試作会と秘密のテスター
メニューの決定から数日後。私たちは放課後の調理室に集まっていた。
文化祭の模擬店を無事に成功させるための第一歩――「ワンハンド春巻き」の試作会である。
放課後の調理室には、まだ誰も使っていない静けさと、独特のステンレスの匂いが満ちていた。そこにエプロン姿の私、佐々木凛ちゃん、そして松本美咲が集まると、一気に賑やかな空気が流れ出す。
「よーし! それじゃあ2年Bクラス特製、パリパリ春巻きの試作を始めるよ!」
美咲の威勢の良い掛け声とともに、私と凛ちゃんは手際よくコンロや調理器具を準備していく。
「みゆちゃん、タコス風のポテトフィリングの方、お願いしてもいい? 私はアップルパイ風のカスタードを炊くから」
「ええ、任せて。ジャガイモの芽をくり抜いたら、一度レンジで柔らかくしてから潰すわね」
お姉ちゃんとの特訓のおかげで、今の私は包丁の扱いも、火加減のコントロールもすっかり身体に染み付いている。凛ちゃんが手際よく鍋でカスタードクリームを練り上げ、リンゴをシナモンと砂糖で甘酸っぱく煮詰めていく隣で、私も茹で上がったポテトをなめらかに潰し、炒めたひき肉と特製のタコススパイス、そしてとろけるチーズをたっぷりと混ぜ合わせていった。
「うわぁ……もう匂いだけで美味しそう。これ、絶対売れるよ!」
ボウルの中を覗き込んだ美咲が、目を輝かせてお腹を鳴らしている。
「ここからが本番よ。揚げる時に中のチーズやカスタードが漏れ出さないように、しっかり包まないと」
私は春巻きの皮を広げ、凛ちゃんと並んで具材を乗せていった。端からきっちりと巻き込み、水で溶いた小麦粉で丁寧に糊付けをしていく。
指先に伝わる薄い皮の感触。かつては素材を無機物に変えるだけだった私の料理が、こうして誰かと笑い合いながら形になっていくことが、どこか不思議で、とても温かかった。
「よし、油の温度は170度。揚げるよ!」
凛ちゃんが熱した油に春巻きを滑り込ませると、シュワシュワと軽快な音が響き、調理室中に香ばしい匂いが立ち込めた。キツネ色に染まった春巻きを網に上げると、パチパチと弾けるような心地よい音が鳴る。
「できた……! 完璧な揚げ上がり!」
お皿に並んだのは、細長くスマートに巻かれた、黄金色の春巻きたちだ。
「熱いうちに試食してみよう!」
美咲が待ちきれない様子で、ワックスペーパーを巻いた『タコス風ポテトチーズ』を一本手に取り、勢いよくかじりついた。
――パリッ!!
調理室に、信じられないほど綺麗な破裂音が響く。
「……っ!! 美味しいーーーっ!!」
美咲は両頬を押さえて身悶えした。
「皮がすっごくパリパリで、中はポテトがホクホク! スパイスがピリッと効いてるのに、チーズがまろやかで最高に合う! これ、何本でもいけちゃうよ!」
「良かった……! みゆちゃん、こっちのアップルパイ風も食べてみて」
凛ちゃんに促され、私も『アップルパイ風カスタード』を一口口に運んだ。
爽やかなリンゴの酸味と、濃厚なカスタードの甘みが、パリッとした皮の食感とともに口いっぱいに広がる。
「美味しい……。本物のパイ生地よりも軽くて、スナック感覚で食べやすいね。凛ちゃん、カスタードの固さが絶妙だよ。これなら歩きながら食べても垂れてこないね」
「本当? 良かったぁ……!」
凛ちゃんがホッとしたように胸をなでおろす。お互いの技術とアイデアが綺麗に噛み合った最高の出来栄えに、私たちは自然とハイタッチを交わしていた。
そんな時、調理室の引き戸がトントンと叩かれ、静かに開いた。
「あ、やっぱりここにいた。水瀬さん、ちょっといい?」
顔を出したのは、我がBクラスのクラスメイトであり、テニス部の仲間でもある佐藤くんだった。そして彼の後ろには、部活のジャージ姿の陽太が立っていた。
「佐藤くん? それに、陽太も……」
私が少し驚いて声をかけると、佐藤くんが「陽太がさ、水瀬さんにちょっと用事があるってBクラスの教室に来たんだよ。ちょうどクラスの奴から『水瀬さんなら佐々木さんたちと調理室にいるよ』って聞いたから、ここまで案内してきたんだ」と事情を説明してくれた。
「邪魔するぞ。……って、なんかめちゃくちゃ良い匂いがするな」
陽太は調理室に入るなり、くんくんと鼻を鳴らして目を輝かせた。
「ちょうど良かった! 今、文化祭の試作をしてたの!」
美咲が手招きをして、二人を調理台の近くへと呼び寄せる。
「男子代表の意見が欲しかったんだよね。健二くんも陽太くんも、試食していかない?」
「マジで!? ちょうど腹減ってたからありがたいわ!」
佐藤くんが嬉しそうに近寄り、凛ちゃんから手渡された『タコス風ポテトチーズ』を受け取った。陽太も「じゃあ、遠慮なく」と少し照れくさそうに笑いながら、もう一本を受け取る。
二人が同時に春巻きを口に含む。
――パリッ、サクッ。
「うわ、何これ、すげえ美味い!」
佐藤くんが目を見開いた。
「皮のパリパリ感が最高だし、中のポテトと肉がガッツリしてて、これなら男子も大満足だよ。ウチのクラスの模擬店、大繁盛間違いなしだな!」
「本当にな……。外はサクサクなのに、中のチーズがとろっとしてて、めちゃくちゃ美味い」
陽太も本当に美味しそうに春巻きを頬張り、それから、調理台の向こうに立つ私へと真っ直ぐな視線を向けてきた。
「これ、みゆたちが考えたのか? すごいな」
「うん……。この前のみんなの意見のおかげよ。歩きながら食べられるように、スティック状にしてみたの。口に合って良かったわ」
私は胸の鼓動を悟られないよう、できるだけ平静を装って微笑んだ。
「……ありがとな、みゆ。元気出たわ。これなら文化祭、Bクラスの独り勝ちだな。あ、そうそう、用事っていうのはな――」
陽太が思い出したようにポケットから小さなメモを取り出す。テニス部の連絡事項か、あるいは次の練習の確認だろうか。
彼のその優しさと、さりげない距離感の保ち方に感謝しながら、私は彼の言葉に耳を傾けた。
「まだデザート系もあるから、それも食べていってね」
隣で凛ちゃんが笑顔で次の皿を差し出し、佐藤くんが「よっしゃ!」と歓声をあげる。
茜色の夕光が差し込む調理室に、仲間たちの賑やかな笑い声が響き渡る。
文化祭の本番に向けて、私たちの「作戦」は、これ以上ないほど完璧なスタートを切っていた。




