文化祭準備、夕暮れの作戦会議
体育祭の熱気が嘘のように引き、心地よい秋風が教室の窓を揺らすようになった十月半ば。
今日のLHRの議題は、一ヶ月後に控えた聖和学院のもう一つのビッグイベント――「文化祭」のクラス出し物についてだった。
「はいはーい、みんな注目! 体育祭は惜しくもAクラスと同率二位だったけど、文化祭はウチらの企画で一番目立っちゃおうよ!」
学級委員の美咲が黒板の前に立ち、チョークを片手に元気よく声を張り上げる。黒板にはすでに『模擬店(食品)』『展示』『演劇』といった大まかなカテゴリーが並んでいた。
「やっぱり文化祭と言ったら美味しいものでしょ! 模擬店やりたい人ー?」
美咲の呼びかけに、クラスのあちこちから「賛成!」「お腹すくし、食べ物がいい!」と男子生徒を中心に一斉に手が挙がる。多数決の結果、私たちBクラスの出し物は『模擬店』の方向で、あっさりと満場一致で決定した。
問題は、そこからだった。
「模擬店って言っても、焼きそばとかフランクフルトじゃ、他のクラスや高等部と被りまくりだよね……。何かBクラスならではの、特別で、しかも絶対に美味しいメニューってないかな?」
美咲が腕を組んでうーんと唸ると、クラスの女子生徒の一人がパッと手を挙げた。
「ねえ、それならさ、ウチのクラスには『料理研究会』の主力のエース、佐々木凛ちゃんがいるじゃん!」
視線が集まったのは、教室の窓際の席で静かにノートを開いていた佐々木凛ちゃんだった。彼女は料理研究会に所属しており、中等部ながらその腕前はプロ顔負けと評判の、隠れた実力派だ。
「えっ、私……!?」
凛ちゃんは突然名前を呼ばれ、少し顔を赤くして驚いている。
「そうだよ! それに、テニス部の水瀬みゆちゃんも、最近お弁当のクオリティが神がかってるってテニス部の男子たちが噂してたよ! 体育祭のときのお弁当も凄かったって!」
「え……?」
まさか自分にまで飛び火するとは思わず、私は少し目を見開いた。お姉ちゃんの特訓を受け、湊兄さんや蓮さん、そして陽太たちに作ったあの重箱のことが、いつの間にか男子部員の間で噂になっていたらしい。
「凛ちゃんの発想力と、みゆちゃんの確かな腕前があれば、最強のメニューができるんじゃない!?」
「いいじゃんそれ! 二人がプロデュースする模擬店なんて、絶対美味しいよ!」
クラスのボルテージが一気に上がる。黒板の前にいる美咲も「名案!」とばかりに目を輝かせ、私と凛ちゃんの顔を交互に見つめてきた。
「みゆ、凛ちゃん、どうかな? 二人の力を貸してくれない?」
クラスメイトたちの期待に満ちた視線を受け、私は隣の席の凛ちゃんと目を合わせた。凛ちゃんは少し気恥ずかしそうにしながらも、料理のことになるとその瞳に職人のような真剣な光を宿し、私に向かって小さく頷いてくれた。
「私で良ければ、お手伝いするよ。凛ちゃんと一緒なら、きっと良いものが作れると思うし」
私が微笑みながら答えると、凛ちゃんも「うん! 私も、みゆちゃんと一緒なら心強いな。よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げてくれた。
こうして、Bクラスの模擬店は私と凛ちゃんが中心となってメニューを考案することになったのだが――ここからが、本当の試練の始まりだった。
「うーん……学園祭のルールって、結構厳しいんだね……」
放課後。クラスの予算表と学園祭のガイドラインを机に広げ、私と凛ちゃん、そして美咲の三人で頭を抱えていた。
「そうなの。中等部の予算だと、仕入れにかけられる費用がすごく限られてるんだよね。しかも、来てくれる生徒たちがワンコイン……できれば数百円でお手頃に、手軽に食べられるものじゃないと、高等部の本格的な模擬店にお客さんを取られちゃう」
美咲がため息混じりに、提示された一人当たりの予算上限を指差す。
「安くて、手軽に食べられて、しかも他のクラスと被らない、他を圧倒するクオリティのもの……」
私は手元のメモを見つめながら、小さく呟いた。
料理研究会の主力である凛ちゃんの知識をもってしても、この「お手頃価格」という壁は高かった。いくら美味しいアイデアを思いついても、厳選した食材や凝った調味料を使えば、一瞬で予算をオーバーしてしまう。逆に、安さだけを追求すれば、どこにでもある普通の焼きそばやクレープに落ち着いてしまい、Bクラスらしさが出せない。
「簡単なワンフィンガーフード……例えば、タルトやキッシュはどうかな? って思ったんだけど、中等部の調理室のオーブンの数だと、当日の大量調理に対応できないかも……」
凛ちゃんが困ったように眉を下げてアイディアを出す。
「そうね。冷めても美味しくて、原価が安くて、大量に作れて……かつ、食べた人が特別感を感じられるもの。……意外と難しいわね」
私は腕を組み、脳内で雫姉さんから教わったレシピの数々を引っ張り出してみるものの、学園祭という特殊な環境下でのコストの壁に、思考は完全に足止めを食らってしまっていた。
夕暮れ時の教室に、秋の西日が長く差し込んでくる。
料理への自信がついてきたからこそ、妥協したものは作りたくない。けれど、現実的な予算の縛りが私たちの前に立ちはだかっていた。
「冷めても美味しくて、原価が安くて、大量に作れるもの……。うーん、考えれば考えるほど迷宮入りしそう」
学級委員の美咲が机に突っ伏して、漫画のように大げさなため息をつく。
私と凛ちゃんも、手元の自由帳に書き殴った「肉巻きおにぎり(原価高め)」「特製チュロス(油の処理が困難)」「スープパスタ(伸びる)」といったアイデアのボツ案を前に、すっかり行き詰まっていた。
「ずっと教室にこもっていても煮詰まっちゃうわね。一度、気分転換に外の空気でも吸いに行かない?」
私の提案に、凛ちゃんが「賛成。他のクラスがどんな準備をしてるか、下見がてら回ってみるのもいいかも」と笑顔で応じてくれた。私たちは一度ペンを置き、賑わい始めた放課後の校内へと繰り出すことにした。
廊下に出ると、文化祭独特のあの高揚した空気が満ちていた。
大きな段ボールを抱えて走り回る生徒や、演劇の台本を片手に発声練習をする声。どのクラスも体育祭の終わりを切り替え、次なるお祭りに向けて一歩を踏み出している。
中庭へ向かう渡り廊下を歩いていると、前方の階段から聞き慣れた賑やかな声が響いてきた。
「だからさぁ! 買い出しの段ボールは俺が運ぶって言ってるじゃん! 河村、お前は脇腹の怪我があるんだから、大人しく看板の絵でも描いてろって!」
「瑛太、もう完全に治ったって言ってるだろ。これくらい平気だ」
「ダメダメ! 全国大会の前に大黒柱に無理させるわけにいかねーの! ほら、早川ももっと段ボール寄こせ!」
声の主は、2年Cクラスの田中瑛太くんと早川大輔くん、そして2年Aクラスの河村陽太が、どうやら合同の資材置き場から大量の段ボールを運んでいる最中のようだった。
「あ、みゆ! 美咲に凛ちゃんも!」
同じくCクラスの奈緒が、データファイルを片手に指示を出しながら私たちに気づき、声をかけてくれた。
「みんな、お疲れ様。すごい量の段ボールね。何かの展示でもするの?」
私が尋ねると、陸上部の早川くんが「おう、俺らCクラスは段ボールで巨大な迷路と、ちょっとしたギミックを作るんだよ」と自慢げに胸を張った。
「そっちは? Bクラスの出し物はもう決まったのか?」
段ボールの山からひょっこりと顔を出した陽太が、私を見つめて訊ねてくる。その真っ直ぐな瞳に見つめられると、まだほんのりと体育祭の日の『指先の感触』が蘇りそうになり、私は心の境界線をきゅっと引き締めながら答えた。
「ええ、私たちは模擬店をやることになったの。今、凛ちゃんと一緒にメニューを考えているところなんだけど……学園祭の予算と手軽さの壁にぶつかって、少し悩んでいて」
「へぇ、みゆと凛の模擬店! それ、絶対に美味いじゃん。俺、初日に絶対並ぶわ!」
陽太が自分のことのように目を輝かせて笑う。彼は相変わらず、私が心の中で引いている冷たい境界線などお構いなしに、その圧倒的な光で私の心を揺さぶってくる。それに、私の悩みを少しでも和らげようとするような優しい気遣いが言葉の端々から伝わってきて、胸の奥が少しだけ熱くなる。
「模擬店かぁ、いいな。手軽で安くて美味いもの、か……」
田中くんが段ボールを抱えたまま、顎をさすって考え込んだ。
「俺ら男子からするとさ、やっぱりガッツリ肉系が食いたいけど、文化祭の模擬店って、なんかこう……『片手で持てて、歩きながら食える』のが一番ありがたいんだよな。色んなクラスの展示も見たいし、座ってじっくり食う時間って意外とないじゃん?」
「歩きながら、片手で……」
田中くんの何気ないその一言に、私の隣にいた凛ちゃんが「あ……!」と小さく声をあげ、何かの閃きに目を見開いた。
「どうしたの、凛ちゃん?」
「みゆちゃん、ワンフィンガーで、冷めても美味しくて、原価が安くて、大量に作れるもの……。私、すごく良いアイデアを思いついたかもしれない!」
凛ちゃんのその言葉に、停滞していた私たちの空気が一気に跳ね上がった。
「――春巻きの皮、ね!」
教室に戻るなり、佐々木凛ちゃんが自由帳に勢いよくペンを走らせた。その中央に大きく書かれたのは、私たちが盲点にしていた身近な食材の名前だった。
「春巻きの皮……? それって、中華の?」
美咲が不思議そうに首を傾げると、凛ちゃんは目を輝かせながら深く頷いた。
「そう! 春巻きの皮なら、業務用のものを安く大量に仕入れられるから原価をすごく低く抑えられるの。それに、中を普通の中華餡にするんじゃなくて、スナック感覚で食べられる洋風の味付けにするの。これなら大量に巻いておいて、当日はフライヤーで揚げるだけで次々に提供できるわ!」
「なるほど……!」
私もその画期的なアイデアに、思わず膝を打った。
「それなら田中くんが言っていた『片手で持てて、歩きながら食べられる』という条件にも完璧に当てはまるわね。紙コップやワックスペーパーに挿して渡せば、手が汚れる心配もない」
「さすが凛ちゃん、天才じゃん!」
美咲がパッと顔を明るくし、突っ伏していた机から勢いよく飛び起きた。
「でも、肝心の中身はどうする? 他のクラスに負けない特別感があって、しかも安く作れる具材……」
美咲の言葉に、私はお姉ちゃんとの特訓で培ったアイデアをいくつか脳内で組み合わせ、ペンを取った。
「具材は二種類用意したらどう? 一つは男子生徒も満足できるガッツリ系として、マッシュポテトに炒めたひき肉とチーズを混ぜた『タコス風ポテトチーズ春巻き』。ジャガイモならコストを最小限に抑えられるし、ボリュームも出せるわ」
「わぁ、美味しそう! スパイスを少し効かせれば、冷めても味がボケないね!」
凛ちゃんが嬉しそうに私のアイデアに乗っかってくれる。料理研究会のエースである彼女の太鼓判をもらい、私はさらに自信を得て言葉を続けた。
「そしてもう一つは、女子生徒や甘いものが好きな人をターゲットにしたデザート系。細かく切ったリンゴをシナモンと少量の砂糖で煮詰めて、カスタードと一緒に巻く『アップルパイ風カスタード春巻き』。これならリンゴも少なくて済むし、春巻きの皮のパリパリになって高級感が出ると思うの」
「完璧……! 完璧すぎるよ二人とも!」
美咲が興奮気味に黒板へと駆け寄り、決定したメニューを大きな文字で書き込んでいく。
【2年Bクラス 模擬店:ワンハンド・パリパリ春巻きバー(仮)】
① 旨辛!タコス風ポテトチーズ
② 絶品!アップルパイ風カスタード
「これなら予算も完全にクリアできるし、調理室の設備でも問題なく回せるよ! 二人がリーダーになってくれて本当に良かった!」
美咲が私たちの手を握りしめ、何度もぶんぶんと振った。凛ちゃんも「ううん、みゆちゃんのポテトとリンゴのアイデアがあってこそだよ」と、私に向かって 柔らかな笑みを浮かべてくれる。
誰かのために料理を作り、それを美味しいと喜んでもらえること。
クラスの仲間たちと一つの目標へ向かって進むための、大切な「繋がり」。
「よし! メニューが決まったら、次は試作の計画と、看板のデザインだね! AクラスやCクラスの男子たちを、あっと言わせちゃおう!」
美咲の号令に、私と凛ちゃんは笑顔で「おー!」と声を揃えた。
窓の外では、秋の夕日が校舎を茜色に染め上げている。
テニスコートから微かに聞こえる打球音を耳にしながら、私たちは文化祭の成功に向けて、新しい一歩を確かに踏み出していた。
おはようございます。
作者のFERILUです。
『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』
を読んでくださりありがとうございます。
久しぶりの後書きです。
文化祭の出し物って他と被ったらどうなるのだろう?
って思ったことがあります。
聞いた話だと生徒会が出し物を管理していて、申請が通ったらOK。
かぶっていたら先着順、または相談してどちらが権利を獲得するかを決めるようです。
さて、しばらくは学園祭(星和祭)の話が続きます。
今年も3日間予定なので、結構なボリュームになると思います。




