運命のオーダー、火花散る前哨戦
迎えた全国大会決勝の朝。有明のテニスコートを包む空気は、これまでのどの試合とも違っていた。観客席を埋め尽くす人々の熱気と、張り詰めた緊張感が、肌をチクチクと刺してくる。
私たち星和学院女子テニス部は、一歩一歩踏みしめるようにして会場へと足を踏み入れた。昨日の男子の悔しさを、そして春花先輩がその身を挺して繋いでくれた闘志を胸に、私たちはここに立っている。
「いよいよ、ここまで来たわね……」
莉奈がラケットバッグの紐をギュッと握りしめながら呟いた。
「ええ。泣いても笑っても、これが最後の戦いよ。みんな、準備はいいわね」
右腕にまだ昨日の激闘の痕を残しながらも、春花先輩は毅然とした態度で私たちを鼓舞する。
控室に集合すると、ベンチに入る坂上監督が静かにオーダー用紙を広げた。全員の視線が監督の手元に集まる。鳳凰院を破り、圧倒的な強さで決勝へ駆け上がってきた西園寺女学院。その絶対王者を崩すための、私たちの最終オーダーが告げられた。
D2:田中 奈緒 / 星野 莉奈
D1:小林 芽衣 / 伊藤 綾
S3:佐藤 春花
S2:松本 美咲
S1:水瀬 みゆ
「今回のD2には田中と星野、2年生コンビを投入する。これが、今の星和が誇る最強の布陣だ」
坂上監督が全員の顔を見渡す。
「相手の西園寺女学院は付け入る隙のない王者だが、お前たちの絆と、ここまで磨き上げてきた技術があれば必ず勝機はある。田中、星野、思い切って勢いをつけてこい。3年生ペアは盤石に繋ぐ。松本、そして水瀬。すべてを出し切ってこい」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
全員の息が綺麗に揃った。同級生である美咲、奈緒、莉奈と目が合い、お互いに深く頷き合う。託されたシングルスの重みを受け止め、私の胸の奥の青い炎が一段と強く燃え上がった。
オーダー提出を終え、試合前の挨拶のためにコートへと向かうと、ネットの向こう側にはすでに漆黒のユニフォームに身を包んだ西園寺女学院のメンバーが整列していた。
洗練された、凛とした佇まい。そこから放たれる圧倒的な存在感の中心に立つのは、やはり彼女――西園寺のエース、白河こころさんだった。
こころさんは、コートに入ってきた私を見つけると、いつも通りの穏やかで上品な微笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「お待ちしてました、星和学院の皆様。そして……みゆさん」
鈴の鳴るような心地よい声が響く。彼女の瞳は優しく、しかし確かな熱量で私を捉えた。
「ついにここまで来ましたね、こころさん」
私が真っ直ぐに見つめ返すと、こころさんはふふっと上品に口元を隠して笑った。
「ええ。昨日の男子の試合、拝見しました。河村くんの試合、本当に素晴らしかった……。1月の合宿の時にあの方がみゆさんの彼氏さんだと知りましたけれど、本当に頼もしい彼氏さんですね」
「えっ……!?」
不意を突かれたからかいの言葉に、私は一瞬だけ狼狽えてしまい、顔が熱くなるのが分かった。西園寺のメンバーや美咲たちがニヤニヤしながらこちらを見ている。私は一度小さく深呼吸をして、真っ直ぐにこころさんの目を見て返した。
「……うん。今の私にとっては、いちばんの理解者です。彼に誇れる私でいられるように、全力で行くね」
「あらあら、ご馳走様。本当に一途ですね」
こころさんは楽しそうに目を細めたあと、すっと表情を和らげ、どこか感慨深げに頭を下げた。
「改めて……ここまで勝ち上がってきてれて、本当にありがとう。1月に足の負傷によって継続できなくなってしまった、あの試合の続き……約束通り実現できますね」
その言葉に、私の胸の奥がキュッと引き締まる。ずっと心に引っかかっていたあの日のこと。私は真剣な眼差しで応じた。
「あの時は、本当にすみませんでした。リハビリ、とても大変だったでしょう……? 大事な練習時間を奪ってしまったことには変わりありませんから……そのことで、私自身色々悩みました。ですが、今の私にできる全てを貴女にぶつけることこそが、最大の礼儀だということに気づかされたんです。だから、一切遠慮はしません」
私の言葉を聞いたこころさんは、嬉しそうに目を見張り、そして今日一番の晴れやかな笑顔を咲かせた。
「それでこそです、みゆさん。期待してます。私も、私のすべてを貴女にぶつけるつもりですから、覚悟してくださいね」
差し出されたこころさんの右手を、私は強く握りしめた。手のひらから伝わってくる、王者の覚悟と、テニスへの純粋な情熱。
握手を交わし終えると、両チームが再び綺麗に整列する。
満員の観客席から地響きのような大歓声が沸き起こる中、私たちは揃って、運命の決勝コートへと堂々の入場を果たした。




