強豪たちの肖像、有明の群雄
男女揃って掴み取った、全国ベスト4の切符。
星和学院中等部のテニス部は、まさに今、最高の勢いに乗っていた。
けれど、興奮に沸き返るベンチの中で、男子部長の佐久間先輩や私たちの春花部長の目は、すでに次なる戦いを見据えて厳しく光っていた。全ての試合が終了し、コート整備が始まる頃、佐久間先輩が男子メンバーを引き連れて声をかける。
「よし、男女ともにベスト4進出だな! だが、ここからが本当の地獄だ。隣のコート、そして反対側の山からも、怪物たちが勝ち上がってきてる。明日の準決勝に備えて、今のうちに他校の試合をしっかり偵察しておくぞ」
「うっす! 相手にとって不足なしだ!」
森下くんが不敵に笑い、男子メンバーが応じる。
私たちはいくつかのグループに分かれ、まだ熱戦が続いている他のコートへと足を運ぶことにした。私は美咲と莉奈、そして1年生のひかりちゃんと結衣ちゃんを連れて、女子の準決勝の対戦相手となる、九州志士学園のコートへと向かった。
観客席から見下ろすそのコートでは、ちょうどシングルス1の試合が佳境を迎えているところだった。
「……速い」
隣にいたひかりちゃんが、息を呑む。
コートを支配していたのは、九州志士学園の絶対的エースだった。
彼女のテニスは、私や千堂さんのような技術の応酬とは一線を画していた。圧倒的なフィジカルから繰り出される、男子顔負けの超高速フラットショット。小細工を一切弄さず、ただひたすらに力と速さで相手をねじ伏せるその姿は、冷徹な戦闘マシンのようでもあった。
「ゲームアンドマッチ! 6-0!」
一ゲームも落とさない、圧倒的なスコアでの幕切れ。勝った彼女は、勝利の瞬間すら表情を一つも変えず、淡々とネット際で握手を交わしていた。
「あれが、次の相手の志士学園ね……」
美咲が腕を組みながら、真剣な眼差しで呟く。
「ミスが全くない。相手がどんなに粘っても、それ以上の精度でコートの深いところに打ち込み続けてる。隙がなさすぎるよ」
「うん……。でも、それだけじゃない。彼女、まだ体力を半分も使っていないように見える」
莉奈がそう言うと、結衣ちゃんが驚いたようにこちらを見た。全国の頂点を狙う学校には、まだまだ私たちの想像を超えるような怪物がゴロゴロしている。
一方、男子のコートへと向かった陽太や佐久間部長たちのグループからは、ただならぬ緊張感が伝わってきた。
男子の準決勝の相手は、去年の優勝校にして絶対王者である鳳凰院中学。その鳳凰院を率いるエースこそが、あの天音つかさくんだ。
「……相変わらず、次元が違うな」
佐久間先輩が厳しい表情で呟く。
コート上での天音くんの動きは、まさに無駄の極みだった。一見すると優雅で軽やかなステップでありながら、放たれる一撃一撃は重く、鋭く、相手の戦意を根こそぎ奪っていく。相手も全国レベルの選手のはずなのに、まるで子供扱いだった。
「明日はあいつを止めなきゃ、決勝へは行けない。要チェックどころか、文字通り命懸けで食らいつくぞ」
森下くんがラケットバッグのストラップを強く握りしめ、天音くんの動きを一瞬たりとも見逃さないよう、その瞳に静かな闘志を宿していた。
「……あれ? 蓮先輩と湊先輩じゃない?」
莉奈が観客席の少し前方を見指して声を上げた。
男子のもう一つの山――激戦が予想されるAブロックのコートへと移動してきた私たちは、一足先に偵察に来ていた湊兄さんたちと合流した。
そこでは、男子の優勝候補同士である九州志士学園と、東日本屈指の超名門・帝都大付属が、息を呑むような大熱戦を繰り繰り広げていた。
「みゆ。そっちの試合は終わったか」
振り返った蓮さんの表情は硬い。隣に立つ湊兄さんも、腕を組んだままコートのラリーを凝視している。
蓮さんは去年まで、あの帝都大付属中学の絶対的エースとして全国にその名を轟かせていた。コートの向こう、帝都のベンチや選手たちの中には、蓮さんのよく知るかつてのチームメイトたちが何人かいる。彼らが全国の頂点を懸けて戦う姿を、蓮さんはどこか複雑な、だけど真剣な目で見つめていた。
しかし、その名門を相手に、九州志士学園の男子たちが見せた執念は凄まじかった。
試合はまさに死闘。シングルス、ダブルスともに一歩も引かない互角の応酬が続き、勝負は最終シングルスまでもつれ込む。
「ゲームアンドマッチ! 九州志士学園、神城、6-4! よって、3勝2敗で九州志士学園の準決勝進出!」
最後の打球がコートに沈んだ瞬間、会場から割れんばかりの拍手が巻き起こった。名門・帝都大を3-2の僅差で破り、準決勝へと名乗りを上げた志士学園の男たちの咆哮が、有明の空に響き渡る。
「……強いな。九州の壁は、男女ともに想像以上だ、龍之介のやつまだ余裕あるな」
蓮さんがポツリと呟き、元エースとして帝都の敗北を惜しみつつも、志士学園の実力を真っ直ぐに認めるように拳を強く握りしめた。
一方、私たちが一番気にしていた女子の最大の優勝候補、白河こころさん率いる西園寺女学院のコートへと足を運んだ時には、すでに公式戦の幕は閉じていた。
それどころか、彼女たちはすでに次の戦いを見据え、本日の対戦相手だった陸奥大付属中学のメンバーを交えて、コートで和やかに交流試合を始めているところだった。
「ねえ、聞いて。西園寺の今日の公式戦のスコア……」
偵察に行っていた他の部員が、驚きを隠せない様子で戻ってきた。その手にある対戦表の記録を見て、私たちは我が目を疑った。
「全試合、6-0のストレート勝ち。それだけじゃないの。陸奥大付属の選手たちに、1ポイントも取らせてないって……」
「え……? 1ポイントも、って……」
莉奈の声が震える。
ベスト8に残るような全国の強豪を相手に、全試合6-0のシャットアウト。それも、ゲーム単位ではなく、すべてのラリーにおいて相手に一度の『15』すら与えない、完全なるパーフェクトゲームを公式戦で達成したというのだ。
それほどの圧倒的な、絶望的とも言える実力差を見せつけたというのに――。
「あはは、今のショット、すごく惜しかったです! 次はもう少し打点を前にしてみるといいかもしれません」
コートの中から、鈴の鳴るような澄んだ、心地よい声が聞こえてきた。
中心にいるのは、西園寺女学院部長・白河こころさん。
彼女はポイントを一つも譲らなかった陸奥大付属の選手たちに、まるで寄り添うように、ひだまりのような柔らかい雰囲気で笑顔を向け、優しくアドバイスを送っていた。
傲慢さや冷徹さは微塵もない。その温かくて穏やかな空気のまま、当たり前のように完全試合をやってのける。その底の知れなさに、私はゾクリと肌が粟立つような感覚を覚えた。
(あの1月の合同合宿の時よりも……白河さんは、もっとずっと遠いところへ行っている……)
あの地獄のような猛特訓を共にした女子の2〜3年生のレギュラー陣は、白河さんのその『深度』を前にして、一様に表情を引き締めていた。
夕闇が迫り、有明のナイター照明が白々とコートを照らし始める。
九州志士学園の神代さんの圧倒的な力、鳳凰院の天音くんの天才的な動き、そして西園寺女学院の、優しくも底知れない圧倒的な強さ。
「……面白いじゃない。ここまで来なきゃ、会えない奴らばっかりね」
隣で莉奈が不敵に笑う。
「うん。明日勝って、絶対にあの西園寺に、私たちのテニスをぶつけよう!」
美咲が拳を突き出す。
「ええ。まずは明日の準決勝、九州志士学園を全力で倒しにいきましょう!」
私も二人に続いて、自分の拳を力強く重ねた。
女王との約束の地、決勝の舞台まで、あと一つ。
私たちはそれぞれの胸に熱い誓いを抱き、有明の風が吹き抜けるコートをあとにした。




