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 熱気とセミの鳴き声が充満する道中、『AppleMilk』へ向かうロザリーはクレリアと手をつなぎ笑顔で歩いていた。

 その様子にクレリアは内心安堵する。

 あのまま家に居ても暗い気持ちを引きずっていただろうし、こういう時にロザリーの気分転換できる場所があるというのは有難い。

 店を紹介してくれたヴィオラに少しだけ感謝した。


 花火大会会場に近いこの場所も昨日は混雑していたが、今はいつもの日常が戻っている。

 周辺が混みあうからという理由で昨日店を閉めていた『AppleMilk』が見えてきた。

 相変わらず満席にはせず、八割席が埋まったらそれ以上お客が入らないようにしている。

 そのおかげでクレリアたちは毎回待たずに店に入れるのだが、そのおかしな魔法がなければ夏休み中のこの時期は連日満席状態のはずだ。


(身内経営で好きにやらせてもらってるみたいだし、忙し過ぎるのは嫌なようね)

 常連になっている二人だが、まだ店のオーナーに会ったことはない。

 表の仕事は福音寺巫神を含めた接客担当の三人だけで回しているので、わざわざ店の奥から出てくる必要もないのだろう。

 そう思いながら一歩進んだ瞬間、景色が一変した。


 空の色が薄暗い紫に変色し、その光を受けた構造物も紫に染まった気味の悪い世界。

 何者かの結界に閉じ込められたと、クレリアは瞬時に現状を理解する。


「っ!」

 間髪入れず、突き刺すような殺気が頭上から襲い掛かってきた。

 ロザリーを護りつつ問題なく対処できる。

 ――はずだった。


 バジッ!

 電気がはじけた様な音を発し、襲ってきた何者かが吹き飛ばされた。


「……姫様?」

 相手を弾いたのはロザリーだった。

 不意の襲撃にクレリアと同等に反応し、相手を吹き飛ばしたのだ。


「だっ……大丈夫、クレリア?」

 しかしその体は恐怖で震えていた。

 反応して防御できたとしても、戦闘経験はおろか敵意を向けられ襲われた事すらない。

 一般人と同じ様に暮らしている心は普通の少女だ、怯えるのは当たり前の反応だ。


「大丈夫です、ありがとうございます」

 ロザリーに襲撃者を吹き飛ばす程の魔法が使えたのは驚きだが、その詮索は後でいい。

 クレリアは左腕に座らせるように小さい体を抱き上げ、微笑んで見せる。

 今は主人を護り、安心させることが重要だ。


「私から離れないでくださいね」

 その言葉にロザリーはクレリアの首に腕を回して抱きついて応じた。

 ロザリーに触れられぬように魔法壁を張る。

 それはカチュアがラビリスを護る時に創り出しているモノと同じモノだった。


 気配を殺して隠れているようだが、相手の居場所をクレリアは見抜いている。

 しかしロザリーを抱えている状態でこちらから攻めるのは得策ではない。

 言葉で挑発しておびき出そうとクレリアが口を開いたその時――


 ドンッ!!


 注視していた場所から黒いローブを着た人物が飛び出してきた。

 正確には、まるで蹴り飛ばされたかのように地面を転がって現れた。


(昨日の二人と同じローブ)

 ローブを纏った男の姿と昨夜の二人の姿が重なる。

 続いて姿を表した予想外の二人にクレリアはぎょっとした。


「結果的に良かったけど、なんで”補充“してあるの?」

 ウエイトレス姿で口を尖らせている福音寺巫神。


「バイト前に会ってきたもん」

 もう一人もウエイトレス姿の美女。

 セミロングの金髪に蒼い瞳。

 今朝セリカがラジオ体操で注視した人物だった。

 名は水衛林檎(みずいりんご)

 巫神と同級生で『AppleMilk』でバイトをしている一人。

 常連のロザリーたちとも仲が良く、彼女も特異な能力者だ。


「二人ともすぐにここから出て!」

 場にそぐわない空気を纏っている二人に声を上げるクレリア。

 それに笑顔で応じる林檎。


「大丈夫ですよ、あたしたち負けませんから」

「違うの!」

 彼女たちの力は襲撃者を圧倒するは分かっている。

 しかしそこを心配しているのではない。

 クレリアが説明する前に男が動いた。


 顔はフードに隠したまま、一瞬で巫神に肉薄する。

 男は短剣を振り上げると同時に、林檎の真後ろに長い針状の魔法を出現させた。

 巫神を狙いつつ、同時に林檎にも攻撃を仕掛けている。


「ぐっ……」

 たまらず苦悶の声を漏らし、膝をついたのは男だった。

 男が彼女らの目前に到達した瞬間、林檎が回し蹴りを男の鳩尾に打ち込み、巫神が何かを飛ばして針状の魔法を消し去った。

 機を逃さず、クレリアが男を拘束する。

 すぐに息の根を止めたいところだが、三人の前でそれはできない。


「林檎ちゃん、巫神ちゃん」

 ロザリーが二人に駆け寄る。


「怖かったねー、もう大丈夫だよ」

 巫神がロザリーを抱きしめて安心させている間、林檎はクレリアの元まで来て男を見下ろした。

 すでに気絶させているため、男の意識はない。


「こいつ誰ですか?」

「わからないわ」

 クレリアが男のフードを剥いで顔を確認するも、見覚えがない。


「あなたたち凄いのね」

 林檎たちが自分と同等か、それ以上の力を持っていることは感じていたが、その力を目の当たりにしたのは初めてだ。

 しかも彼女たちは本気を出しておらず、苦も無く男を倒した。

 回し蹴りと相手の魔法を打ち消しただけという単純なことだったが、その行動が一秒にも満たないコンマ数秒で行われた。

 一瞬で距離を詰めてくる相手に、それ以上に早く動いて対応した。


「まあ、凄いっていう自覚はあります」

 若干困り顔で苦笑する林檎。

 その表情から苦労もあるのだろうと伺える。


「すぐにヴィオラと千種さんを呼んでくれるかしら? かなりマズい状況よ」

 襲撃者を押さえて解決とはならない。


 昨日の男たちはラビリスを狙っていたが、今回まず狙われたのはクレリアだった。

 理由は単純。昨日の男たちの邪魔をしたから。

 気配も視線も感じないが、男たちを送り込んでいる人物は確実にこちらの状況を見ている。

 邪魔をしたクレリアをターゲットにしてきたということは、助けに来てくれた巫神と林檎も目を付けられた可能性が高い。

 彼女たちにすぐに出て行けという言葉を発したのはそういう理由からだったのだが、結界に侵入できた時点で遅かったかもしれない。

 そして、ロザリーも例外ではない。


(私だけじゃ対応できない)

 何時いかなる状況で襲ってくるかわからない相手に対し、一人ではロザリーを護りきれない。

 ヴィオラたちと出会えたのは本当に幸運だった。

 この問題が解決しない限り、ロザリーをアルカディアに連れて行くことはできない。

 こっちの世界に居るからこの程度で済んでいるが、下手に戻ったら更に面倒な事になるだろう。

 ロザリーの安全が最優先だが、巫神たちも護ってやりたい気持ちはある。

 その為には一刻も早くヴィオラたちと守りを固める必要があった。


 結界が崩れ、セミの鳴き声が日常に戻ってきたことを知らせてくれた。

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