前日ミーティングと、もたらされた情報
「いよいよ明日から、全国大会が始まる」
夕暮れの部室。顧問の坂上先生の声が、いつも以上に重く響いた。
窓の外には、西日に照らされたクレーコートが広がっている。これまで数え切れないほどの汗と涙を流し、仲間たちとラケットを振り続けてきたあの場所から、私たちはついに、中学テニス界の最高峰である全国の舞台へと足を踏み入れるのだ。
星和学院中等部、男女揃って二年連続の全国大会出場。
部室内には、私や陽太を含めたレギュラーメンバーが顔を揃え、独特の緊張感が張り詰めていた。あの雨の日の『兄さん幸せ計画』の崩壊からしばらく経ち、私と陽太の間のわだかまりは完全に消え去っていた。今はただ、目の前の大きな目標に向けて、心は一つになっている。
「地区予選を勝ち抜き、ここにいる全員が最高のコンディションで本戦を迎えられることを、まずは誇りに思ってほしい。だが、全国の壁は厚い。ここからは一歩の油断も許されないぞ」
坂上先生の言葉に、全員が真剣な表情で頷く。
「そこでだ」
坂上先生が視線を送った先で、一歩前に出たのは情報収集を担当してくれた、田中奈緒だった。手元には、全国から集まる猛者たちのデータをびっしりと書き込んだ分厚いバインダーが握られている。
「すでにトーナメントの組み合わせと各ブロックの代表校は確定しています。今回はその中から、特に私たちが警戒すべき注目校の最新データを共有するね。みんな、頭に叩き込んでおいて」
奈緒がホワイトボードに大きな対戦表を貼り出し、バインダーをめくりながら話し始める。
「まずは女子の最有力候補、関西ブロック代表の西園寺女学院中等部。ここを率いるのは、三年生の白河こころさんです。彼女、年始の足の負傷が完全に完治していて、復帰してからテニスのプレイスタイルがガラリと大きく変わっているっていう情報が入ってるの。以前よりもさらに隙がなくなっているみたい」
奈緒のその言葉を聞いた瞬間、私の胸に温かい安堵が広がった。
(白河さん……足、無事に完治したんだ。本当によかった……!)
リハビリの苦しさを乗り越え、完全復活を遂げた憧れの人の姿を想像し、私は引き締まる思いと同時に、純粋な喜びを感じずにはいられなかった。無事に戻ってきたこころさんと、同じ全国の舞台で戦える。それだけで胸が熱くなる。
「次に男子の要警戒校。九州ブロックを順当に勝ち抜いてきた九州志士学院。ここはU-17世界大会代表のメンバーでもあった、神代龍之介さんが率いるチームです。例年以上にタフで泥臭く、非常に手強い強豪に仕上がっているみたい」
奈緒がそう言うと、隣にいた陽太の表情がガラリと変わった。鋭い眼光がホワイトボードの文字を射抜く。
「そしてもう一つ、中国ブロック代表の鳳凰院中学。去年の優勝校だけあって、出場選手全員のレベルが高いわ。『神童』と言われている天音つかさくんも鳳凰院に所属しています。彼の変幻自在なプレイは、男子シングルスの台風の目になることは間違いありません」
奈緒がパチンとバインダーを閉じ、説明を締めくくった。
「以上が、明日からの戦いで特に鍵となる要注意人物たちです。みんな、気合入れていきましょう!」
「ありがとな、奈緒」
陽太が小さく声を漏らす。その拳は、制服のズボンの上からでも分かるほど強く握りしめられていた。
神代龍之介、そして天音つかさ。
U-17世界大会の舞台では、同じ日本代表のユニフォームを背負い、共に世界と戦ったかけがえのない仲間たちだ。固い絆で結ばれた彼らと、今度は敵同士として、この日本中学テニスの最高峰である全国大会の舞台で真っ向からぶつかり合うことになる。
「……上等だ」
陽太が不敵に、けれどどこか嬉しそうに唇の端を上げた。その瞳には、かつて世界を相手に戦った時と同じ、いや、それ以上の凄まじい闘志の炎が宿っていた。
「龍之介の兄貴にも、つかさにも、絶対に負けねえ。世界を知った俺たちがここで戦うんだ、最高の試合に決まってるだろ」
世界大会を経て、さらに強くなった仲間たちとの再戦。その激闘を予感させる陽太の頼もしい横顔を見て、私の心の中の緊張も、心地よい高揚感へと変わっていく。
「よし、今日のミーティングはここまで! 明日に備えて、今日は早く帰ってしっかり休め!」
坂上先生の号令が響く。
「はいっ!!」
割れんばかりの返事が部室に響き渡る。
目の前に広がるのは、まだ見ぬ強敵たち、そしてかつての戦友たちが待つ、どこまでも高く眩しい全国の舞台。私たちの熱い挑戦が、今、最高のプロローグと共に幕を開けようとしていた。




