届いた春、誓いの再会
二月九日、月曜日。
この日の星和学院中等部は、朝から張り詰めた糸のような緊張感に包まれていた。高等部の合格発表は正午。授業チャイムの音さえも、今日ばかりは受験生たちの運命を告げる号砲のように鋭く耳に響く。
お昼休み。B組の教室で美咲たちと机を囲んでいたが、広げたお弁当の彩りも、どこか遠い世界の出来事のように感じられた。
「……みゆ、そんなに不安そうな顔しなくても大丈夫よ。あの氷の貴公子……いえ、北条さんが失敗するなんて、それこそ天変地異が起きるより想像できないわ」
美咲が呆れたように笑いながら、私の強張った肩を軽く叩いてくれる。
「わかってるんだけど……。でも、蓮さんにとっては人生を懸けた挑戦だったから。もし、もしもって考えたら、怖くて」
私が握りしめた箸の先を見つめていると、廊下の向こうから激しい足音が近づいてきた。それは静まり返った午後の校舎にはあまりに不釣り合いな、全力疾走の響きだった。
――ガラッ!!
教室の扉が勢いよく開け放たれる。
「みゆ! みゆ、いるか!!」
肩で息をしながら飛び込んできたのは、隣のA組の陽太だった。冬だというのに額にはうっすらと汗が浮かび、手に握りしめたスマートフォンを、今にも壊しそうなほどの力で握っている。
「陽太! どうだったの……!?」
私は椅子を蹴るようにして立ち上がった。教室中の視線が陽太に集中する。陽太は言葉にならない声を絞り出すように、画面を私の目の前に突き出した。
「あった……あったんだよ! 湊さんから今、写真が送られてきた! 見ろ、蓮さんの受験番号……一番上だ!」
画面には、中庭の掲示板を背に、不敵な笑みを浮かべて親指を立てる湊兄さんの姿。そしてその隣で、眼鏡の奥の瞳を微かに和らげ、どこか照れくさそうに、けれど確かな誇りを湛えて微笑む蓮さんの姿が映し出されていた。
「……よかった。本当に、よかった……!」
「……当然だよな。あの人だもんな」
陽太が鼻の頭を赤くしながら、ようやく自分の呼吸を整えた。
「でも、これでやっと……やっと本当に、俺たちのところに蓮さんが来るんだな」
画面の中の蓮さんは、厳しい冬を越え、自らの手でこじ開けた「春」の中に立っていた。帝都大附属という絶対的な看板を脱ぎ捨て、一人の挑戦者として星和の門を叩いた彼の覚悟が、今、最高の結果として結実したのだ。
放課後。私たちは制服のまま、夕闇が迫り始めた駅のホームへと向かった。
合格の喜びを分かち合ったのも束の間、蓮さんはこれから卒業までの残りの時間を、籍を置く帝都大附属中等部で過ごすことになる。外部受験という道を選んだ以上、最後の手続きや、自分を信じて送り出してくれた恩師や仲間たちへの報告、そして何より、家族との対話を果たすためだ。
ホームに滑り込んできた電車の風が、私たちのマフラーを激しく揺らす。
「……湊、みゆ、陽太。本当にありがとう。君たちがいてくれたから、俺は迷わずにこの切符を掴むことができた」
蓮さんは手にした鞄を握り直し、私たち一人一人の目を真っ直ぐに見つめた。その表情は、受験という重圧から解放された安堵感だけでなく、かつての「主将」としての威厳を取り戻したかのような、凛とした強さに満ちている。
「帝都に戻って、最後の役目を果たしてくる。俺が選んだ道の正しさを、あそこに残してきた仲間たちにも、そして厳格だった父さんたちにも、俺自身の言葉で伝えてくるよ。それが、俺なりのケジメだ」
「ああ、行ってこい」
湊兄さんが蓮さんの肩を叩き、不敵な笑みを浮かべた。
「俺たちの準備はもうできている。お前が四月にこの駅に降り立つ時、星和のコートは最高に熱くなっているはずだ。待たせるなよ」
「……わかっている。湊、お前を一人で戦わせるつもりはない」
蓮さんは微笑み、隣で感極まった様子で立ち尽くしている陽太に視線を移した。その瞬間、蓮さんの瞳に、かつての指導者としての鋭い光が宿る。
「陽太。四月からは同じ学校の先輩・後輩になるが……忘れるな。お前は星和の中等部を背負うだけでなく、U-17の日本代表メンバーでもあるんだ。自分への調整を怠ったりはするなよ」
不意に投げかけられた鋭い「釘」に、陽太は背筋をピンと伸ばし、慌てて敬礼のようなポーズをとった。
「もちろんです! 蓮さんがいなくても、湊さんにたっぷり『調教』されてましたから! 身体も感覚も、鈍らせるどころか研ぎ澄ましてあります。蓮さんが戻ってくる頃には、驚かせてやりますよ!」
「ふっ、それならいい。……みゆ。四月からは同じ星和の風の中で、また一緒にテニスをしよう」
「……はい! 待っています、蓮さん」
発車のベルが鳴り、ドアが閉まる。
電車がゆっくりと動き出す中、窓の向こうで蓮さんは一度だけ力強く頷き、手を振った。それは永遠の別れではなく、新しい伝説を始めるための、前向きな助走。
「……いっちゃったね、兄さん」
「ああ。だがこれは伝説の幕開けだ」
遠ざかる列車の音を聞きながら、私たちはそれぞれの胸に、数ヶ月後の満開の桜と、同じ制服を着てコートに並ぶ四人の姿を鮮明に描いていた。
おはようございます。
作者のFERILUです。
『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』
を読んでくださりありがとうございます。
結果発表と一時の別れ。最初は蓮に同行することもかんg萎えたのですが、平日だなぁということで見送りにしました。




