38
時刻は午後十時。
ラビリスたちを連れて、俺のマンション近くの公園に移動していた。
時計塔の温度計は二十九度を表示しているが、陽射しがないだけでも幾分涼しく感じる。
「天太、今日はありがとうな」
ガイドさんは何人かと軽く話し、最後に俺に声を掛けてきた。
「思いのほかベルハイムも楽しんでいたよ。いい思い出ができた」
王様は花火大会が終わってすぐに元の世界に帰ってしまった。
娘を育てる一人親という共通点があるからか、古瀬の親父さんと意気投合したらしく、酒を交わしながら盛り上がっていた。
王様がラビリスを抱っこして花火を背景に撮った写真を帰り際に渡したとき、すごく嬉しそうな表情を浮かべてくれたのを覚えている。
「最後まで居てやれなくてすまない。ベルハイムがこっちの世界に来るなんて、国にとって非常事態なんだ」
「……そんなこと言ってたね。でもガイドさんは止めなかったんだ?」
俺の言葉に彼は「ああ」と苦い表情を浮かべた。
「あいつは王になってから国の事ばかり優先して……いや、それは良い事なんだが、ベルハイム個人としての時間を犠牲にし過ぎていた。オレ達が何を言っても休みもしない。ローズ様が亡くなった時ですら……」
ガイドさんは何かを言おうとして首を振った。
「もしかして、ガイドさんから花火に誘ったとか?」
「けしかけたのはバァバだ。公務以外で姫様と出かけたことなんてないし、良い機会だと思ったんだが……これでオレも立派な犯罪者だよ」
アルカディアでは王族をこっちの世界に連れてくる事を重罪としている。
おそらく国の重役であるガイドさんがそれをやってるんだから、バレたら大事だろうけど自嘲気味に苦笑している顔には後悔している様子はなかった。
「守りたいヤツの為に罪を被るのは案外悪い気はしないな」
穏やかな表情でセリカさんたちを見る。
婚約破棄の為にラビリスをこっちの世界に連れてきた時の心境を今になって察しているのかもしれない。
「王様は二つの宝具を持ってるって聞いたけど、王様の親衛隊はガイドさん一人なの? 白神竜って奴から三つ宝具が貰えるって言ってたから、必ず三人いるもんだと思ってた」
問われたガイドさんはすぐには口を開かず、発した声は重かった。
「三人いたさ。他の二人はベルハイムが前王を襲撃する時に殺された。オレが生き残れたのは運が良かっただけだ」
「…………」
国を苦しめていた父親を王様が手に掛けた話は聞いた。
その時に親衛隊の二人は亡くなったそうだ。
「べルハイムが持っている宝具はその二人の物だったんだよ。宝具は王族を護る者に委ねられ、歴代の王族で宝具を扱えた者はいない。欲に塗れた前王も例外じゃない。だがベルハイムは二人の宝具を使って前王を討つことができた。その時に宝具の性能が変わり、天太に幻覚を見せたのもその片鱗だ」
どうして王様が宝具を持つことができたのかは未だに不明。
宝具の特殊能力がなぜ変化したのかも誰にも解らず、その性能は王様しか知らないという。
そもそも王族を護るために授けられた物なのに、宝具の性能を白神竜が公表しているのがおかしな話で、王族を狙ってる奴らに対策を与えてるようなものだ。
当然ガイドさんたちも俺と同じことを考えたようだが、白神竜については未だに未知の存在らしい。
「そんな訳でベルハイムの親衛隊はオレ一人で、アイツも今更誰かを任命する気はないだろ」
固い表情の俺の肩にポンと手を置き、ガイドさんは笑って見せた。
「お前たちを危険に晒してしまった事は本当に申し訳ないと思っている。同時に、お前たちに会えた事は幸運だとも思っている。あんな穏やかなベルハイムの顔を見たのは姫様が産まれたとき以来だ」
ガイドさんの視線がラビリスに向く。
「楽しそうにしてる姫様を見るのも久しぶりだよ」
「親戚のおじさんみたいですね」
俺の感想にガイドさんは「ははは」と笑い、すっと真顔に戻る。
「お前たちの懸念は必ずオレたちが晴らす。代わりと言っては何だが、姫様のことを頼む」
そう言い残し、ガイドさんは公園から出て行った。
俺たちの懸念。
それはガイドさんがこっちの世界に来た理由であり、王様が前王の愚行と言っていた行為。
あまりにも気分が悪くなる内容らしく、後日改めて親衛隊の三人と一緒に話を聞くことになっている。
ただ、ロザリー姫とあのスーツの女の人は確実に関わってるという。
ロザリーと名前を聞いた時の王様は、嬉しさと悲しさが混同したような顔をした。
複雑な感情を抱いているんだということだけは伝わってきた。
彼女たちが王様とどんな関係なのか今から聞くのが怖いな。
時間が巻き戻ったかもしれない事と、それについて訊いてきたアン・レェヴという女については、あまり気にする必要はないとのこと。
調べているのは本当だけど、機密ではあるが実害が有ったわけでもないので、そこまで重要視はしてないらしい。
進展もどう調べればいいのか手がかりも無く、藪をつつくようなことをしなければこれ以上関わってくることもないだろうと言われた。
本人も懸念が解消されれば二度と会うことはないと言っていたし、下手に気に掛ける必要もないだろう。
バケツに水を入れてきた理人が戻ってきたのを見て、俺も皆のところへ戻った。
これから手持ち花火で遊ぶのだ。
「あ、ちょっと待った。ラビリスは最初見てようね」
羽沙がラビリスに花火を渡そうとしたところを紗矢さんが止める。
ちなみにラビリス一行は海外から観光に来た親戚一同という設定で皆に紹介している。
なので親衛隊の三人もラビリスのことを姫様ではなく名前呼びしているわけだ。
「最初にこの子すごくビックリしすると思うけど、みんなは気にしないで」
というカチュア。
さっきまで視界いっぱいに広がる打ち上げ花火を観てたのに、今更手持ち花火で驚きはしないと思うのだが。
「じゃあ、火を点けるから見ててよラビリス」
「うむ」
地面に固定したロウソクに火を点け、花火を近づける羽沙。
それがどうなるのか興味津々のラビリス。
手持ち花火の先端が燃え、シュウウウと青い火花が噴出した。
一瞬「おおっ」と瞳を輝かせたラビリスだが、直後に――
「かやっむぎゅうう!」
何かを叫ぼうとして真後ろに陣取っていたセリカさんに口を塞がれた。
ラビリスの表情は驚いていると同時に怒っている様にも見える。
この人たちは何をしてるんだ?
「……どうした? ラビリス大丈夫か?」
あまりに反応が大きいので近づいてみると、火薬の臭いに驚いただけで心配ないとセリカさん。
「ちょっと驚いてるだけだから大丈夫よ。続けて」
向こうではラビリスの反応に驚いてる羽沙たちにカチュアが問題ないと安心させている。
「大丈夫ですよ、危険はありません。ほら、みんな楽しそうにしてるじゃないですか」
紗矢さんが静かにラビリスをなだめる。
視線の先には、花火に火を点けて振り回している理人のはしゃいでる姿。
振り回すのは危険ではあるが、それを見ている悠然たちは笑ってるので楽しんでるのは伝わってくる。
「なんでこんなに驚いてんの?」
俺の問いに、そっとラビリスの口から手を離したセリカさんが答えてくれた。
「火薬だ。火薬の臭いに驚かれた」
「臭いが苦手なのか?」
「火薬は人を殺す道具じゃ」
俺を見上げて、この場にそぐわない言葉を発したラビリス。
「使いようによってはそうだろうけど、今それに驚いてんのかよ? さっきまでデカい花火見に喜んでたじゃないか」
「アレは火薬じゃなかろう?」
「……いや、手持ち花火の数百倍の火薬使ってるけど」
俺の言葉にマジか? という表情をセリカさんに向けるラビリス。
頷くセリカさんにさらに目を大きくして驚いている。
花火会場の近くとはいっても、火薬の臭いまでは届いてこなかった。
もしかして魔法で花火が上がってるとでも思ってたのかな?
「私たちの世界での火薬は人殺しの道具でしか使われない。だから姫様には火薬の臭いを覚えてもらい、臭いがしたら警戒するよう教えてあるんだ」
言いながらセリカさんは手持ち花火を一本ラビリスに持たせた。
「……こっちの火薬は危険じゃないのか?」
不安そうなラビリス。
「こちらでは様々な用途に火薬が使われているので一概に安全とは言えませんが、こうして楽しむためにも使われているんですよ」
セリカさんはラビリスの手を引いて皆のところまで行き、一緒に手持ち花火に火を点けた。
少しおっかなびっくりなラビリスだが、その視線は綺麗な火花に注がれている。
「あの子、こういう花火は初めてなの?」
ラビリスの反応が気になった悠然が俺の隣に来た。
「そうみたい。まあすぐに慣れると思うよ」
しかし、火薬を殺しの道具として教えられてたか。
世界というか、ラビリスの育つ環境が俺たちとは違うんだなと改めて感じた。
そんなに用意してたわけでもないので、三十分程で袋の中の花火が無くなろうとしていた。
最後の線香花火を皆で一斉に火を点ける。
「動かすと落ちちゃうからじっとね」
「う、うん」
羽沙のアドバイスに緊張気味に頷いてるラビリス。
最初こそ驚いてたものの、すぐに皆に混ざって花火を楽しんでくれていたので安心した。
けど途中から気になることが一つ。
俺はわざと線香花火を早く終わらせ、ラビリスの後ろに立っているセリカさんの横に並んだ。
皆でとはいったが、親衛隊三人は見ているだけで花火を持つことはしていない。
「何か問題でも?」
セリカさんにだけ聞こえるような小声。
「天太も気づいたか?」
少し感心したように俺を見る。
「俺が気づいたのは三人が何かに警戒してるってことだけ」
「なるほど」
十五分前くらいからだろうか。
ラビリス親衛隊の三人は、主が必ず三角形の中心に居るように位置取りをしていた。
紗矢さんとカチュアは今もラビリスの両隣で楽しそうに皆と接してるが、その位置取りを変えようとしない。
セリカさんが否定しないことから、三人は間違いなく警戒態勢。
ただそれを皆に気づかせないようにしているようで、隠された緊張に気づいてるのは俺だけ。
「誰かが私たちを見ている」
「……もしかして、また襲われるとか?」
一瞬夏の暑さを忘れたが、セリカさんはすぐに否定した。
「いや、相手は私たちにわざと自分の存在を気づかせている。簡単に言えば様子見だな。好意的ではないが、揉め事を起こすつもりもないようだ」
「じゃあどうすんの?」
「私たちが『敵対する意思なし』と振舞っていればそのうち話しかけてくるだろう。まあ、今日のところはすぐに帰るだろう」
言ってるそばから、ラビリスの隣でしゃがんでいる紗矢さんが顔をあげて、セリカさんにアイコンタクトを送った。
セリカさんは頷き返して、もう大丈夫だと俺の背中をポンっと叩いた。
■ ■ ■ ■ ■
(姫様を探してるようではなさそうね)
ラビリス親衛隊に気配を感知させていたのはクレリアだった。
花火大会から帰宅後、すぐに自分のマンションに魔法を使える人間が出入りしたことに気づいた。
存在の残り香とでも言うべきか。
偶然出会わなかったとはいえ、自分の住処にセリカたちの様な者が出入りすればクレリアは気づく。
それがアルカディアの王族たちとなれば尚更だ。
(あの呑気な様子、襲撃者が来てたことには気づいてないみたい)
襲撃者の存在を教えてやる義理はないが、自分の気配を察してからの反応から、以前にもこちらの世界で襲われたことがあるのだろう。
(ヴィオラが結界がどうとか言ってたわね)
その時に襲われたのだろうが、だとしたら何故またこっちの世界に来た?
王城に居るのが一番安全にラビリスを護れるというのに、わざわざこっちに来た挙句、その情報が洩れて襲撃者を招くハメになっている。
(……なにやってんのアイツら)
同じ王族を護る者として、ラビリス親衛隊の行動にイラつきさえ覚える。
腕時計はもうすぐ十一時を指そうとしていた。
寝かしつけてきたとはいえ、ロザリーを一人にさせている。
セリカの予想通り、今のところクレリアはラビリスたちの様子を探りに来ただけなので、足早にマンションへと向かった。




