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 時刻は午前零時。

 羽沙と彩香(さやか)は二人並んで浴槽に浸かりながらボーっと白い天井を見上げていた。

 天太のマンションに皆で泊まる予定だったところ、ラビリスたちも泊まると知り、彩香たちは遠慮して帰ろうとしたが、セリカたちや天太からも気にしなくていいと逆に気を遣われたので結局今に至る。

 先にラビリスたちに入浴してもらい、次に女子、最後に男子たちが入る順番になっている。

 ファミリー向けの物件なので浴槽もそこそこ広く、足は伸ばせないものの並んで入ってもそこまで狭さは感じない。


月成(つきなり)君と何かあった?」

 視線はそのままで、呟くように彩香。


「何かって?」

「具体的に言えないんだけど」

 最近の羽沙と天太を見て、彩香は二人の変化を感じていた。

 どちらかというと羽沙の変化の方が大きいかもしれない。


「月成君のこと、もっと好きになったとか?」

 率直に思ったことがソレ。


「あー……そうかも」

 湿気が充満する浴室に羽沙の声が響く。

 肯定しながらその時の出来事が脳裏に蘇る。


「何があったの?」

(別の世界でさー、なんて言えないしな……)

 興味津々の視線を受けて、どう答えようか悩む羽沙。


 思い浮かべているのは、天太がベルハイム王に決闘を挑んだ時の事。

 あの時ラビリスは泣いていた。

 それなのにラビリスを守ろうとしている、守りたいはずの大人たちは誰も手を差し伸べなかった。

 もしかしたら王様に逆らえなかったからかもしれない。

 親衛隊のセリカたちは組み伏せれられていたし、下手に動けなかったのかもしれない。


 羽沙も同じだった。

 ラビリスに駆け寄りたくても、周りの兵士たちに捕まってしまうんじゃないかという恐怖で動けなかった。

 だが天太は違った。

 泣いているラビリスになぜ誰も手を差し伸べないのかと怒っていた。

 直前まで決闘なんてしないなんて言っていたのに、王様に剣先を突き付けていた。

 その瞬間、後ろから天太の背中を見ていた羽沙の胸がキュッと締め付けられた。

 そこで思ってしまったのだ。


(めっちゃカッコイイじゃん)

 結果的に良い方向へと転んだが、正直天太は絶対に負けるだろうと思っていたし、怪我をしたら自分が介抱してあげようとも思っていた。

 父親が正義感の強い人だったので、他人の為に自分が損をするような行動を取る天太を昔から何度も見ている。

 見慣れているはずなのに、あの場でラビリスの為に怒って動いた天太にときめいた。


「まあ……ちょっと、カッコイイかなーなんて思う事があって」

 しかし事細かな詳細は話せない。


「そっかー」

 彩香は話しにくい事なのだろうと察し、それ以上は追及しない。


「それで、進展はあったの?」

 とは言え、キッカケはどうであれ、その後の二人の関係は気になる。

 羽沙は唇を尖らせ「特にないけど」と言いながら彩香に視線を移す。


「そっちの方はどうなのよ」

 と質問を返した。


「私たちの進展って言ったら……大学に行ったら同棲するとか?」

「それは知ってる」

「じゃあ高校のうちは何もないかなぁ」

 悠然(ゆうぜん)と付き合ってもう三年だ。

 恋人として多くの時間を過ごしたし、手をつないだとか、キスをしたとかで浮かれ話をする時期はとうに過ぎている。


「いいな! いいなー!」

「バシャバシャしないで」

 顔に飛んだ水しぶきを拭いながら、天太とほぼ同棲している羽沙も自分から見れば羨ましい、とは思いつつ彩香は口には出さなかった。


 二人の事情はなかなか複雑だ。

 羽沙が天太を好きになったのは、幼馴染で長く一緒にいたからではない。

 天太の母親が亡くなったのがキッカケなのだが、その理由に羽沙は若干後ろめたさを感じている。

 彩香から見れば、羽沙は天太の支えになっているし誰も責めるような事でもない。

 しかし羽沙は天太に好意を伝えていても、そう思うようになった理由までは話していない。

 そして天太も両親を失った悲しみから、親しい人を作るのに臆病になっている節がある。

 お互い心の問題で、それだけに周りの人間がどう手を差し伸べていいのかわからず、なかなかに厄介だ。


(二人には上手くいってほしいのに)

 かつて虐めに遭っていた彩香は羽沙たちと出会って救われた。

 本人たちはそんなつもりはないだろうが、自殺が頭を(よぎ)るまで思い詰めていた彩香にとって、今こうして笑っていられるのは彼女たちのおかげなのだ。

 だから羽沙には幸せになってほしいと心から思うし、何か自分で出来ることがあればしてあげたい。

 意気込むことはできても何をしてあげればいいのか見当もつかず、もどかしい気持ちだけが彩香の胸を占めた。



 ■ ■ ■ ■ ■



 リビングにはテレビから流れる格闘ゲームの音だけが響いている。

 今は俺と悠然と理人(りひと)だけ。

 風呂から上がったとたん電池が切れたようにラビリスが寝てしまったので、彼女たち四人は用意しておいた部屋で親衛隊の誰か一人を除いてもう寝てるだろう。

 今回は特に危険なことはなさそうなのに、護衛の為一人は必ず起きているらしい。


 ラビリスたちは一週間俺の家に滞在する予定だ。

 その間にアルカディアで行われているスパイ探し。

 ラビリスたちの行動が誰かに漏れてこっちの世界で襲撃者に襲われた。

 それが誰なのか徹底的に調べるらしい。

 コッチとアッチを行き来できる魔法陣は各国が厳重に管理し、調査の協力も得ているとのこと。

 もちろんラビリスが俺のところに来てるなんてのは秘密だが、身元不明の人物が使用した際にはすぐに親衛隊のところに連絡が来るそうだ。

 部屋を貸すことくらいしか俺にはできないし、できることなら何事もなく楽しく観光して帰ってほしい。


 羽沙と古瀬は入浴中。

 いいタイミングだ。今のうちに話しておきたい事がある。


「理人さ」

 俺はテレビ画面を見つつ、ゲームの順番待ちをしている理人に声を掛けた。


「カチュアのこと好きだろ?」

 大きく動く気配。

 確認せずとも俺を見ているのがわかる。


「バレてたの?」

 気づかれてないとでも思ってたのだろうが、そんなレベルではない。


「全員気づいてたよ。なんならあの子、ちょっと迷惑そうだったぞ」

 悠然が代弁してくれた。


「え? マジ? ……マジで?」

 全員に気づかれていた事よりも、迷惑そうだというところにショックを受けている。

 まあ、そうなるよな。


「実はカチュアから伝言がある」

 本人に直接言わないだけ優しいと見るべきか、マンションへの帰り道、カチュアがこっそり俺に耳打ちをしてきた。


『あたしに気があるみたいだけど、無理だから』

 というもの。


 文字通り住んでる世界が違うわけで、勢いで理人が告白なんてしたら気まずくなってしまう。

 そんな場面を俺は三度見てきた。

 こいつは好きになった女子にすぐ気持ちを伝えるところがある。

 段階を踏めば上手くいくかもしれない時もあったのに……


「友人として仲良くしたいって言ってたぞ」

 これは俺の案。

 カチュアは友人としてだけでも面倒な顔をしてたものの、それで角が立たないならと渋々了承してくれた。


「全然いいじゃん。友達から仲を深めてけばいいんだよ!」

 それを今までできてこなかった奴が自信満々に言う。


「……ちなみに、カチュアのどこが好きなん?」

 本日初対面であまり話してもないのに、どこに惹かれたんだろう。


「上手く言えねーんだけど、会った瞬間好きになったっつーか、運命的な感じ?」

 俺と悠然は思わず顔を見合わせた。

 お互いちょっと困り顔。


 理人は子供のころからの友人だ。

 本当なら応援してやりたい。

 カチュアはクール美人だし一目惚れしてしまうのもわからないでもない。

 はっきりと聞いてないが、年齢も俺たちと同じくらいだろう。

 問題なのは、相手が別の世界の女の子だということだ。

 ある意味運命的ではあるが、さすがに友人以上の関係性になれる未来が見えない。


「来週には国に帰るんだぞ? 次はいつ来るかわかんねーし、あんまりグイグイいかないほうがいいと思うけど」

「なんとか連絡先交換できねーか?」

「……一応訊いてみる」

 ここで即答で『できない』と答えるのも変なので、とりあえずこの話は保留にしておこう。

 それに、もしかしたらカチュアにはすでに好きな人や付き合ってる人がいるのかもしれない。

 理人の為にも、明日こっそり聞いてみようと思う。


 風呂から出てきた羽沙たちを含め、午前四時くらいまで俺たちは話していた。

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