよ!」

美咲が強い眼差しで宣言する。瑠璃は言葉を返さず、ただ静かに、美咲の目を真っ直ぐに見つめ返した。その深い瞳の奥には、すべてを受け止めてねじ伏せるという、底の知れない絶対の覚悟が宿っていた。


試合が始まった瞬間、美咲は西園寺の2年生エースが誇る「圧倒的な実力」を、身を以て思い知ることになる。


瑠璃のサービスゲームから始まった第1ゲーム。

パシィィン! と小気味よい音が響いたかと思うと、美咲のバック側へ正確無比な高速フラットサーブが突き刺さる。

「くっ……!」

美咲は得意のスライスで辛うじて合わせるが、瑠璃はそのスライスの軌道が変化する前に、すでに無駄のないステップでネット際へと詰め寄っていた。


流れるようなモーションから放たれた、芸術的なドロップボレー。ボールはネットを超えた瞬間にピタリと死に、コートへと弾んだ。


「ポイント、西園寺、15-0!」


(速い……! 迷いが一切ない……!)

美咲の表情が引き締まる。

瑠璃のテニスは、過剰なパフォーマンスを一切排した「完璧な合理」だった。美咲がどんなに低く滑る鋭いスライスを打ち込もうとも、瑠璃は美しいフォームのまま、軸を一切ぶらさずにライジングで捉え、より厳しいコースへとストロークを淡々と突き刺してくる。


「ゲーム、西園寺、1-0!」

「ゲーム、西園寺、2-0!」


言葉もなく、淡々とゲームを連取していく瑠璃。美咲の持ち味である変幻自在のテクニックが、瑠璃の圧倒的な基礎技術とスピードの前に、ことごとく封じ込められていく。


第3ゲーム、美咲のサービスゲームでも、瑠璃の容赦ないストロークが続いた。サイドライン際へ正確にコントロールされた打球に、美咲は左右へと大きく走らされる。


「まだまだぁッ!」


息を乱し、汗を飛び散らせながらも、美咲は泥臭くコートを駆け巡った。完璧に美しく決めてくる瑠璃に対し、美咲は体勢を崩しながらも、ダイビングボレーや、執念の超高軌道ロブを駆使して、泥臭く、必死にボールを繋ぎ止める。


「ポイント、星和学院、30-40!」


美咲が崩れ落ちそうになりながら返した執念のスライスカウンターがライン上に乗り、初めて瑠璃の表情に、わずかな驚きの色が走った。


「……素晴らしい粘り」

瑠璃はぽつりと、しかし深い敬意を込めて呟き、さらに瞳の奥の静かな闘志を燃え上がらせる。


「ゲーム、西園寺、3-0!」


圧倒的な静寂とともに立ち塞がる瑠璃の前に、立ち上がりから3ゲームを連続で落とす重苦しい展開。けれど、泥だらけになった美咲の心は折れるどころか、ますます熱く燃え上がっていた。


「ここから……ここからだよ、瑠璃!」


迎えた第4ゲーム。美咲はギアを一段深く踏み込んだ。

瑠璃の隙のないストロークに対し、美咲はギリギリまでコースを隠す独特のテイクバックから、鋭いドロップショットと深く沈むスライスを縦横無尽に織り交ぜていく。泥臭く拾い続け、泥仕合に引きずり込む美咲の真骨頂。


バチュウッ!


「ゲーム、星和学院、1-3!」


美咲の執念のアングルボレーがコート際へと突き刺さり、ついに今日初めてのゲームを奪い返した。観客席から大歓声が湧き起こる。


続く第5ゲームは瑠璃にキープされたものの、美咲の集中力はさらに研ぎ澄まされていく。第6ゲーム、相手の強打に対して果敢にネット際へ詰め寄ると、ダイビングボレーで泥臭く食らいつき、そのまま押し切った。


「ゲーム、星和学院、2-4!」


「よしっ……! 掴んできた、美咲のペースよ!」

ベンチサイドで応援する私の声にも力が入る。2ゲームを取り返し、着実に反撃の糸口を掴みかけた――その時だった。


---


チェンジコートへ向かうネット際。すれ違いざまに、瑠璃が足を止め、低く重みのある声で呟いた。


「……美咲、見違えた、努力したのがよく分かる。合宿の時とは、まるで別人」

美咲が息を荒くしながら振り返ると、瑠璃は一切の感情を削ぎ落とした、あまりにも深い瞳で美咲を見つめていた。


「でも……ここまで。私も、西園寺の2年生エースとして、すべて出す」


コート奥のポジションへと戻る瑠璃の全身から、突如として異質な気が立ち昇った。

かつて、あの『煉獄の処刑人』鳳仙雅がコート上を圧倒的な破壊力で支配した、伝説の領域。だが、瑠璃さんが纏うそれは、鳳仙の暴力的なパワーとは似て非なるものだった。


「サービス、西園寺女学院、黒江!」


第7ゲーム。瑠璃が放ったサーブは、一見すればこれまで通りの鋭いフラット。しかし、美咲がリターンを返したその瞬間、世界の歪みを感じた。


――ッ!?


美咲がどれほど厳しいコースへ弾き返そうと、どこへ配球しようと、瑠璃さんはすでにそこに『存在』していた。

常軌を逸した絶対的な予測と反射神経。美咲のあらゆるショットの軌道、スピード、回転を光の速さで知覚し、完璧なアングルで淡々と仕留めていく。


(何……これ……!?)


美咲の視界が、黒く染まっていく。

鳳仙雅の『煉獄』が全てを焼き尽くす荒ぶる業火だとするならば、瑠璃さんのそれは、一切の光を吸い寄せる『黒炎』。


コート全体が漆黒の炎の渦に包み込まれ、その渦の中心に、表情一つ変えない黒江瑠璃が佇んでいる――美咲はそんな強烈な錯覚に囚われ、身体が縛り付けられたように動かなくなった。


バシィィン!


「ポイント、西園寺、15-0!」

「ポイント、西園寺、30-0!」


「息が……できない……。どこに打っても、あの黒い炎の中に吸い込まれる……!」


美咲の額から、冷や汗が大量に吹きこぼれる。

覚醒した同級生のライバルが見せる、圧倒的な静の絶望。星和の2年生エースは、真の王者の深淵へと叩き落とされようとしていた。


「ポイント、西園寺、40-0!」


コート全体を侵食するような『黒炎』の渦。瑠璃の常軌を逸した反射神経と先読みの前に、美咲の打球はことごとく無力化されていた。どこへ打っても、まるで黒い炎の中心に佇む瑠璃の手元へ吸い込まれていく感覚。


(息が……詰まる……。これが、本気を出した瑠璃……!?)


圧倒的な絶望感に押し潰されそうになりながらも、美咲はギリと歯を噛み締め、膝を叩いた。

(逃げるな……! ここで引き下がったら、何のためにみんなで泥だらけになって練習してきたのよ!)


第8ゲーム。マッチゲームを握られた絶体絶命の局面で、美咲の瞳に泥臭い執念の火が宿る。

瑠璃の放つ完璧なストロークに対し、美咲は綺麗に打ち返すことを完全に捨てた。フレームぎりぎりで引っかけるような不格好なスライス、相手のタイミングを極限まで外す超高軌道のロブ――なりふり構わぬ必死の抵抗。


バシッ……カラコロ……。


美咲の決死のリターンがコードボールとなり、ネットの白帯を掠めて相手コートへとポトリと落ちた。


「ポイント、星和学院!」


運も引き寄せる泥臭い執念。さらに続くポイントでは、カットバックスピンをかけた短いドロップショットで瑠璃の足元をわずかに狂わせる。小手先の技術と執念をかき集め、美咲はなりふり構わず食らいついた。


「ゲーム、星和学院、3-5!」


観客席から「美咲! ナイスガッツ!!」と割れんばかりの歓声が上がる。

しかし、絶対的な王者の深淵は、小手先の技術だけで翻せるほど浅くはなかった。


第9ゲーム、瑠璃のサービスゲーム。

一度体勢を整え直した瑠璃は、一切の揺らぎがない静かな瞳で再び美咲を見つめた。美咲の放つ渾身のドロップも、変則的なカットスライスも、展開された『黒炎』の領域の前には二度と通用しなかった。


完璧なコースへ突き刺さる、無慈悲なライジングショット。


バチィィン!


「ゲームアンドマッチ! 西園寺女学院、6-3!」

「勝者、西園寺女学院、黒江!」


審判のコールが響き渡り、静寂のあとに大きな拍手がコートを包み込んだ。

美咲はその場に膝をつき、肩を大きく上下させながら、悔しさに溢れ出る涙をポロポロとコートへこぼした。


---


ネット際へ歩み寄る二人。

美咲は袖で涙をガシガシと拭うと、眩しいものを見るような笑顔で瑠璃を見つめた。


「……すごかったよ、瑠璃。あの『黒炎』...でいいのかな?……コート全体が瑠璃の手の中にあるみたいで、手も足も出なかった。本当にかっこよかった!」

負けた悔しさを飲み込み、相手の強さを真っ直ぐに称える美咲。


瑠璃は少し驚いたように目を見張ると、静かに、けれど心からの深い敬意を込めて美咲の手を強く握り返した。

「……ありがとう、美咲、最高に楽しかった。そう『黒炎』。雅先輩の煉獄を私なりにアレンジしてみた。みゆの『波紋』も参考にしてる」

「ふふ、次は対策してやるんだから。見てなさいよ」


---


ベンチに戻ってきた美咲を、私たちは温かく迎えた。

「美咲、本当によく頑張ったよ……!」

「ごめん、みゆ……。優勝、決められなかった……」


悔し涙を流す美咲の肩を、私は力強く抱きしめた。

「ううん、美咲が最後まで諦めずに繋いでくれたから、私はコートに立てるんだよ。かっこよかったよ、美咲」


これで2勝2敗。

勝負の行方は、最後の1戦――シングルス1へと委ねられた。


私はラケットを強く握り直し、ゆっくりとコートへ向かって足を踏み出した。

運命の最終決戦が始まる。


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