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 気温が二十六度を超え始めた朝六時。

 相も変わらず黒スーツを着たセリカは一人で住宅街を歩いていた。

 向かう先は、昨晩手持ち花火で遊んだ公園。

 セリカたちに存在を伝えているのに、接触してこなかった者を探るためだ。

 不安を持たせないよう、こちらから仕掛けなければ問題ないと天太には伝えたが無視はできない。

 マンションに戻ってからも親衛隊の三人はずっと警戒していたのだ。


 公園が目の前に差し掛かったところで、数人の子供たちがセリカの横を走りすぎた。

 全員公園に入っていく。


(何かあるのか?)

 公園には二十人ほどの子供と、大人が数人。

 音楽が鳴り始めたと同時に、全員が同じ動作で動き始めた。


(……なんだこれは?)

 ラジオ体操である。

 夏休みのラジオ体操を行う地域は年々減っているものの、ここではまだ行われているようだ。

 この国の習慣なのだろうとさして気にせず、セリカは目的の場所へ向かう。


(ここだ)

 ちょうど茂みに身を隠して自分たちを監視できる場所。


(目的はなんだ?)

 姿を見せず、存在だけを伝える理由は何か?

 手掛かりは期待してないものの、この場に立つ事で得られることはないだろうかと来てみたが、何もそれらしい事は浮かばない。


 ただ、相手の目星はついている。

 天太に接触してきたロザリー姫の騎士と自称する女と、時間の巻き戻しの事を説いてきたアン・レェヴと名乗った女。

 そして自分たちを見ていたのはおそらく前者だ。

 一人で外に出れば接触してくるかと思っていたが、どうやら四六時中監視しているわけではないようだ。


(…………)

 ふと、誰かに見られている気がして視線を向ける。

 その先はラジオ体操をしている集団の方。


 誰もこっちを見ていない。

 場にそぐわない黒スーツを着ているせいで目に留まったのだろうか。

 そこでセリカの視線が止まる。

 子供たちに混ざって体操をしている女。

 年齢は天太達と同じくらい。

 セミロングの金髪を後ろに束ね、深く蒼い瞳にやや幼さの残る端正な顔立ち。

 白シャツにグレーのジャージズボンのランニングスタイル。

 美女ではあるのだが、(まぶた)は半分しか開いておらず、気だるそうに動かしている体は子供たちよりキレがない。

 容姿が日本人ではない、からという理由で気になったわけではない。


(何か……他の者と違う?)

 その存在が羽沙達の様な一般人ではないように感じる。

 どちらかというと自分たちと同じ、向こうの世界の人間のような感じを受ける。

 しかしこの泉咲(いずみざき)市という地域には、どの国の派遣員もいないことは調べ済み。

 理由は単に田舎だから。

 派遣員は有益な技術や情報、物資等を得ることが目的なので人口の多い都市に滞在させられることが多い。

 ガイドやバルモンドのように例外として動いている者もいるが、そのような者は子供たちに混ざってラジオ体操なんてしない。


 体操が終わり、黒髪ショートカットの女の子が「おねえちゃん」と女に近づいてその手を握った。

 顔立ちが似ているので姉妹のようだ。

 二人はセリカに気づくこともなく、ゆっくりとした足取りで公園から出て行った。


(いま気にすることではないな)

 彼女がどういう人物であれ、自分たちとは無関係だろう。

 ただ、今現在関係がないだけで、もしかしたら何かあるかもしれないという可能性はある。

 紗矢とカチュアへの報告事案として頭に留めておこうと考えつつ、セリカも公園を後にした。

 


 ■ ■ ■ ■ ■



 失敗した。

 クレリアは唇をギュッと閉めてハンガーを手に取る。

 ハンガーに掛けられたのは見事にシワシワになったロザリーの浴衣。

 ネットにも入れず他の衣類と一緒に洗濯機に入れたのでシワだらけになったのだが、浴衣の洗い方までクレリアは知らなかった。


「クレリア、ワタシに話さなきゃならない事があるんじゃない?」

「すみません、こんなにシワになるとは思わず……」

「浴衣のことじゃない。それはアイロン掛ければシワ取れるでしょ」

「なるほど」

 ロザリーにも生活の知恵が付いてきたとクレリアは嬉しくなったが、次の言葉で気分は一変した。


「ワタシとクレリアがここで暮らしてる理由、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」

「っ……」


 クレリアには後悔している事がある。

 ロザリーがこの世界に来るまでの記憶を失っている事を知らず、アルカディアの王座を望むならと話してしまったことだ。

 目覚めたロザリーが他人の身体を奪おうとしていたので、私怨を晴らそうと動くのかと思いきや、身体を得て開口一番「なにも覚えてない」と言われてからのクレリアは、どう動くべきかとずっと悩んでいた。

 ロザリーが王族であり護衛の自分と暮らさねばならない事は伝えてある。

 ただその『訳』を話せないでいるのだ。


「……それは」

 クレリアの表情を見てロザリーが慌てた。


「違うよ!? クレリアと一緒なのが嫌なわけじゃないよ!」

「わかっています」

 その気持ちがわかっているから話すのが辛い。


(私が傷ついたと思って安心させようとしてくれる優しい子)

 だから、アルカディアでのロザリーの生活がどんなものだったか、どうして身体がない状態でこっちの世界にいたのか、事実を話せば絶対に傷つけてしまう。

 ロザリーには知る権利があるし、いつかは知らなければならない事。


(けどそれは今じゃない)

 せめてアルカディアに戻れる準備が整ってからだ。

 話を聞いたロザリーが国に帰りたいと言った時にすぐに帰れるようにしておきたい。


「いつかは知らなければならない事なのでどうしてもと言うなら話します。けどもう少し時間をください」

「……どうして?」

「話を聞いた後の姫様の要望に応えられる準備ができていません」

「ワタシが何かをお願いするかもってこと?」

「おそらく」

 もしくは、これからの展望が見いだせずにどうすればよいかと問われるか。

 その問いにも今のクレリアには応えられない。


「……うん、わかった。ごめんね」

 寂しそうに視線を逸らすロザリーに胸が締めつけられる。

 どうすることもできず、洗濯物だけが干されていく。


「じゃあ今日も『AppleMilk』に行っていい?」

 しばらくして出された提案にクレリアは笑顔で頷いた。

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