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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第20章:群青の日常、秋の陣

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星和祭前日、それぞれの準備

「そこ、もう少し右! あ、行き過ぎ行き過ぎ、ちょっと戻して!」


聖和学院の秋の最大イベント、通称『星和祭(せいわさい)』を翌日に控えた木曜日の午後。校舎内は、まるでお祭りの当日のような喧騒と、どこか浮き足立った熱気に包まれていた。授業は午前中で切り上げとなり、午後からは全校を挙げての前日準備が始まっている。


今年の星和祭は金曜日から日曜日までの3日間にわたって開催される。特に3日目の日曜日は一般公開日となっており、学院外部からも多くの来客が訪れる予定だ。さらに、中等部と高等部が同日開催されるため、その規模は地域でも屈指の大きさを誇る。


私たち2年Bクラスの教室も、机や椅子がすべて廊下へと運び出され、すっかり様変わりしていた。


「みゆ、看板の文字、これで大丈夫そうかな?」


美咲が、大きな段ボールにアクリル絵の具で描かれた『ワンハンド春巻きバー』の文字を掲げて見せてくれた。ポップで可愛らしいフォントの周りには、おいしそうな春巻きのイラストが添えられている。


「うん、とってもいい感じだよ、美咲。遠くからでもすごく目立ちそう」


私は黒板の装飾用にチョークを握りながら微笑んだ。


「みゆちゃん、お疲れ様。調理室の仕込み、第一陣は綺麗に包み終わったよ」


エプロン姿の佐々木凛ちゃんが、額の汗を拭いながら教室に戻ってきた。

試作会での成功を受けて、私たちは具材の仕込みを数日前から綿密に計画していた。痛みにくいマッシュポテトのベースや、リンゴのコンポートはすでに完璧な状態で調理室の冷蔵庫に保管されている。一般公開日の大量注文にも対応できるよう、仕込みの量もかなりの規模だ。


「ありがとう、凛ちゃん。これなら明日の当日は、注文を受けてから揚げるサイクルをスムーズに回せそうね」


装飾の手を休め、バケツの水を替えに廊下へ出ると、そこはさらにカオスな空間が広がっていた。2年Cクラスのエリアでは、田中瑛太くんと早川大輔くん、そして田中奈緒ちゃんが、文字通り段ボールの山と格闘して巨大迷路を作っている。


「よっ、みゆ。Bクラスの方は準備順調か?」


不意に横から声をかけられ振り返ると、2年Aクラスのジャージを着た陽太が、木製のパーテーションを一人で軽々と担ぎながら歩いてきていた。体育祭で痛めた脇腹はもう完全に癒えたようで、いつもの力強さが戻っている。彼らのクラスは学院の歴史とテニス部の戦績を合わせた写真展示をやるらしい。


「みゆたちの春巻き、明日絶対に食いに行くからな。テニス部の奴らにも『Bクラスの春巻きはガチで美味いから絶対並べ』って、もう言い触らしといた」


「ふふ、ありがとう。陽太の分は、特別に揚げたての一番美味しいところを取っておくわね」


何気なく口をついて出た自分の言葉に、私は胸の奥が一瞬だけトクン、と跳ねるのを感じた。

未来の約束はできない。彼との境界線は、今も私の心の中に冷たく存在している。それでも、こうして文化祭という日常の光の中で、明日を楽しみにしてくれている彼のために料理を振る舞えることが、たまらなく嬉しかった。陽太は私の言葉に一瞬だけ驚いたように目を見開いた後、本当に嬉しそうに、くしゃりと目元を和らげて笑った。


「約束だからな。楽しみにしてる」


「河村ー! そっちのパーテーション、早く持ってきてくれー!」というクラスメイトの声に押され、陽太は「じゃあな、みゆ。明日お互い頑張ろう」と言って去っていった。


その背中を見届けてから、中庭へ続く渡り廊下へと差し掛かった時、前方から見慣れた二人の人影が歩いてくるのが見えた。


「――兄さん、蓮さん」


高等部1年のフロアから降りてきた、湊兄さんと蓮さんだった。


「みゆ、準備は順調か? 中等部の方もかなり賑やかになってるな」

湊兄さんが少し表情を和らげ、気遣うように声をかけてくれる。その隣で、蓮さんは静かに頷きながら、穏やかな視線をこちらに向けていた。


「仕込みも装飾も順調だよ。ねぇ、兄さんたちのクラスは何をするの?」


私の問いかけに、湊兄さんは「俺たちのクラスは展示なんだが……」と言葉を区切り、隣の蓮さんに視線を向けた。蓮さんは小さく息を吐き、


「……有志で、バンドをやる」


と、静かな声で教えてくれた。


「バンド……! 兄さんと蓮さんが?」

驚いて目を丸くする私に、湊兄さんが少し楽しそうにメンバーを補足してくれた。

ドラムは湊兄さん、ベースギターは蓮さん。そしてボーカルを務めるのは、去年まで中等部で生徒会長を務めていた、私の隣の席の凛ちゃんのお姉さんである佐々木梓(ささきあずさ)さん。さらにエレキギターには、梓さんの親友である深田麻里奈さんが加わるのだという。


「ここ数日、放課後はみんなで音を合わせてたんだ。これから体育館で最終調整に向かうところだ」

湊兄さんがそう言うと、蓮さんもポケットに手を突っ込んだまま、


「……なかなか、いい仕上がりだぞ、湊は経験が無いという割りに飲み込みが早くてメンバー内でも驚いているほどだ」


と、確かな手応えを感じさせるように口元を緩めた。去年のあの圧倒的なカリスマ生徒会長だった梓さんの歌声に、湊兄さんたちのリズム隊が加わる。想像しただけで、鳥肌が立つほど豪華なステージだ。


「演奏は二日目と、三日目の一般公開日。……どちらも午後の枠だ。来られるか?」

蓮さんが少し視線を落としながら、静かに尋ねてくれた。


「もちろん! 予定を確保して、凛ちゃんと一緒に観に行くね。二人の演奏、すごく楽しみにしているから」


「あまり期待するなよ。これでも初心者なんだ。あと、お前の模擬店にも、手が空いたら蓮と二人で顔を出しにいく」

湊兄さんが優しく微笑み、蓮さんも「……楽しみにしている」と静かに頷いた。


二人はそのまま、楽器ケースが置かれている講堂の方へと歩いていった。去っていく二人の背中を見つめながら、私は胸の高鳴りが抑えきれなくなっていた。


明日からの3日間、この広い聖和学院がどんな熱気に包まれるのだろう。

陽太との約束、そして湊兄さんたちのステージ。未来の不安をひととき忘れさせるほどに、星和祭の前奏曲は、美しく華やかに鳴り響いていた。


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