二人だけのフォークダンス
校庭のキャンプファイヤーが夜空へ向かってパチパチと火の粉を散らすのを、私はただ黙って見つめていた。
隣に立つ陽太の温もり。そして、脳裏に響く蓮さんの『まずは、信頼できる奴に打ち明けることから始めろ』という言葉。
一人で抱え込み、自己完結した絶望に浸ることは、ただの私の傲慢。その言葉が、私の心を縛っていた冷たい鎖を少しずつ解きほぐしていく。
私は深く息を吸い込み、決意を込めて陽太を真っ直ぐに見つめた。
「……陽太」
「ん?」
「私、陽太に全部話すよ。……私が何を悩んでいて、どうして『資格がない』って言ったのか、その理由を全部」
陽太の瞳が、驚きと、どこか安堵したような光で僅かに揺れる。
「でも、ちゃんと心の準備をして、真っ直ぐ陽太の目を見て話したいから……少しだけ時間をくれないかな? 後日、改めて二人だけで話せる時間を作ってほしいの」
今の感情に任せて泣きながら話すのではなく、一人の人間として、自分の血の歴史と向き合って伝えたい。それが、真摯に私を抱きしめてくれた陽太への、私なりの誠実さの示し方だと思った。
陽太は私の強い眼差しを受け止めると、ふっといつもの優しい笑みを浮かべ、力強く頷いた。
「わかった。焦らなくていいよ。みゆが話そうって思ってくれるまで、俺はいくらでも待つから」
「……ありがとう、陽太」
胸の奥の支えが少しだけ軽くなったような気がした。まだ何も問題は解決していないし、真実を話せば二人の関係が変わってしまうかもしれない恐怖はある。けれど、陽太を信じて一歩を踏み出そうと思えたこと自体が、私の中に小さな光を灯してくれていた。
遠く下の校庭からは、フォークダンスの終盤を告げる、一段と賑やかな音楽が風に乗って聞こえてくる。
陽太はブレザーのポケットから手を抜くと、さっき拒絶された時と同じように、もう一度、優しく右手を差し出してきた。
「じゃあ、約束の印。……まだ曲は終わってないし、せっかくの星和祭だ。ここで二人だけで踊ろうぜ?」
今度は、その手を拒む理由はなかった。
「……うん」
私は小さく頷き、差し出された大きな、温かい手をそっと握りしめた。
陽太の左手が私の腰に優しく添えられ、私を引き寄せる。その瞬間、お互いの体の距離が一気に縮まり、トクン、と胸が跳ねた。私の左手を陽太の肩へと乗せると、触れ合う場所すべてから彼の男の子らしい熱がじんわりと伝わってくる。
月光だけが照らす静かな屋上。誰も見ていない、私たちだけの特等席。
下から響くステップのリズムに合わせて、私たちはゆっくりと体を動かし始めた。
陽太のリードは少しぎこちなくて、私のステップが彼の足に当たりそうになってしまう。
「あ、ごめん……っ」
「いいよ、俺のリードが下手なだけだから。……ほら、もっと力抜いて」
陽太はそう言って、握りしめた私の手に少しだけ力を込め、自分のほうへと優しく引き寄せた。思わず彼の胸元に顔が近づき、お互いの吐息が届きそうな距離で目が合う。月光に照らされた陽太の瞳が、切ないほど愛おしそうに私だけを映していて、胸の奥が甘く痺れた。
ステップを踏むたびに、冷たい夜風が髪を揺らし、二人の影が重なり合うようにして月へと伸びていく。
さっきまでの絶望が嘘のように、大好きな人の腕の中にいる心地よさが私を満たしていく。涙の跡が残る私の頬に、自然と、この三日間で一番柔らかい本物の笑顔が戻っていた。
「……あ、笑った」
陽太が私の顔を覗き込み、嬉しそうに目元を緩める。
「え? ――もう、笑うでしょ、陽太のステップが変なんだもん」
「悪かったな、フォークダンスはまだ今年で二回目なんだよ。でも……お前のその顔が見られたから、必死に探した甲斐があったわ」
そう言って陽太は、愛おしさを堪えきれないというように、繋いでいない方の手で私の頬に触れ、親指で涙の痕をそっと優しく拭った。その手の温かさに、胸が締め付けられるほど愛しさが込み上げる。
他愛のない言い合いをしながら、私たちは曲の終わりとともに、ゆっくりと足を止めた。
けれど、重なった体はすぐには離れず、陽太は名残惜しそうに、私の手を最後の一瞬まで指を絡ませるようにしてギュッと握り締めていた。
やがて、校庭の音楽が完全に止まり、星和祭の後夜祭が静かに幕を閉じる。
暗かったみゆの顔に、いつもの、それ以上の愛らしい笑顔が戻ったのを見て、陽太は張り詰めていた肩の力を抜き、心の底から安心したように大きな息を吐き出した。
「さ、風が冷たくなってきたし、そろそろ下りようか。みんな待ってる」
「うん。……行こう、陽太」
私たちは離れがたい手をゆっくりと離し、並んで重い鉄の扉を開けた。賑やかな光が待つ校舎へと階段を下りていく。
背負うべき運命は変わらない。けれど、私の隣には、どんな重みも一緒に受け止めると言ってくれた少年が、確かに歩みを進めていた。




