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「これ、よければ飲んでください」
缶ビール一箱とジュース一箱を悠然の親戚の叔父さんに渡す。
花火会場近くのマンションの屋上という特等席に招待してくれたお礼だ。
お子さんが熱を出してしまったようで、残念なことに一緒に見ることはできなくなってしまったが、部屋の中から観賞するらしく喜んで礼を受け取ってくれた。
「古瀬のお父さんいるし、緊張してんだろ?」
屋上に上がるエレベーターの中で、一緒にいた悠然に声を掛ける。
他の皆は先に屋上に上がってもらっていた。
せっかくだからと声を掛け、あれから古瀬の親父さんと紅ネェの二人にも参加してもらっている。
「そうでもねぇよ。飯もよく一緒に食うし」
「え? マジで? 古瀬ん家で?」
「うん」
古瀬は父子家庭で親子二人暮らしだと聞いている。
初耳だったけど、悠然は古瀬の親父さんとも上手くいってるようだ。
彼女の父親がいることで気を遣うかと心配したけど杞憂みたいだな。
屋上に上がり、係の人に招待証を見せて皆のところへ向かう。
マンションの住人じゃない俺たちは招待証がなければ入ることができない。
計十三人に膨れて人数的に大丈夫かな? と心配したものの、俺たちを上回るグループも多く、屋上スペースはかなり賑わっていた。
時刻はやや薄暗くなり始めた午後六時頃。
花火の打ち上げまでは後一時間半ほどある。
日本人家族が占める場所で俺たちのグループは最初こそ目立っていたが、今は周りも慣れたのか、特に気にされることなくラビリスたちは楽しんでいた。
■ ■ ■ ■ ■
同時刻。
ロザリーとクレリアは、花火打ち上げ場所目前にある河川の屋形船にいた。
土手ではいまだに多くの人が行きかっているものの、屋形船や指定席付近は落ち着いたものだ。
現在ラビリスたちのいる場所はロザリーの住むマンション。
セリカたちの気配が住処に入ってきたら流石にクレリアが気づく。
偶然にも鉢合わせにはならなかった。
「あっ、もうみんないる!」
薄桃色の生地にかき氷のイラストの入った浴衣を揺らし、知ってる子供たち三人の顔を見てロザリーが駆け寄っていく。
「走ったら危ないっ!」
座布団の敷いてある屋形船はそんなに広くない。
普段着慣れない浴衣を着てるせいで、勢いよく転んで川に落ちるんじゃないかとクレリアはヒヤヒヤした。
「こんばんは」
そんなクレリアに声を掛けたのは金髪ロングヘアの美女。
白のシャツにデニムのショートパンツとかなりラフな服装なのに色気が溢れている女性。
名はアリス。双子の娘の母であり、産婦人科の看護師をしている。
二十代後半に見えるが、もうすぐ四十を迎えると本人は言っていた。
アリスとしか紹介されてないので、フルネームはまだ知らない。
「あっちの席は子供たちが遊んでるから、私たちはここで楽しみましょ」
アリスの向かいに座っているのは南雲理緒。
茶髪のショートボブで童顔のせいで学生にも見えるが、楼園千種と同級生だということで三十歳は超えている。
こちらは義理の娘とお揃いで、白生地で桜模様が散りばめられた浴衣を着ている。
娘は子役タレントでテレビに出ており、そのマネージャーをしているとのこと。
この南雲理緒について、クレリアはやや警戒していた。
本人ではなく彼女の近しい人物に、かなり強大な力を持った者がいる。
力とは、クレリア視点では魔力や魔法。理緒たちの視点では能力と言われているもの。
下手な探りを入れて注視されることは避けたいので、その人物についての質問は一切行っていない。
理緒からその人物との“繋がり”を感じ取り、初めて会った時、理緒は何か特別な人間なのだろうかと思ったが、そういうわけでもなさそうだった。
ひとまず相手を刺激しないようにすれば問題ないであろうとクレリアは判断した。
両者の娘たちとロザリーはすでにキャイキャイ騒いでるので、その様子を見つつクレリアはアリスの隣に腰を下ろした。
船の中央に置かれた長テーブルにはすでにいくつかの料理が置かれていた。
夏場の野外なのでやや揚げ物が多い。
「本日はお誘いありがとうございます」
改めて礼を述べるクレリアに、理緒がペットボトルのウーロン茶をコップに注いで渡す。
「せっかく知り合ったんだし、ロザリーちゃんはこういう経験したことないと思ったから。クレリアさんのマンションからでもよく見えると思うけど、こっちの方が趣があるし、皆で見た方が楽しいでしょ」
子供たちの方を見て微笑む。
主にロザリーの為の誘いで、そのことについては本当に感謝している。
理緒とアリスとはカフェ『AppleMilk』で知り合った。
最初に行ったあの日から、ロザリーが毎日行きたがってずっと通っていたのだ。
そこで一部の人間から能力者と言われているアリスと、義理の娘が能力者の理緒と知り合い、歳の近い子供を育てている共通点もあって自然と話すようになった。
知り合う経緯で、バイトの巫神が仲介してくれたことも大きい。
ちなみに巫神も友人たちと花火を観ると言っていたので、きっと会場のどこかにいるのだろう。
「飲みたければお酒もあるわよ?」
アリスが自分の飲んでいるウイスキーのコップを氷でカランと鳴らしてみせる。
「いや、私はこれで」
アルコールでは一切酔わない身体だ。味に嫌味を感じなければ飲み物はなんでもいい。
ロザリーは子供たちからすでにオレンジジュースを渡されている。
「もうすぐ花火が打ち上るんだけど」
「ちょっと失礼」
話し始めた理緒をクレリアが止め、座ったばかりなのにすぐに席を立った。
「すみません、先にお手洗いに行っておくべきでした。少しロザリーのことをお願いしてもいいでしょうか?」
「ええ、どうぞ。会場のトイレはいつも混んでるから並ぶかもよ」
アリスの承諾に礼を述べて、クレリアは足早に屋形船を降りる。
設置された仮設トイレの方を見ると、確かに十人以上の列ができている。
急いで戻る必要もなさそうなので都合がいい。
知り合いとてただの人間ならロザリーを預けることは絶対にしないが、あの二人なら例え百人の暴徒に襲われても難なく凌げるだろう。
それだけの自衛手段をあの二人は持っているとクレリアは判断している。
(あっちね)
クレリアは本来の目的であるほうに足を向けた。
静電気の様に肌で感じた殺意と悪意。
数十万人と集まっている会場でもハッキリとその者の場所が判る。
その存在はそこに突然現れた。
どこかから歩いて移動してきたわけではなく、突然姿を表したのだ。
そして今度はその気配が一瞬で無くなった。
代りに発生した虚像の空間。
(結界か。一人は魔導士か類の人間)
感じた気配は二人。おそらく結界に入ったせいで気配が消えたのだろう。
間違いなく別の世界、ラビリスたちの住む世界から飛んできた者達だ。
幸い結界の範囲が近くまで広がっている。
クレリアは人ごみが流れている土手の通路に上がり、自然と結界へと入り込んだ。
雑音が消え去り蒸し暑さも感じない疑似空間。
結界内の精巧度を見れば作り手の技量が測れる。
(まるで素人ね)
結界を創れる術者に素人なんて侮る言葉は普段使わないが、ここはまさにその言葉がぴったりな場所だった。
空はやや暗くなり始めた青一色。雲も無く、のっぺりとした天井。
土手に生える小さな雑草は直立不動。
近くのビルや家々には窓がなく、ただその形を模っただけの飾りに成れ果てている。
クレリアの侵入に気づいて二つの気配が近づいてきた。
両者とも浅黒いローブで身を包み、顔もフードで隠している。
ファッションセンスが無いわけではなく、外見から相手に情報を与えないためだ。
体格から両者とも男だ。
クレリアから二十メートルほど距離を置いて二人は立ち止まった。
二対一の状況でもクレリアを警戒して油断は一切ない。
「素人ではなさそうね」
「その言葉をそのまま返そう」
(自分の創った結界に簡単に侵入されたんだから油断するわけもないか)
とは思いつつ、相手の気構えは重要ではない。
「ラビリス姫の守護者か?」
「…………」
男の問いにクレリアは一瞬困惑した。
「なぜ私がラビリス姫の護衛だと?」
白神竜から宝具を授かる護衛の呼称は国によって異なる。
アルカディアでは親衛隊と呼ばれているので、この二人は別の国の者達なのだろう……と思わせる為に言い方を変えているだけかもしれないので気に掛ける必要はない。
それよりもなぜ自分がラビリスの親衛隊に間違われたのかが気になる。
「…………」
男二人は黙して答えない。
怪しんでいるのは明白。
簡単に情報は得られないようだ。
クレリアは瞬時に作戦を変えた。
「とは言え、あなたたちが来た時点で現れるのなんて親衛隊以外いないでしょう? そっちの行動は筒抜けなのよ」
確実なのは二人がセリカたち親衛隊を目にしたことがないということ。
王族のラビリスの護衛ということもあり、故意に姿を見せないわけではなく、簡単に姿を見ることができない場所に居るのが親衛隊でもある。
守護者か? という問いは不意に出た言葉で、その裏に別の意図があるようには感じなかった。
なのでその疑問は素で放ったものだ。
不本意だがここは親衛隊に成りすまして話を聞き出そう。
「だとしたら、先に一人片づけておけば楽になる」
言葉が終わる前に男たちは動いていた。
素人目には一瞬で姿が消えたように見えるだろう。
実際は光の屈折を利用して自分たちの姿を正面から見えないようにしただけ。
相手の意表をついて瞬時に移動し攻撃を仕掛ける戦法。
男たちの動きは素人のソレではなく、場数を踏んだ玄人の身のこなしだったが――
「話の内容によっては見逃してもよかったんだけど」
クレリアを挟み込む形で肉薄してきた男たちの体が、時間が止まったかのようにピタリと動きを止めた。
「ラビリス姫を狙う理由は何かしら?」
一人は短剣を振り上げたまま、一人は懐から何かを取り出そうとしたまま、クレリアのすぐ隣で硬直している。
両者の首をクレリアが掴み、自由を奪ったのだ。
「……何者だ?」
男の問い。
クレリアがラビリスの親衛隊ではないと気づいたらしい。
白神竜が宝具を与える際に、その恩恵となる能力を大声で説明する。
セリカの『守護の光』なら、五秒先の未来視ができる等と、その特色を明かすのだ。
襲撃者にとって宝具所持者の能力は簡単に入手でき、その把握は必須である。
そして、いま置かれている状況を作り出せる者はラビリス親衛隊の中にいない。
クレリアは男二人の脳信号を首元で遮断し、体を麻痺させている。
やっていることは単純だが、相手の意識を奪わず喋ることさえ可能にしたまま体の自由を奪うという技術はどんな魔導士でもできない。
人間がそれを行うには、それこそ宝具のような特殊なアイテムの力を借りる必要がある。
「次に私の質問に答えなければこのまま死んでもらう。ラビリス姫を狙う理由はなに? どうやってこっちの世界に飛んできたの?」
男たちは黙して口を開かない。
命乞いをすることなく、殺されることを選んだようだ。
(プロの殺し屋か。面倒ね)
動きを奪えることはできても、隠している事を自白させる術は持っていない。
ならこの状況を長引かせる必要はなく、すぐ二人を始末してしまいたいところだが――
(…………)
二人を殺せば結界が消える。
その瞬間、花火の人ごみの中に死体を持ったクレリアが放り出されることになる。
そもそも二人の前に現れた理由が、会場で問題を起こされて花火大会が中止になるのを防ぐためだった。
ロザリーの楽しみを奪わせないという単純な理由。
相手の行動は奪ったが、このままでは自分が問題の種になってしまう。
それにこのままでは、ヴィオラたちが結界の存在に気づいて入ってきてしまうかもしれない。
すぐに察知する程の感覚は無いようだが、時間の問題だろう。
自由を奪ったとしても二人を生かして放置するわけにはいかない。
姿を見られたからには必ず報復に来る。
クレリア一人なら問題ないが、ロザリーにも危険が及ぶ可能性が有る以上、野放しにはできない。
「そのまま置いていっていいよ」
突然掛けられた、少し甘めの女の声。
(――っ!)
ゾワッとクレリアの背筋に悪寒が走る。
視線を少し動かした先、ほんの五メートルほどの距離に女が立っていた。
水風船の模様の入った白い浴衣を着た女。
女であることは判るのだが――
(……顔が認識できない)
頭部があることは判る。
だが、顔の認識ができない。髪の長さも判らない。
視覚で捉えているのに、その情報が脳に伝達されていない。
「ワタシが処理しておくから、ソレ、そこに置いていっていいよ」
「……あなたは」
「怖いんでしょ? 早く行きな」
彼女はクレリアの心情を察するように、退場を促す。
確かにクレリアは目の前の相手に対して恐怖を抱いている。
ただ生物に抱くソレではなく、対処不可能な自然の脅威に感じる恐怖だ。
目の前の相手はそういった次元の相手で人間ではない。
「どうして人間の姿をしてるの?」
「このほうが都合がいいし便利だから。アナタと同じよ」
「…………」
クレリアの正体に気づいている。
男たちをどうにかしてくれるというのなら逆らう理由はない。
クレリアは男二人を気絶させ、地面に寝ころばせる。
「有難いけど、私を助けてくれていると受け取っていいのよね?」
「もちろん。アナタは巫神の友達でしょ? だから助けてあげる。ワタシも『AppleMilk』の常連なんだ。もし会ったらよろしくね」
「――えっ?」
不意の言葉に顔を上げると、すでに相手の姿はなく、結界も消え始めていた。
(まったく)
結界消失後、クレリアは素早く人ごみに紛れ、ロザリーたちの元へ足を向ける。
この国の人口密集地に居れば対処できない脅威など無いと思っていた。
そもそも人間が彼女らの存在を把握していない。
こっちの世界は人間以上の知的生命が息を潜めて暮らしているようだ。
おかげで驚かされる事が多いものの、対応を間違わなければ問題はないだろう。
(それにしてもさっきのアレは反則よ)
向こうはこっちの正体に気づいていたようだが、こちらは相手がどういうモノかすら理解できなかった。
おそらく自分たちの世界の“天使”と同等か、それ以上の魔法、奇跡を起こせる存在だ。
それが人間に混ざって生活してるなんて冗談としか思えない。
注視されないことが一番の安全策だろう。
問題はまだある。
あの男二人はラビリスを狙っていた。
王族を狙う人間は昔から常におり、それ自体は珍しくない。
問題なのは、こちらの世界に飛んで来たという事だ。
刺客が現れたということは、今ここの世界にラビリスが来ているということ。
そしてアルカディアの王族を狙う連中が、世界を飛ぶワープゲートを使用しているということ。
ワープゲートは数えるほどしか存在しておらず、全て国で厳重に管理されている。
仮にどこかの国が秘密裏にラビリスの暗殺を企てていたとしても、ラビリスの所在を把握されている時点で情報漏洩が起きている。
クレリアから見れば、ベルハイムの失態以外にない。
アルカディアの復興を成し遂げる志は評価しているものの、それが半ばで頓挫するような事が起きれば、ロザリーが戻った時の治安に関わる。
(早く何とかしてほしいわね)
どういう状況だろうが、今のクレリアには愚痴ることしかでず非常にもどかしかった。




