誓いの群青、初戦前夜の告げ
八月中旬。夏のぎらつく太陽がコートのハードフェンスを容赦なく焼き、陽炎が視界を歪ませる中、星和学院テニス部の部室棟には、いつもとは違う厳粛な静寂が満ちていた。
世界リーグの総当たり戦でドイツに惨敗を喫した日本代表――その報せがもたらした衝撃は、男子中等部のメンバーの心に、焦燥と、それ以上に激しい飢餓感を植え付けていた。遠い異国で傷ついたエース・河村陽太の留守を預かる彼らにとって、この夏の地区予選は、一歩も退けない背水の陣だった。
コートを見下ろすミーティングルーム。坂上先生が重い口を開き、ホワイトボードに地区予選の登録レギュラーメンバーの名前を順に書き連ねていく。
「――以上が、今回の男子登録メンバーだ」
坂上先生の声が響くと同時に、男子部員たちの間に鋭い緊張感が走った。
■男子レギュラー
佐久間 良(部長・3年)
岡田 慎吾(3年)
中村 敦(3年)
和田 俊介(3年)
河村 陽太(2年・エース ※地区予選は不参加)
田中 瑛太(2年)
佐藤 健二(2年)
石川 勇気(1年)
森下 拓海(1年)
ホワイトボードに刻まれた『河村 陽太(地区予選不参加)』の文字。
世界リーグの全日程を終えて帰国するまで、陽太は物理的にこの予選のコートに立つことはできない。それは誰もが分かっていた事実だったが、いざ文字として突きつけられると、その穴の大きさが際立つ。
「陽太が戻ってくる本戦まで、俺たちが負けることは絶対に許されない」
佐久間部長が、拳をきつく握りしめながらメンバーを鋭く見回した。
「あいつは世界で、ドイツの化物どもに叩きのめされて、それでも血を吐きながら前を向いてる。留守を託された俺たちが、地区予選ごときで足元をすくわれてみろ。あいつに合わせる顔がないぞ!」
「分かってます、部長」
応えたのは、2年の田中くんだった。その瞳には、親友であり最大のライバルである陽太の挫折への悔しさと、自分がこの予選で星和を引っ張るのだという、狂おしいほどの執念がギラギラと燃え盛っていた。同じく2年の佐藤くんも、1年の石川くん、森下くんらも、その熱に導かれるように強く頷く。
エースを欠いた男子中等部。しかし、その絆は脆く崩れるどころか、陽太という存在を核にして、より頑強で攻撃的な陣形へと昇華されようとしていた。
続いて、坂上先生の手によって女子のメンバーが書き込まれていく。
■女子レギュラー
佐藤 春花(部長・3年)
小林 芽衣(3年)
水瀬 みゆ(エース・2年)
松本 美咲(2年)
田中 奈緒(2年)
星野 莉奈(2年)
佐々木 ひかり(1年)
小野寺 結衣(1年)
「女子は、2年の水瀬を中心に据える。シングルス1は水瀬、これは固定だ。他メンバーはダブルスの組み合わせを含め、当日のコンディションで臨機応変に組み替える。……水瀬、異論はないな」
「はい」
私は一歩前へ出、冷徹に研ぎ澄まされた声で短く応じた。
背後に座る美咲、莉奈、奈緒からの視線が私の背中に突き刺さる。
合宿最終日、美咲に弱点を突かれ、そして昨夜、陽太の挫折を知ったことで、私の「仮面」は変容していた。かつての頑ななだけの拒絶ではない。今の私は、彼女たちの心配も、寄せられる期待も、そのすべてを拒むことなく『深淵』へと飲み込み、ただ星和の絶対的な勝利という結果だけを返す覚悟を完了していた。
佐藤春花部長が、そんな私の横顔を見て、信頼を込めて小さく微笑む。
「みゆ、頼んだわよ。私たちは、あんたが後ろを振り向かずに済むように、全力で周りを固めるから」
「……ありがとうございます、春花先輩」
美咲が言った『氷の壁を後ろから全力で支える盾になる』という言葉。
私はもう、一人で殻にこもるだけの迷い子ではない。みんなの想いも、陽太の泥臭い執念も、すべてを私の『波紋』の回転へと上書きする。
西園寺学院・白河こころの待つ全国大会、そのコートへ至るための進撃の号令が、今、静かに下された。星和学院テニス部、陽太なき男子の烈火の如き執念と、みゆ率いる女子の氷徹なる覚悟が、初戦前夜の青い闇の中で静かに噛み合っていく。




