姉の警告、託された覚悟
星和祭最終日の喧騒が嘘のように静まり返った夜。
我が家のリビングには、私と雫お姉ちゃんの二人きりの時間が流れていた。
今日のステージを大成功で終えた湊兄さんは、今頃バンドメンバーの梓さんたちと賑やかな打ち上げの真っ最中だろう。いつもなら兄さんの楽しげな話し声で満たされるリビングは、どこか厳かで、時計の秒針の音だけが規則正しく響いていた。
私はソファに座るお姉ちゃんの前で、今日、学校の屋上で起きたすべての出来事を静かに打ち明けた。
フォークダンスの輪に入れなかったこと。屋上に陽太が来てくれたこと。そして――。
「……陽太に、全部話そうと思うの」
私の言葉に、マグカップを口元へ運ぼうとしていた雫お姉ちゃんの指先が、ピタリと止まった。
「彼を、私たち水瀬家の……神崎家との事情に巻き込んでしまうことになる。それは分かってるの。でも、一人で隠し通したまま彼と一緒にいるのは、私の傲慢だって気付いたから。だから、本当のことを全部伝えるわ」
お姉ちゃんは静かにマグカップをテーブルに置くと、いつもの優しい表情から一転して、どこか冷徹とも言えるほど真剣な眼差しを私に向けた。
「みゆ。話してしまったら、もう二度と後戻りはできないわよ」
低く、諭すような声だった。
「陽太くんは、水瀬家とも神崎家とも関係のない、普通の男の子。その彼に、あの事故の真実を、湊がこの家にいる本当の理由を背負わせるの。彼はきっと、あなたを想うあまり、その重さに一緒に苦しむことになる。最悪の場合……二人の関係そのものが壊れてしまうかもしれない。その覚悟は、できているの?」
お姉ちゃんの言葉は、どれも私が屋上で何度も自問自答した恐怖そのものだった。
胸がキュッと締め付けられる。けれど、今の私の瞳に迷いはなかった。
「うん……。壊れることを怖がって真実を隠し続けるなら、私が陽太を好きな気持ちこそが『偽物』になっちゃうから。どんな結果になっても、私は陽太を信じて、全部受け止める」
私の真っ直ぐな言葉を聞き終えると、お姉ちゃんはしばらくの間、じっと私の目を見つめていた。
やがて、張り詰めていた彼女の表情が、ふっと柔らかいものへと変わっていく。お姉ちゃんは小さくため息をつき、愛おしそうに微笑んだ。
「……わかったわ。みゆがそこまで決めているなら、私はもう止めない。むしろ……これからのあなたには、陽太くんのような真っ直ぐな『光』が隣にいてくれた方が、いいのかもしれないわね」
お姉ちゃんの理解と思いやりのある言葉に、張り詰めていた心の緊張が少しだけ和らぐのを感じた。
「ありがとう、お姉ちゃん。……それでね、陽太に話す時に、あの日私が書斎で見つけた古い日記のアルバム……あれを、一度だけ持ち出させてもらえないかな? ちゃんと、証拠として見せたくて」
神崎家の記録。あの血の事実が刻まれたアルバムを直接見せれば、陽太にも私の言葉の重さが正しく伝わるはず。そう思っての提案だった。
けれど、お姉ちゃんは即座に「それは駄目」と、毅然とした態度で首を振った。
「あのアルバムは、お父さんとお母さんが命がけで守ってきた、我が家のいちばんの機密よ。万が一にも外で紛失したり、誰かの目に触れるようなことがあっては絶対に困るわ」
「それは……そう、だよね。ごめんなさい」
「いいの。その代わり――」
お姉ちゃんは私の手を優しく握り、静かに言葉を続けた。
「必要な部分だけ、メモに取るか、あなたのスマートフォンで写真に撮っておきなさい。そして、陽太くんにすべてを伝え終わったら……そのデータは、その場ですぐに完全に破棄すること。それが、水瀬家の人間として、あなたが守るべき最低限のルールよ」
「……うん。分かった。メモにして、終わったらすぐ破棄するね」
お姉ちゃんの言葉を胸に深く刻み込む。
陽太に真実を伝える約束の日は、もうすぐそこに迫っていた。私は自分のスマートフォンを握りしめ、これから訪れる運命の瞬間に向けて、静かに覚悟を固めていくのだった。




