出揃った一等星たち
カン、と乾いた打球音が、有明の突き抜けるような青空に響き渡る。
開会式の高揚感が冷めやらぬまま、ついに全国大会の幕が上がった。初日は男女ともにトーナメントの1回戦、および2回戦が行われる。ここからは負けたら終わりの一発勝負。どのコートを見渡しても、初日からアクセル全開の激しいラリーが繰り広げられていた。
「ゲーム、星和学院! 6-1。よって、星和学院中等部の勝利!」
審判のコールと共に、私たちの初戦である1回戦が幕を閉じた。
女子は東北代表の陸奥大付属中学を相手に、ストレート勝ち。続く男子も、北信越代表の敦賀第一中学の技巧派なテニスに一瞬揺さぶられたものの、陽太の圧倒的なサーブ&ボレーを軸に試合を支配し、危なげなく初戦を突破した。
「よし、まずは男女とも最高の滑り出しだ!」
顧問の坂上先生の声に応えるように、部員たちの士気はさらに跳ね上がる。けれど、休む間もなく2回戦のコールが会場に響き渡った。
インターバルを挟み、午後から始まった2回戦。
私たちの対戦相手は、男子が四国代表の鳴門渦潮中学、そして女子が東海代表の**聖和学院**。
「……なぁ、みゆ。次の相手、うちと名前の読みが完全に同じだな」
コートに入る前、ベンチでラケットのグリップテープを巻き直しながら、陽太がニヤニヤと笑いかけてきた。
「こっちは『星の和』で星和、向こうは『聖なる和』で聖和か。審判、絶対に言いづらいだろこれ」
「もう、陽太、不謹慎だよ。でも、確かにちょっとややこしいかもね……」
私が苦笑していると、女子部長の佐藤春花先輩が、凛とした表情で私たちの前に立った。
「漢字は違っても、同じ『せいわ』の名を背負う代表同士の戦いよ。どちらの本気が勝るか、きっちりコートの上で白黒つけましょう。行くわよ、芽衣!」
「はい、春花部長!」
春花部長の隣で力強く頷いたのは、ダブルスパートナーの小林芽衣先輩だった。シングルス1である私の出番は最後。ベンチから先輩たちの試合を全力で応援すべく、私は声を張り上げた。
そうして始まった女子2回戦。
試合は序盤から、私たちの「星和」と相手の「聖和」による激しいラリーの応酬となった。そして、陽太の予測は最悪の形で的中することになる。
『……フォティ、サーティ! トータール、トータール……ええと、星の、星和学院!』
主審の台の上で、審判の男の子が完全に混乱していた。
どちらにポイントが入っても「ゲーム、せいわ学院」「ポイント、せいわ学院」になってしまうため、観客も選手も一瞬「どっち!?」とフリーズしてしまうのだ。見かねた審判が、苦肉の策として漢字のニュアンスを混ぜてコールし始めると、コート内には奇妙な空気が流れ始めた。
チェンジコートの際、ネット際ですれ違うときに、聖和学院の選手が春花部長と芽衣先輩にポツリと話しかけているのが見えた。
「……ねえ、審判の人、すっごく大変そうだね」
「あはは、本当ね。でも、私たちは『星』のプライドがあるから、負けないわよ?」
芽衣先輩が明るく返すと、相手の選手も思わず「ふふっ」と吹き出していた。
「望むところです! 私たちだって、聖和の意地がありますから!」
試合中、そんな微笑ましいやり取りを挟みつつも、ラリーの強度は一切落ちなかった。むしろ、お互いに同じ名を持つ意地があるのか、一歩も引かない熱戦となる。
「芽衣、後ろは任せた!」
「了解、春花部長! 前は崩します!」
聖和学院の粘り強いディフェンスに対し、芽衣先輩が一歩も引かずに鋭いコースへボレーを叩き込んでいく。年始からの厳しい練習、そしてあの雨の日の『計画の失敗』を経て、精神的にも一回り大きくなった今の私には、先輩たちの背中がとても頼もしく見えていた。
「ゲーム、星の、星和学院! 6-2!」
最後は春花部長の鮮烈なスマッシュが決まり、審判の必死のコールの元、星和がダブルスを制した。お互いにがっちりと握手を交わし、「決勝まで行ってね、星和さん」「ありがとう、聖和さん」と言い合えたのは、この大会の素敵な思い出になりそうだった。
その後も星和の勢いは止まらず、シングルス陣も快勝。シングルス1の私の出番が回ってくる前に、チームとして3勝を先取し、無事に準々決勝へと駒を進めたのだった。
女子が『せいわ対決』を制して見事にベスト8進出を決めた頃、別コートで行われていた男子の2回戦も、いよいよ大詰めを迎えていた。
四国代表・鳴門渦潮中学との対戦。相手は鳴門の激しい渦潮を連想させるような、泥臭くも勢いのあるテニスで星和に食らいついてきていた。だが、シングルス1としてコートに君臨する陽太の存在が、相手の勢いを完全にシャットアウトしていた。
「オラァッ!」
鋭い雄叫びと共に放たれた、陽太のマッチポイントのスマッシュ。強烈な回転を伴ったボールが、相手コートのライン際にズドンと重く突き刺さる。カシャァン、と乾いた音が響き、相手のラケットが虚しく弾かれた。
「ゲームアンドマッチ、星和学院! 6-0!」
一歩も寄せ付けない、圧巻の完全勝利。
試合を終えてコートから出てきた陽太は、首にタオルをかけ、スポーツドリンクを口に含みながら、不敵な笑みを浮かべて中央の巨大な掲示板へと歩み寄ってきた。私もその後を追うようにして、トーナメント表の前で合流する。
「お疲れ様、陽太。すごい迫力だったね」
「おう、みゆ。女子も突破したんだってな。……まぁ、初日はこんなもんだろ。本番は明日からだ」
陽太が乱暴に髪をかき上げながら見つめる先。そこには、初日の激戦を潜り抜け、下馬評通りの強さと圧倒的な存在感を放ちながら名前を残した、猛者たちの学校名が綺麗に並んでいた。
関西代表の帝都大付属(男子)と西園寺女学院(女子)は、どちらも他校を全く寄せ付けないオールストレート勝ち。まさに王者の風格を漂わせる完璧な勝ち上がりだった。怪我から完全復活した白河こころさんの率いる西園寺は、トーナメントの反対側で圧倒的な輝きを放っている。
そして、九州の雄・九州志士学院。有明の入り口であれほど吼えていた神代龍之介さんは、有言実行と言わんばかりに、持ち前の野性的なパワーと熱量で対戦相手を文字通りねじ伏せてベスト8へと名乗りを上げていた。
さらに、中国代表の鳳凰院中学。陽太と同学年の『神童』、天音つかさくんの変幻自在のプレイスタイルを中心に、トリッキーかつ洗練されたテニスで相手を翻弄し、危なげなく駒を進めている。
他にも、東海代表の尾張中央中学、北信越の翡翠館中学、北海道の北海大付属中学など、各地区の頂点を極めてきた強豪たちが、牙を研ぎ澄ましながら明日の準々決勝へと進出していた。
「みんな、きれいに残ってきたね……。本当に、ここからが本当の『全国大会』なんだ」
私がゴクリと息を呑んで呟くと、陽太は掲示板に書かれた『九州志士学院』と『鳳凰院中学』の文字をじっと見つめ、それからニカッと不敵に笑った。
「当たり前だろ。あいつらがこんなところでコケるわけねえ。世界を一緒に見たあいつらも、死ぬ気でここまで上がってきてんだ。これで、明日からの舞台は完全に整ったってわけだ」
夕暮れの有明。オレンジ色に染まっていくコートを二人で見つめながら、私の胸は心地よい高揚感と、どこか震えるような武者震いで満たされていた。
初日の緊張感を乗り越え、私たちは確かに全国のベスト8へと名乗りを上げた。
明日からは、日本代表の戦友、そして常勝の女王が待つ、本当の修羅場が始まる。




