群青の帰路、次なる征途へ
地区大会の激闘が幕を閉じ、表彰式を終えた私たちは、手にした二つの大きな優勝トロフィーと共に帰路につく準備を進めていた。
学校が手配してくれた遠征用の大型バスに乗り込む直前、星和学院高等部の湊兄さんが、私たちの前に腕を組んで立ちはだかった。同じ星和のエースとして中等部の決勝戦を見届けた湊兄さんの瞳は、勝利の余韻に浸る私たちを突き放すかのように、どこまでも鋭く、厳格だった。
「ブロック大会優勝、まずはおめでとう。……だが、あの程度のテニスで十一月の本戦を勝ち抜けると思っているなら、今すぐそのトロフィーをここに置いていけ」
湊兄さんの冷徹な言葉に、さっきまで歓喜に沸いていた部員たちの身体がピシリと強張る。
「陽太、みゆ。お前たちの試合、特等席でしっかり見せてもらった。……陽太、お前はS1で五十嵐を完封した気でいるようだが、右膝の庇い癖が完全には消えていない。フットワークの始動がコンマ数秒遅れる瞬間がある。みゆ、お前は『波紋』の出力を完全解放して相手のリターン速度を上回ってみせたが、相手の威力を利用する特性上、打点が極端に低いスライスへの対応にわずかなブレが生じる。本戦までに、その課題を確実に克服しておけ」
二人のエースに対する容赦のない指摘。さらに湊兄さんの鋭い視線は、他のレギュラー陣へも向けられた。
「他の奴らもそうだ。佐久間部長、アンタのストロークは精密だが綺麗すぎる。本戦の化け物どもは、その綺麗なセオリーを力ずくで壊しにくるぞ。岡田慎吾、お前は前衛でのポジショニングの予測がまだ一歩甘い。田中瑛太、俊足で拾いまくるのはいいが、体力の浪費が激しすぎる。もっと効率的なフットワークを覚えろ。松本美咲、タイブレークまで粘った根性は認めるが、勝負所での配球が単調だ。星野莉奈、お前はストロークのコースが甘い。相手の踏み出しが遅かったから救われたが、全国では今のままでは通用しないぞ」
立て続けに突きつけられる課題の数々。しかし、湊兄さんはただ突き放すために言っているのではなかった。
「……まあ、田中奈緒。お前の試合中の分析力だけは大したものだった。あれがなけりゃダブルス1は落としてた。それと佐藤健二、お前は焦らずまず足を治してからだな。そこから体力作りの基礎をしっかり叩き込み直せ。――全員、少しでも向上心があるってんなら、十一月までに意地でも克服しておけよ」
ぶっきらぼうながらも、中等部の成長を願う確かなアドバイス。部員たちはそれぞれの課題を噛み締めるように、真剣な表情で「はい!」と声を揃えた。
「じゃあな。俺はこれで失礼する」
湊兄さんはそれだけ言い残すと、踵を返してひとり駅の改札へと向かっていった。中等部ではない湊兄さんは、私たちとは別行動で電車で帰宅する。割り切った関係ながらも、確かな背中を見せてくれた湊兄さんを見送った後、私たちは気持ちを新たに大型バスへと乗り込んだ。
「時間だ、バスに乗れ。湊に言われたことは、どれも本質を突いている。明日からの糧にしろよ」
バスの入り口で私たちを迎えたのは、顧問の坂上先生だった。元国体選手という輝かしい肩書を持つ教諭であり、その厳格な性格と指導力は部内でも畏怖されている。先生の厳しいながらも労いの混じった声に促され、部員たちは次々と冷房の効いた車内の座席へ腰を下ろしていった。
車内には、心地よい疲労感と、湊兄さんに発破をかけられたことによる静かな闘志が満ちていた。
「――ねえ、陽太くん。さっき湊先輩も言ってたけど、男子の決勝、結局どういう展開だったのよ? 自分の試合に集中しすぎててさ」
通路を挟んで隣の席に座る陽太に、美咲が冷えたペットボトルを片手に身を乗り出した。
「男子か? 決まってんだろ、修徳舘の『鉄壁』をシングルス陣で完全に粉砕してやったぜ」
陽太は聞いてくれよと言わんばかりに笑った。
「ダブルス2の石川と森下は、向こうの三年生ペアのデータ包囲網に苦しんで落としちまった。健二がまだ怪我の療養中で出られないからな、どうなるかと思ったけど……そこからの俺たちの猛攻は、あいつらの予想を遥かに超えてた」
まず、シングルス3の先陣を切ったのは瑛太だった。湊さんから体力の浪費を指摘されてたが、試合では自慢の俊足で修徳舘の精密な配球をすべて拾いまくり、最後は空高く跳躍してコートを抉るトップスピンスマッシュを叩き込み、ストレートで圧勝。
続くシングルス2では、最上級生の貫録を佐久間部長が見せつけた。修徳舘がこの二ヶ月で練り上げてきた緻密な「佐久間対策」の網を、部長は一ミリの狂いもない精密機械のようなストロークで正面から切り裂き、組織として一段上のレベルへ到達した厚みで相手を圧倒したのだ。
そして、3勝1敗で回ってきたシングルス1。陽太と五十嵐の因縁の決着。
五十嵐は陽太の右膝の弱点を徹底的に突く低空ショットを仕込んできたが、陽太は湊兄さんたちとの地獄の練習を糧に、それを上回る圧倒的な地力でラケットを振り抜き、6-0の完封で男子の完全優勝を決めてみせた。
「男子のシングルス陣も、相手のデータを完全に力で上回ったわけね」
奈緒がメモを取りながら満足そうに頷く。男子の快勝劇に車内が沸き立つ中、前方の座席でノートパソコンを開いていた春花部長が、画面を見つめたまま「みんな、静かに。他ブロックの速報が出たわよ」と、張り詰めた声を上げた。
さっきまで男子の快勝劇に沸いていた部員たちが、一斉にシートから身を乗り出して部長の手元に注目する。東日本ブロックを勝ち抜いたということは、十一月に待つ全国大会(本戦)で戦う、本当の怪物たちが出揃うことを意味していた。
「みんな、画面を見て。……他ブロックの男女の代表校が、一覧で更新されたわ」
春花部長がノートパソコンの画面を操作し、プロジェクター代わりに車内モニターへデータを映し出す。そこに並んだ文字を見て、部員たちの間に緊張の走るような沈黙が降りた。
「まずは、私たちの最大の壁になるであろう関西ブロック。……男子は帝都大付属中学、そして女子はやっぱり、西園寺女学院中等部が圧倒的なスコアで全勝通過しているわ」
『西園寺女学院』、そしてそこに君臨するエースで部長の『白河こころ』。
その名前が車内に響いた瞬間、私の胸の奥で、凍りつくような冷徹な闘志が静かに、けれど激しく燃え上がった。私の能動的な『波紋』をぶつけるべき、絶対の宿敵。
「さらに他のブロックも強豪揃いよ。九州ブロックは男女ともに九州志士学院が順当に枠を勝ち取っている。中国ブロックの男子は鳳凰院中学、女子は華蓮女子中学。それから、さっき速報に出ていた東海ブロックの女子、聖和学院も確定ね」
画面には、全国九つのブロックから勝ち上がってきた精鋭たちの名前が、男女一対となって綺麗に並んでいた。
春花部長の言葉に、隣の席の美咲がごくりと息を呑む。
さらに部長は画面をスクロールさせ、他のブロックの通過校を読み上げていった。
「北信越の敦賀第一に翡翠館、四国の鳴門渦潮に伊予橘、東北の青葉城西に陸奥大付属、北海道の北海大付属に札幌白樺……どこも六月の練習試合の時点より、確実に戦力を底上げしてきているみたい」
画面に並ぶ強豪校のデータを凝視しながら、奈緒が素早く手帳にペンを走らせる。
「どこも私たちのデータを必死に集めてくるはずよ。今回のブロック大会決勝で、みゆが『波紋』の出力を解放したリターンの映像も、間違いなく本戦までに彼女たちの元へ渡って解析されるわね」
「上等だろ。対策されるなら、その上から力で叩き潰すだけだ。湊さんに言われた課題を意地でも潰して、十一月には誰も追いつけないレベルになってやりゃあいい」
陽太がラケットバッグを強く握り締めながら、不敵に笑う。その瞳には、かつてのような焦りはなく、さらなる強敵との戦いを渇望する王者の風格が漂っていた。
大型バスが高速道路を走り続ける。窓の隙間から流れていく都会の夜景を見つめながら、私はこれからのスケジュールに思考を巡らせていた。
地区大会、そして東日本ブロックを制し、ついに掴み取った全国大会の切符。
だが、その決戦の舞台が幕を開けるのは、晩秋の十一月。まだ二ヶ月以上の時間がある。
明日からは、ひとまずこのお祭り騒ぎのような緊張感を下ろし、普通の『星和学院中等部』としての学院生活へと戻ることになる。定期試験や日々の授業、そして何より、坂上先生や湊兄さんに指摘された課題を克服し、十一月の決戦に向けてさらに深く、より鋭く牙を研ぎ澄ますための、地道な日常の練習がまた始まるのだ。
「みゆ、次は十一月……全国大会だね」
美咲が、私の隣でそっと呟いた。その瞳には、修徳舘戦で悔し涙を流したときのはかなさはなく、ただ同じ高みを目指す者としての強い闘志だけが灯っている。
「ええ。私たちのやるべきことは何も変わらないわ」
私は冷徹に、けれど確かな熱を込めて微笑んだ。
十一月、全国の舞台で待つ絶対の宿敵、白河こころ。彼女たちを叩き潰し、星和の不敗を証明するその日まで、私たちの群青の征途は、止まることなく続いていく。
おはようございます。
作者のFERILUです。
『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』
を読んでくださりありがとうございます。
各ブロックの通過校は以下としています。
ブロック 男子出場校 女子出場校
関東 星和学院中等部 星和学院中等部
関西 帝都大付属中学 西園寺女学院中等部
九州 九州志士学院 九州志士学院
中国 鳳凰院中学 華蓮女子中学
東海 尾張中央中学 聖和学院
北信越 敦賀第一中学 翡翠館中学
四国 鳴門渦潮中学 伊予橘中学
東北 青葉城西中学 陸奥大付属中学
北海道 北海大付属中学 札幌白樺中学




