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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第20章:群青の日常、秋の陣

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日常への帰還と、静かなる始動

有明での激闘から数日。ブロック大会完全優勝の狂騒は、星和学院の校門をくぐると同時に、穏やかな日常の風景へと溶けていっていった。


二学期が始まった九月の校舎。正面玄関の上部には、『祝・テニス部 男女アベック全国大会出場決定』と書かれた大きな垂れ幕が風に揺れている。去年に続き二年連続の快挙ということもあり、生徒たちの驚きや騒ぎ方はどこか控えめだったが、それでも通りすがる生徒たちが誇らしげに視線を向けていた。


「おはよ、みゆ! 昨日の小テストの数学、マジで意味不明じゃなかった?」


朝の教室、席に着くなり美咲が机に突っ伏しながら話しかけてきた。ブロック大会で悔し涙を流していた姿はどこへやら、今はいつもの女子中学生らしい表情に戻っている。


「おはよう、美咲。あれは公式の応用を組み合わせればそこまで難しくはなかったわよ。後で教えてあげるわ」


「さすがみゆ、頼もしい! 持つべきものは全国区の天才の友だちだね!」


美咲はケラケラと笑いながら顔を上げた。

十一月の全国大会(本戦)までは、まだ二ヶ月以上の期間がある。張り詰めた緊張感を一度下ろし、私たちはごく普通の星和学院中等部の生徒として、日々の授業や定期試験をこなす日常に戻っていた。


けれど、私たちのテニスが止まったわけではなかった。


――放課後。

テニスコートには、いつも通り放課後のチャイムと同時に部員たちが集まり、坂上先生の厳しい視線のもとで小気味いい打球音が響き渡っていた。


「全員、動きが硬いぞ! ブロック大会の優勝で満足しているなら、今すぐラケットを置きレギュラーを降りろ!」


坂上先生の容赦のない怒声がコートに響く。威厳のある声に、部員たちは一瞬で表情を引き締めてコートを駆け巡る。先生の厳格な指導のもと、部内の意識は明らかに一段上のレベルへと引き上げられていた。


「よし、瑛太! もっと足元を意識しろって湊さんに言われただろ! 無駄に走るな!」


「わかってるって、陽太! もっと効率よく動く!」


男子コートでは、代表選手としての風格を増した陽太が、田中くんのフットワークに声を飛ばしていた。そしてその傍らでは、足の怪我がようやく完治した佐藤くんが、水を得た魚のようにコートを軽快に走り回っている。湊兄さんに言われた「体力作りの基礎」を意識しながら、ブランクを埋めるように真剣な表情でラリーを重ねていた。


一方の女子コート。私はラケットを握り、奈緒が放つ様々な軌道の球を黙々と打ち返していた。


「みゆ、今の打球……打点が低めのスライス、少し面がブレたわよ」


ネット際で球出しをしていた奈緒が、眼鏡の位置を直しながら鋭く指摘する。


「うん、分かってるわ。兄さんに言われた通りね……相手の威力を利用する『波紋』の性質上、極端に打点が低くて回転の死んだ球に対して、まだ私の出力調整が甘い、もう一つの『波紋』を使うしかないのかな?」


私は自身の右手の感覚を確かめるように、グリップを握り直した。

ブロック大会の決勝で出力を完全解放した私のテニスは、すでに全国の強豪校の知るところとなっているはずだ。西園寺女学院の白河こころをはじめとする化け物たちは、間違いなくこの「低い打点への対応」というわずかな隙を突いてくる。


「美咲、莉奈! あなたたちも湊先輩に言われた課題、忘れてないでしょうね!」


春花部長が汗を拭いながら声をかけると、美咲は「勝負所での配球のバリエーション、今染み込ませてます!」と返し、莉奈も「相手の苦手なコースへ正確に...、次、お願いします」と、鋭いステップを踏み直した。


普通の学院生活という穏やかな日常の裏で、私たちは誰一人として現状に満足していなかった。

坂上先生の指導のもと、そして湊兄さんに突きつけられたそれぞれの課題を克服するために、星和学院テニス部は、十一月の決戦に向けてさらに深く、静かに牙を研ぎ澄まし始めていた。


窓の外には、少しずつ秋の気配を帯び始めた九月の高い青空が広がっている。

白河こころ率いる西園寺女学院中等部、あるいは全国から集う猛者たちを叩き潰すための、私たちの地道な『秋の陣』が、今ここに幕を開けたのだった。


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