決勝戦D1:絶対王者の底力、容赦なき逆襲
「女子ダブルス1、試合を開始します!」
D2での劇的な逆転勝利により、星和学院の応援席はこれ以上ないほどの歓声に包まれていた。だが、その熱気を切り裂くように、西園寺女学院のD1ペアが静かにコートへと足を踏み入れる。
星和学院のD1は、3年生コンビの小林芽衣と伊藤綾。盤石の連携と安定したストロークが武器の、星和の誇る大黒柱だ。
対する西園寺のD1は、副キャプテンの神条レイカさんと、一ノ瀬ほのかさんの3年生ペア。1月の合宿で仲良くなり気心の知れた、そして誰よりもその恐ろしさを知っているライバルたちだった。
「芽衣、綾。D2が最高の流れを作ってくれたわ。私たちは私たちのテニスを貫いて、一気に王手をかけるわよ!」
綾がラケットを強く握りしめ、前衛の芽衣に声をかける。
「ええ、もちろん。神条さんたち相手だけど……3年生の意地、見せつけましょう!」
ネットを挟んで対峙すると、神条先輩が鋭くもどこか親しみのこもった笑みを浮かべた。
「いい試合だったわね、D2。でも、私たちの代で星和に連勝を許すわけにはいかないの。芽衣さん、綾さん、覚悟してね」
「私たちも、ここは絶対に落とせませんから」と一ノ瀬さんも静かにラケットを構える。
星和のサーブから始まった第1ゲーム。綾先輩が丁寧にコースを突くスピンサーブを放ち、ラリーがスタートした。芽衣先輩と綾先輩は息の合ったコンビネーションで、じわじわと相手を追い詰めるような深いストロークを放っていく。
しかし、西園寺ペアの反応は冷徹だった。
星和がどれだけ鋭いコースへ打ち分けようとも、まるで最初からそこにボールが飛んでくることが分かっていたかのように、完璧なポジショニングで淡々と打ち返してくる。
バチィィン!
「ポイント、西園寺、0-15!」
前衛の頭上を抜く一ノ瀬先輩の絶妙なトップスピンロブが、星和のコート深くに突き刺さる。芽衣先輩が必死に下がって追うが、打球は低く滑り、触ることもできなかった。
(な、何……? 全然崩れてくれない……!)
芽衣先輩の額にじわりと汗がにじむ。
西園寺ペアは、D2の敗北を経て、さらに引き締まった緊迫感を纏っていた。一切の油断を排し、星和の攻撃パターンを完全にシャットアウトしにきている。
第1ゲームをあっさりとブレイクされると、続く西園寺のサービスゲームでは、さらに圧倒的な実力差を見せつけられることになった。
神条さんの地を這うような高速スライスサーブに体勢を崩され、甘くなったリターンを、一ノ瀬さんが無慈悲なスマッシュで叩き落とす。
「ゲーム、西園寺、2-0!」
芽衣先輩と綾先輩も意地を見せ、互いに声を掛け合いながら、粘り強い平行陣でネット際にプレッシャーをかけにいく。しかし、西園寺ペアは星和の動きを見透かしたように、センターライン際への高速パッシングショットや、アングルボレーを面白いように決めていった。
「ゲーム、西園寺、3-0!」
スコアは瞬く間に西園寺の3ゲーム連取。
チェンジコートでベンチに戻ってきた芽衣先輩と綾先輩は、大きく肩を上下させていた。
「神条さんのストロークの軸が全くぶれないわ……。こちらの揺さぶりにビクともしない」
綾先輩が悔しそうにドリンクを口にする。
ベンチに座る坂上先生は、二人の様子を見つめながら静かに告げた。
「焦るな。相手はD2を落として、より完璧なテニスを徹底してきている。真っ向勝負のラリーでは相手の術中だ。陣形を崩し、泥臭く泥仕合に引きずり込め」
「はい!」
絶対王者の底力を見せつけられる重苦しい展開。しかし、星和の3年生ペアも、このままストレートで終わるつもりは毛頭なかった。
「ゲーム、星和学院、1-3!」
第4ゲーム、芽衣先輩の執念のドロップボレーが決まり、星和学院がようやく1ゲームをキープした。応援席から「ここから防衛よ!」と歓声が上がる。
だが、西園寺ペアの牙城はあまりにも高かった。
星和が前衛・後衛のポジションを激しく入れ替える変則的な戦術に切り替えても、西園寺ペアの連携は微塵も乱れない。むしろ、一ノ瀬さんはその動きによって生じたわずかな隙を見逃さず、寸分の狂いもない正確さでオープンスペースへと打球を叩き込んでくる。
バチュウッ!
「ゲーム、西園寺、4-1!」
試合開始から45分が経過した頃には、試合の趨勢は完全に西園寺ペアの手の中にあった。綾の放つ渾身のファーストサーブも、完璧なタイミングで神条さんに弾き返され、前衛の芽衣先輩がポーチに出る動きすらもコントロールで封じ込められる。
「ゲーム、西園寺、5-1!」
西園寺女学院のマッチゲーム。後衛の立ちはだかるような威圧感の前に、星和の3年生ペアは防戦一方に追い込まれていた。
「ラストポイント……絶対に繋ぐッ!」
綾がベースライン際で激しい左右の振りに耐え、泥臭くボールを拾い続ける。芽衣先輩もネット際で必死にラケットを伸ばしたが、神条さんが放った強烈な逆クロスへのフォアハンドドライブが、無情にも綾先輩のラケットを弾き飛ばした。
コロコロと転がるラケット。
「ゲームアンドマッチ! 西園寺女学院、6-1!」
審判のコールが響き渡り、観客席からは絶対王者の復活を称える大歓声が巻き起こった。
終始、試合を支配し続けた西園寺D1ペアの、圧倒的な実力差での勝ちだった。
ネット際へ歩み寄り、握手を交わす4人。
神条さんは、息一つ乱さぬ凛とした表情のまま、芽衣先輩と綾先輩に優しく微笑みかけた。
「ありがとうございました。素晴らしい粘りでしたわ、芽衣さん、綾さん。でも、私たちもこの決勝の舞台で負けるわけにはいきませんの。これで行って来い、ね」
その言葉には、一切の傲慢さはなく、ただ勝者としての絶対的な覚悟が込められていた。
「……ありがとうございました。強かったです、神条さん」
芽衣先輩は悔し涙をグッと堪えながら、しっかりと相手の手を握り返した。
ベンチに戻ってきた二人を、坂上先生と春花部長が優しく迎える。
「よく頑張った。相手の強さを褒めるべきだ。気にするな」
「芽衣、綾、ナイスファイトよ。二人の戦う姿勢は、ちゃんと後ろに繋がっているわ」
春花部長の言葉に、二人は肩を落としながらも、「あとは頼んだよ……」と、次に控えるシングルス陣へと視線を託した。
これで星和学院の1勝1敗。
タイに戻された状況で、次はいよいよシングルス3――春花部長の出番がやってくる。




