合宿記録
放課後の視聴覚室は、冬の夕闇を跳ね返すような熱気に包まれていた。
白河こころから届いた二枚組のDVD。そのラベルには、彼女の潔い性格を象徴するように『西園寺・星和 合宿記録』とだけ記されている。
坂上先生の見守る中、男女テニス部の主要メンバーがモニターを囲んだ。中央には、アドバイザーとして招かれた湊兄さん。その隣には、現部長である男子の佐久間先輩と女子の春花部長、そして前部長の大野先輩や陽太、健二くん、莉奈たちが顔を揃えている。
「……再生するわ」
春花部長がリモコンを操作すると、マルチアングルで捉えられた合宿の光景が映し出された。一枚目はコート全体を俯瞰し、陣形とボールの軌道を追ったもの。二枚目は、打球の瞬間のフォームと打点に肉薄した接写映像だ。
「……なんて合理的な動きなんだ」
現部長の佐久間先輩が、思わず身を乗り出す。
「西園寺のレギュラー陣は、打つ瞬間に無駄な力みが一切ない。だから、みゆさんたちの不規則な『波紋』に対しても、最小限の予備動作で最短距離の面を作れている」
「ええ。でも見て、佐久間くん」
春花部長が画面を静止させた。
「みゆさんのこのショット。鳳仙さんの強打を逆手に取って、打点をわずかに遅らせることで軌道をねじ曲げているわ。西園寺の選手が一瞬、予測を外されて硬直している。……これこそが、私たちが取り入れるべき『崩し』の鍵よ」
議論は、性別の壁を越えて白熱していった。
前部長の大野先輩は、後輩たちの成長を眩しそうに見つめながらも、鋭い指摘を飛ばす。
「佐久間、このデータをただ眺めるだけじゃ意味がないぞ。西園寺の『システム』を解析して、うちの部員たちがどう対応すべきか、具体的なシミュレーションに落とし込むんだ」
湊兄さんは、腕を組んだまま画面を凝視していた。彼はU-17世界大会に向けて自らの調整を続けながら、今は陽太と私の、そして星和テニス部全体の「底上げ」を静かに見極めている。
「……佐久間、佐藤部長。そして合宿に参加した女子部員たち」
湊兄さんの声が響くと、室内の温度が一段下がったような緊張感が走った。
「この映像にあるのは、西園寺の『完成形』だ。だが、お前たちがすべきなのは西園寺の模倣ではない。星和の柔軟な発想に、この合理性をどう『共鳴』させるかだ。メニューの再構築を促すべきなのは現場を預かるお前たち部長の役目だ。……このデータを、ただの思い出の記録にするか、全国への武器にするかはお前たち次第だ」
佐久間先輩と春花部長が、深く頷く。その瞳には、伝統を重んじつつも、新しい風を取り入れようとする覚悟が宿っていた。
そして、湊兄さんの鋭い視線が私へと移った。
「みゆ。……浮かれるなよ」
釘を刺すような、低い声。
「白河こころがこのデータを送ってきた意味を考えろ。これは『お礼』であると同時に、宣告だ。お前の『波紋』の全データは今、あちら側のシステムに完全に取り込まれたと思え。夏の大会で再戦する時、今のままの波紋では、一球たりともポイントは取れない」
「……っ」
心臓を直接掴まれたような衝撃だった。
白河さんは、私が克服すべき課題を可視化してくれたのだ。同時に、彼女自身がこの映像を何百回、何千回と見返し、私の弱点を突き、波紋を無効化する『新システム』を構築している真っ最中であることを示唆している。
「今の波紋を、さらに進化させるにはどうすればいいか。……相手の予測を上回るのではなく、予測そのものを自らの支配下に置く方法を考えろ。そうでなければ、お前は彼女に二度と勝てないぞ」
湊兄さんの言葉が、呪縛のように、けれど確かな導きとして胸に刻まれる。
モニターの中の私は、鳳仙さんの打球を必死に返している。けれど、これでは足りない。相手の力を利用するだけでなく、さらにその先へ。
(波紋を……さらに変質させる。白河さんの予測さえも、波紋の一部として飲み込むような……)
討論が終わった後の視聴覚室。
佐久間先輩と春花部長は、すでに新しい練習メニューの原案を手に、坂上先生のもとへ向かっていった。
私は暗くなった画面を見つめながら、自らの中にある波紋の輪を、より深く、より広大に広げていくための道筋を、静かに、けれど激しく模索し始めていた。
おはようございます。
作者のFERILUです。
『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』
を読んでくださりありがとうございます。
少しだけですが、前部長の大野先輩が登場。




