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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第20章:群青の日常、秋の陣

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木陰の特等席、広がる重箱

ご指摘いただきありがとうございます。美咲と蓮さんとの会話において、お互いの把握している情報に矛盾が生じてしまっていた部分を完全に修正いたしました。


美咲が買い出しの事実を知らない自然な流れと、蓮さんが登校時の様子(ギリギリだったこと)に触れない形に調整し、前編を再構築しました。


---


### 第20章:群青の日常、秋の陣


#### 第5節:群青の旗のもとに、響く号砲(前編・改)


体育祭当日の朝。雲一つない澄み切った秋晴れの空からは、柔らかな陽光が差し込んでいた。私はいつもよりかなり早い時間に起き、まだ静まり返ったキッチンで一人、お弁当の最終仕上げに追われていた。


雫姉さんのアドバイスを受けてメニューを調整した重箱には、兄さんの大好きな甘辛煮や厚焼き卵の隣に、男子部員たちの胃袋を満たすためのニンニクを効かせたスタミナ唐揚げ、配球にちなんで小分けにしたポテトサラダが美しく敷き詰められている。彩りのバランスを整え、慎重に蓋を閉めていた、その時だった。


「みゆ、そろそろ出ないと遅れるぞ」


背後から低く落ち着いた声がして振り返ると、すでに身支度を整えた湊兄さんが階段を降りてくるところだった。


「え……?」


慌ててキッチンの壁掛け時計に目をやると、長針は信じられないところまで進んでいた。


「嘘……もうこんな時間だったんだ。下ごしらえは昨日のうちに済ませていたのに、盛り付けに凝りすぎて気づかなかったわ」


「お前は一度集中すると周りが見えなくなるからな。ほら、制服のハチマキは持ったか? 忘れ物がないなら早く行ってこい」


兄さんはそう言って、カウンターに置かれた大きな保冷バッグを自ら引き寄せた。


「お弁当は俺が責任を持って会場まで運んでおいてやる。お前は自分の足で、遅刻しないように走れ」


「ありがとう、兄さん! よろしくお願いします!」


過保護な兄の気遣いに心から感謝しながら、私はカバンをひったくるようにして家を飛び出した。


---


息を切らせて校門を潜り、教室へと滑り込んだ時には、ホームルームが始まる真に「ギリギリ」の時間になっていた。いつも余裕を持って行動する私にしては、本当に珍しいことだった。


「みゆ! おはよう! って、みゆにしては珍しくギリギリの登校だね? 何かあったの?」


自分の席につくと同時、クラスカラーであるBクラスのハチマキを頭に巻いた美咲が、不思議そうに顔を覗き込んできた。


「おはよう、美咲。ちょっと……お弁当の準備に手惑いすぎてしまって。でも、何とか間に合ってよかったわ」


「あはは、お弁当作りに熱中しちゃってたんだ? でも間に合ってよかった! ほら、早くハチマキ結びなよ、先生来ちゃう!」


美咲に促され、私は少し火照った頬を落ち着かせながら、髪の上からしっかりとハチマキを結んだ。


短いホームルームが終わり、生徒たちは一斉にそれぞれのクラス応援席があるグラウンドへと移動を開始した。校庭はすでに色鮮やかな応援旗や万国旗ではためき、お祭りのような独特の熱気に満ちている。


人混みを掻き分けながらグラウンドの隅を進んでいると、一般見学者のエリアで、ひと際冷徹で洗練されたオーラを放つ人影が目に留まった。


「蓮さん……!」


声をかけると、星和学院高等部の制服を端正に着こなした蓮さんが、ゆっくりとこちらを振り返った。


「ああ、みゆ。おはよう」


蓮さんはその端正な顔容に、いつもの冷静な笑みを微かに浮かべて私を見つめた。


「おはようございます。早くから来てくださってありがとうございます。兄さんにお弁当を預けて、私は先に来ました」


「気にするな。俺はアパートから近いし、お前たちの晴れ舞台だからな。午前中は開会式からラジオ体操、100m走に障害物競争、綱引き、満水リレー……それに中等部は組体操やダンスパフォーマンスもあるんだろ?」


蓮さんは手元のプログラムに目を落とし、冷静に全体の流れを把握していた。


「ええ。午後は騎馬戦や玉入れがあって、最後は一番盛り上がるクラス対抗リレーです。盛りだくさんの一日になりそうです」


「そうか。俺はここで見ているから、みゆも怪我だけはしないように、全力で楽しんでこい」


「はい! 行ってきます!」


蓮さんの頼れる兄のような言葉に背中を押され、私は小さく一礼してクラスの列へと急いで戻った。


ピアノの伴奏に合わせて全員が一斉に手足を動かす中、私は斜め前方にいる陽太の後頭部を、一瞬だけ視線で捉えた。

(陽太、身長すごく伸びたな……)

陽太を避けるようになってからしっかりと陽太を見ていないことに今更ながら気がついた。


ラジオ体操が終わり、各々が最初の競技の準備のために動き出したその時。


一般見学席の入り口から、大きな保冷バッグを肩に下げた湊兄さんが、堂々とした足取りで歩いてくるのが見えた。周囲の保護者たちが思わず目を奪われるほどの存在感をまとった湊兄さんは、迷いのない歩調で蓮さんのもとへと向かっていく。


「待たせたな、蓮」


「いや、今ラジオ体操が終わったところだ。お弁当、重かったろ。貸せよ」


高等部テニス部が誇る二大エース――『絶対王者』と称される湊兄さんと、元・帝都大付属のエースであり『氷の貴公子』と称される蓮さんが合流した瞬間、見学席の空気が一気に引き締まったのが遠目からでも分かった。


午前中の競技が始まると、グラウンドの熱気は一気に最高潮へと達した。

100m走の直線トラックでは、砂煙を上げて生徒たちが駆け抜け、周囲の応援席からは割れんばかりの歓声が響き渡る。


「位置について、よーい……」


パンッ!


障害物競争のスタートの合図とともに、私のいたBクラスのテント前からも大きな声援が上がった。

網くぐりや麻袋ジャンプを器用にこなしていく生徒たち。その中に、テニス部No.1の俊足を誇る田中くんの姿があった。彼は網を恐るべき身軽さで潜り抜けると、最後のラケットを使ったボール運びのエリアで、テニス部ならではの完璧なコントロールを披露し、他を圧倒するスピードで1位のゴールテープを切った。


「よっしゃあ! 見たか、これが俺のフットワークよ!」


ゴール後、田中くんが男子応援席に向かって得意げにVサインを掲げる。日頃の厳しい練習の成果を、そのままこのグラウンドにぶつけているかのようだった。


続いて行われた綱引きや満水リレーでも、テニス部部員たちの活躍は目立っていた。

クラス対抗の満水リレーでは、バケツから水を溢れさせないように素早く走るステップが要求される。Cクラスの奈緒は、驚くほど冷静な等速フットワークで水を一滴もこぼさずに次へと繋ぎ、Bクラスの美咲は「きゃーっ、冷たい!」と叫びながらも、持ち前のガッツで猛烈な追い上げを見せて観客を沸かせていた。


ふと一般応援席の方へ目をやると、中等部の生徒に混ざって、小学生のひびきくんが一生懸命に手を振っている姿が目に入った。今日は姉のひかりちゃんの応援をするために、観客席から熱い視線を送ってくれているようだった。


そして、午前中のプログラムの締めくくりとなる、中等部合同の組体操とダンスパフォーマンスの時間が近づいてきた。


グラウンド中央に全生徒が整列し、静寂が訪れる。

太鼓の重低音が響き渡ると同時に、男子生徒たちによる組体操が始まった。一糸乱れぬ動きで、サボテン、ピラミッドと次々に大技が完成していく。


私は女子の待機エリアから、最上段へと登っていく陽太の姿をじっと見つめていた。

土台となる生徒たちの背中に足をかけ、真っ直ぐに立ち上がっていく彼の足元には、微かなブレもなかった。バランス感覚が重要な組体操。ピラミッドの頂点で美しく、堂々とした立ち姿をみて改めて感じた。


(本当に……強くなったね、陽太)


彼の揺るぎない体幹と、どこまでも真摯にテニスと自分に向き合ってきた結果がそこにあった。ハチマキを揺らしながら遠くを見据える彼の横顔に、私の胸は激しく鼓動を打つ。恋人という距離を保ち、その想いを凍らせているはずなのに、彼の泥臭いまでの前進は、私の心の氷を容赦なく溶かそうと迫ってくる。


男子の力強い拍手喝采に続き、今度は女子生徒によるダンスパフォーマンスへと移った。

アップテンポな曲が流れ出すと、私は美咲や奈緒たちと共に、これまでの練習の成果を披露すべくグラウンドいっぱいに広がった。軽快なステップを踏み、フォーメーションを変えながら、青空に向かって手を伸ばす。


ふと、一般見学席の方へ目をやると、人混みの中でひと際目立つ二つの影が視界に入った。

腕を組んだまま、冷徹な双眸でこちらの動きをじっと観察している湊兄さん。 その隣でプログラムを片手に、静かに私たちのパフォーマンスを見守ってくれている蓮さん。高等部が誇る二大エースの視線は、どんな審判の目よりも鋭く、私を捉えていた。


「みゆ、ラスト、決めるよ!」


美咲の声にハッとして意識を戻し、私は最後のポーズを完璧に決めた。

鳴り響く大きな拍手の中、グラウンドを包む熱気はそのまま、待ちに待ったお昼休みのランチタイムへと引き継がれていく。


「お疲れ様ー! いやいや、ダンスの最後のフォーメーション、バッチリ決まって気持ちよかったね!」


美咲がハチマキを首にかけ直しながら、弾んだ声でタオルを振る。午前中のプログラムがすべて終了し、グラウンドは一斉にお昼休みの喧騒へと包まれていた。


「そうだね、練習の成果がしっかり出ていたわ。美咲のキレも凄かった」


私は冷たいお茶で喉を潤しながら、預けていた保冷バッグを回収するため、一般見学席のほうへと美咲と一緒に歩を進めた。


「みゆ、ここだ」


人混みの中から、低くよく通る声が聞こえる。見ると、大きな楠の木陰に近いベンチで、湊兄さんと蓮さんが待ってくれていた。湊兄さんの足元には、朝手渡した大きな保冷バッグが静かに置かれている。


「兄さん、蓮さん。お待たせ。お弁当、重かったでしょ。運んでくれてありがとう」


「気にするな。それより、午前中のダンスはなかなか見応えがあったぞ。フォーメーションの移動無駄がなく良い動きだった」


蓮さんが穏やかに微笑みながら、私のパフォーマンスを評価してくれる。元・帝都大付属のエースらしい、動きの効率性に着目した着眼点に、私は少し照れくさくなりながらも「ありがとうございます」と微笑んだ。


「……まぁ、大きなミスがなかったのは合格点だ。途中のステップで一瞬だけ軸がブレていたぞ」


相変わらずの厳格さで注文をつけてくる兄さんだったが、その瞳にはどこか妹の無事な姿を見届けた安心感が宿っている。


「うわぁ……! もしかして、高等部の水瀬湊先輩と、北条蓮先輩ですか!?」


私の後ろからついてきていたひかりちゃんが、二人の圧倒的なオーラを前にして、目を輝かせながら少し緊張した面持ちで声をあげた。


「ああ、みゆの後輩の……佐々木さんだったか。みゆから素質ある後輩が入ったと聞いていたが君がそうか」


蓮さんが完璧な大人の対応でひかりちゃんに頭を下げると、ひかりちゃんは「いえいえいえ! 私なんてまだまだです!」とブンブンと首を横に振っている。


「みんな、お待たせ!」


そこへ、クラスの片付けを終えた奈緒や莉奈、美咲、そして男子コートからは陽太や田中くんたちテニス部のメンバーが続々と集まってきた。


「みんな集まってきたね、それじゃあ去年と同じように、あそこの楠の下にレジャーシートを広げてお昼にしましょう」


私の提案で、一同は旧校舎の裏手にある大きな楠の木陰へと移動した。強い秋の日差しを遮ってくれる大きな枝葉の下にレジャーシートが広げられ、私が持参した三段重ねの大きな重箱と、小分けにされたパックが並べられていく。


「さあ、みんなたくさん食べてね」


私が蓋を開けた瞬間、周囲から「おおっ!」という歓声が上がった。

一番上の段には、湊兄さんの大好きな、味がじっくり染み込んだ鶏肉の甘辛煮と甘差控えめの厚焼き卵。そして下の段には、お姉ちゃんのアドバイスを反映して急遽追加した、ニンニクの香ばしい匂いが食欲をそそる特製のスタミナ唐揚げや、紙コップに綺麗に盛り付けられたポテトサラダがぎっしりと並んでいる。


「すげえ! 水瀬さん、これ全部作ったの!? 完全に大御馳走じゃん!」


田中くんが目を輝かせ、さっそくスタミナ唐揚げに箸を伸ばす。

「美味いっ! このジューシーさ、午後からの騎馬戦で暴れるエネルギーになるわ!」


「本当、すごく美味しい……。このポテトサラダ、紙コップに小分けにされてるから泥だらけの手でも食べやすくて助かるわ」


奈緒も冷静に感心しながら、上品に口へと運んでいる。


「……この甘辛煮、しっかり味が染みているな」


湊兄さんが一口食べ、ふっと表情を緩める。無意識に湊兄さんの好物ばかりに偏りそうになった昨夜の台所での葛藤を思い出し、私は胸の内でそっと安堵の息を吐いた。みんなが喜んでくれる顔、そして何より、湊兄さんが満足そうに箸を進めている姿を見て、お弁当を調整して本当に良かったと心から思えた。


「みゆ、お弁当、ありがとう。すごく美味いよ」


不意に、少し離れた場所に座っていた陽太から声をかけられた。

彼の箸の先には、しっかりと味が染みた厚焼き卵と、スタミナ唐揚げが並んでいる。


「……うん、喜んでもらえてよかった。午後からも競技が続くから、しっかりスタミナを蓄えてね」


仲間たちに囲まれながら、美味しそうに唐揚げを頬張る陽太の屈託のない笑顔を見ると、張り詰めていた理性の氷が、陽だまりの中でほんの少しだけ緩んでいくような感覚に囚われる。


「みゆ、この出し巻き卵の味付け、今度私にも教えてよ!」

美咲が明るく割って入ってくれたことで、私は我に返り、「いいわよ、手間かけて作ってるから覚悟しておいてね」と微笑み返した。


頭上では、楠の葉がサラサラと秋風に揺れている。

水瀬家の過去の真相、そして胸に秘めたそれぞれの誓い。それらの重い現実をひととき忘れさせるかのように、私たちは去年の記憶と重ね合わせながら、賑やかで温かい群青のランチタイムを分かち合っていた。



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