委員長と副委員長、そしてお菓子作りの作戦
唯先輩が蓮さんに一途な恋をしていると知り、心からの応援を送りつつ、私と陽太は『兄さん幸せ計画』の修正案を急ピッチで進めていった。残る三人のアプローチをより確実なものにするため、陽太はさらなる高等部の情報を集めてきてくれた。
「みゆ、実は盲点があった。佐々木梓先輩の件だ」
昼休み、陽太はノートを広げながら声を潜めた。
「梓先輩と湊さん、同じ高等部一年Cクラスなんだけどさ。なんと梓先輩が学級委員長で、湊さんが副委員長をやってるんだよ」
「えっ……兄さんが、副委員長?」
面倒くさがりな兄さんが委員長補佐をしているなんて、想像もつかなかった。
「ああ。押し付けられたらしいんだけど、なんだかんだ真面目にこなせてるみたいだ。梓先輩は誰もが気後れする『高嶺の花』だけど、委員長コンビだから二人は普段から自然に会話してて、関係はかなり良好らしいんだ」
女子からの憧れの的であり、男子テニス部の次期エース確定と囁かれる湊兄さん。そして、誰も近づけない完璧委員長の梓先輩。
(お似合い、なんてレベルじゃない。完璧すぎる……!)
ただ、湊兄さんが私に対して抱いている「妹以上」の複雑な好意という、計画の根底にある最大の問題を乗り越えるためにも、私は早く湊兄さんを幸せな恋愛へと導かなければならない。そのために、私は陽太にある作戦を提案した。
「梓先輩との関係を一気に進展させるために、凛ちゃんにお願いしようと思うの」
私のクラスメイトであり、梓先輩の妹でもある凛ちゃん。梓先輩は妹の凛ちゃんをとても可愛がっている。
「私のクラスから凛ちゃんに話をつなげて、梓先輩と、凛ちゃんと、私の三人でおやつ作りをしないかって誘うの。凛ちゃんの家ならキッチンも広いし、妹からの誘いなら梓先輩も自然に乗ってくれるはず」
作戦の肝は、出来上がったお菓子を「男子の意見が聞きたいから」という名目で、委員長つながりの湊兄さんに試食してもらうことだ。
実は、梓先輩はお菓子作りがあまり得意ではない。だからこそ、並の実力である私と、そしてプロレベルの腕前を持つ妹の凛ちゃんがサポートに入れば、梓先輩の健気な努力を湊兄さんに届ける最高のシチュエーションが作れるはずだった。
数日後、作戦は驚くほどスムーズに実行へと移された。
週末、私たちは放課後に佐々木先輩たちの広々とした自宅のキッチンへと集まっていた。
「お菓子作りなんて久しぶりだから、ちょっと緊張しちゃうな……」
エプロン姿の梓先輩が、少し困ったように眉を下げて微笑む。高嶺の花と言われる彼女だが、慣れない手つきで一生懸命に計量スプーンを握る姿は、年相応にとても可愛らしくて魅力的だった。
凛ちゃんがプロ顔負けの手際で芸術的なタルトを仕上げる中、私は並の実力なりに無難なクッキーを焼き、梓先輩は凛ちゃんに手取り足取り教わりながら、一生懸命にマドレーヌを焼き上げた。キッチンいっぱいに、バターと砂糖の甘く幸せな香りが立ち込める。
お菓子が完成したタイミングで、梓先輩が「学級委員の書類の件で確認したいことがあるから、ちょっとうちに来てくれない?」と湊兄さんに連絡を入れてくれた。
しばらくして、ピンポーン、とインターホンが鳴る。
梓先輩が玄関で湊兄さんを迎え、そのままリビングへと通してきた。ラケットバッグを担いだ湊兄さんは、リビングに足を踏み入れた瞬間、そこにいる私を見つけて驚いたように目を見張った。
「……みゆ? なんでお前がここにいるんだ?」
「あ、湊くん! お疲れ様!」
私が少し気まずそうに手を振ると、横からエプロン姿の梓先輩が楽しそうに微笑んだ。
「実はね、みゆちゃんたちとお菓子作りをしてたの。はい、これ、私たちが作ったおやつ! 湊くんの感想が聞きたくて。食べてみて?」
テーブルの上には、三人のお菓子が綺麗に並べられている。
湊兄さんは少し気恥ずかしそうに首の後ろを掻きながらも、促されるままに椅子に座った。
「じゃあ、まずは佐々木...は分かりにくいか。梓のお手製から」
湊兄さんが、梓先輩が不器用ながらも必死に作ったマドレーヌを手に取り、口に運ぶ。
「……ん。美味い。外がサクサクしてて、丁度いい甘さだな」
「本当!? 良かったぁ……!」
梓先輩が本当に嬉しそうに、パッと顔を輝かせる。委員長と副委員長として普段から信頼し合っている二人が、並んで笑い合う姿は、やはりどこからどう見てもお似合いの絵画のようだった。
続いて、湊兄さんは凛ちゃんの作った綺麗なタルトを一口食べた。
「……すげえなこれ。そこらの店で売られてるのより美味いぞ」
「ふふ、合格ね」
プロレベルの実力を持つ凛ちゃんが、誇らしげに胸を張る。
計画は、完璧だった。長谷川杏子さんとの朝の挨拶も続いているし、梓先輩との距離もこれで一気に縮まったはずだ。
けれど。
最後に湊兄さんが手を伸ばしたのは、私が作った、見た目も味も至って平凡なクッキーだった。
一口かみくだき、湊兄さんはふっと表情を緩める。
「……でも、やっぱり俺はみゆの作ったやつが一番落ち着くわ」
湊兄さんはそう言って、私にだけ、いつものあの不器用で、どこまでも甘やかしたような優しい笑顔を向けたのだった。
湊兄さんの瞳の奥にある、あの真っ直ぐで一途すぎる光。
私たちが必死に紡ぐ『優しい嘘』のタイムライン。その裏側で、湊兄さんの「私への感情」という巨大な現実が、私たちの計画を飲み込もうと、静かに頭をもたげ始めていた。




