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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第16章:激突、フロリダの風

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極限の「最適化」、ダブルスの執念

第1セットを落とした日本ペアが、再びコートへ戻ってくる。部室のモニター越しでも、湊兄さんと蓮さんの背中からは、昨日の勝利とは違う、悲壮なまでの決意が伝わってきた。


「……始まったわ。第2セット」


春花部長の声に、部員の視線が一点に集まる。

試合再開直後、ルカ・ベルナールの華麗なプレーは相変わらずだった。流れるようなフットワーク、針の穴を通すような正確なアングル。しかし、奈緒がふと、画面の隅を指差した。


「……ねえ。あっちの、ルカのパートナーを見て」


「え?」


美咲が首を傾げる。ルカの横でプレーしているのは、屈強な体格を持つフランスの若手、デュランだ。彼は確かに高い技術を持っているが、ルカが「芸術」を奏でれば奏でるほど、デュランの動きにわずかな『淀み』が生じているように見えた。


「ルカのテニスが完璧すぎて、パートナーが入り込む余地がないんだわ。あれはダブルスじゃない……ルカ一人の『独奏』よ」


第2セット中盤、湊兄さんの動きに変化が現れた。

ルカの変幻自在な変化球に対し、湊兄さんはこれまでのように「ルカを攻略しよう」とするのを止めたように見えた。


「兄さん、狙いを変えた……?」


私が呟いた直後だった。ルカが放った急角度のスライス。湊兄さんはそれを拾い上げると、あえてルカではなく、ネット際で少しだけ反応が遅れていたデュランの足元へ、重いスピンを叩き込んだ。


「——っ、蓮!」


湊兄さんの鋭いコールが響く。蓮さんがそれに応えるように、デュランがようやく返した甘い球を、逃さずセンターへ突き刺した。


「取った……! ブレイクだ!」


部室の男子部員たちが一斉に立ち上がる。

フランスの優雅な独奏に、日本の「阿吽の呼吸」が泥臭く、けれど確実に不協和音を叩き込み始めた瞬間だった。


画面の中のルカが、初めて眉をひそめた。

自分の完璧なショットが返されたからではない。自分が支配しているはずのコートで、パートナーであるデュランが日本の執拗な狙い撃ちに遭い、リズムを崩し始めたことへの苛立ち。


「どんなにルカが凄くても、ダブルスは二人でやるものなんだ。……湊先輩、そこを突いたんだね」


佐藤くんが感嘆の声を漏らす。

湊兄さんは、ルカという高い壁を真っ向から崩すのではなく、その壁の『継ぎ目』を、命を削るような最適化で見抜き、こじ開けようとしていた。


第2セット後半、ゲームカウントは 4−4。スタジアムの空気は、フランスの「芸術」がもたらす静寂から、日本の「執念」が引き起こす熱狂へと塗り替えられつつあった。


「ルカの動きが変わったわ。……いえ、変わらざるを得なくなったのね」


奈緒がモニターを指差す。

湊兄さんと蓮さんの狙い撃ちに遭い、ミスを連発し始めたデュランを庇うように、ルカの守備範囲が異常なまでに広がり始めていた。本来パートナーが取るべきボールまで、ルカが超人的なフットワークで奪い取り、一人で返球を試みる。


「あれじゃ、もうダブルスじゃない。コートに一人の王様がいるだけだよ」


美咲の言う通り、フランスの陣形は崩壊していた。ルカが動けば動くほど、デュランはどこに立てばいいのか分からず、コートの隅で立ち尽くす時間が増えていく。


一方、日本ペアの動きはさらに研ぎ澄まされていった。


画面の中、湊兄さんが極限の「最適化」で、ルカがデュランのカバーに入った瞬間に生じる「一瞬の死角」を正確に射抜いた。

ルカが必死に腕を伸ばして返した球は、もはや芸術的な精度を欠き、甘い軌道でネット上を越えてくる。


「——隙だらけだ」


蓮さんの冷徹な呟きが聞こえてきそうなほど、鋭いポーチボレーがセンターへ突き刺さった。ルカとデュランの間、どちらの手も届かない空白の地帯。


「取った! 第2セット、逆転だ!!」


部室の男子部員たちが飛び跳ね、椅子が倒れる音も構わず歓喜の声を上げる。

どれほどルカが個として突出していようとも、二人で一つとして機能する日本ペアの「阿吽の呼吸」が、独奏者の傲慢を確実に追い詰めていた。


カメラが、チェンジコートの際のフランスベンチを映し出した。

ルカはタオルを乱暴に椅子へ投げ、パートナーであるデュランに一瞥もくれず、ただ冷たい目で日本のコートを見据えていた。


「ルカが、あんなに感情を剥き出しにするなんて……」


私が呟くと、画面の隅で陽太が身を震わせるのが見えた。

湊兄さんたちが命がけで暴き出した、ルカの「脆さ」。それは、仲間を信じず、ただ自分だけを絶対視するがゆえの欠陥だった。


運命のファイナルセット、タイブレーク。スタジアムのボルテージは最高潮に達していた。モニター越しに伝わる打球音は、もはや乾いた音ではなく、魂を削り合うような鈍い衝撃音へと変わっていた。


「……ルカが、完全に一人で戦っているわ」


奈緒の言葉通り、画面の中のルカは、パートナーのデュランを完全に無視してコートの全域をカバーしていた。その超人的な身体能力で、湊兄さんと蓮さんの波状攻撃を一人で跳ね返し続ける姿は、まさに執念の化け物だった。


しかし、湊兄さんの「最適化」は、そのルカの限界さえも読み切っていた。


「蓮、三歩前!」


湊兄さんの鋭い呼声。ルカが広範囲をカバーするために生じた、わずか数センチの「踏み込みの遅れ」。そこへ湊兄さんが、あえてルカの足元へと沈む、極限のスライスを放つ。


ルカは無理な体勢でそれを拾い上げるが、その先には、すでにネット際へ詰めていた蓮さんが既に終止符を決める構えができていた。


「——終わりだ」


蓮さんのラケットが放ったボレーは、必死に手を伸ばすルカのラケットをあざ笑うかのように、サイドライン際で急激に外側へと逃げていった。


審判のコールが、静まり返ったスタジアムに響き渡る。


『Game, Set and Match, Won by Japan, 1-6, 6-4, 7-6!』


「やったぁぁぁぁ!!」

部室の全員が叫び、抱き合った。世界ランク上位のフランスから、まずは日本が1勝を先取したのだ。


画面の中では、湊兄さんと蓮さんが力強く拳を合わせ、安堵したように肩を寄せ合っていた。対照的に、コートの中央で立ち尽くすルカの姿は、あまりにも孤独だった。


カメラが、敗北したルカをアップにする。

彼は、ネット越しに握手を求めてきた湊兄さんの手を、一瞥もせずに拒絶した。その瞳に宿っていたのは、昨日までの余裕ある嘲笑ではなく、周囲のすべてを凍りつかせるような、純粋で鋭い「憎悪」に満ちた殺気だった。


ベンチに戻るルカは、寄り添おうとしたデュランを突き飛ばすようにして椅子に座り、ただ無言で次の試合を見据えていた。その視線の先にあるのは、日本のベンチで出番を待つ陽太だった。


「陽太……」


陽太は、椅子から立ち上がった。

戻ってきた湊兄さんの、汗で重くなったジャージの肩を力一杯叩く。


「湊さん、蓮さん……最高のバトンありがとうございます」


陽太の声は、驚くほど落ち着いていた。

湊兄さんたちが身をもって暴き出した、ルカ・ベルナールの弱点。それは、仲間を信じられず、孤独に溺れる「王」の限界。


「——行ってきます。俺の全力ぶつけてやるよ」


陽太がラケットを手に、陽光が降り注ぐコートへと一歩を踏み出す。


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