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八月二日。花火大会当日。
ここ連日の猛暑は今日も続き、朝の七時からすでに蒸し暑い。
アン・レェヴが現れて以降、特に目立った事は起きず、いつもの夏休みを過ごしている。
ごみ捨てから戻ると羽沙がクーラーボックスを出しているところだった。
「セリカさんたちお酒飲むかな?」
「どうだろう? 飲むとしても聞いてから準備するか」
「おーけー」
悠然たちとの待ち合わせは午後三時だが、ラビリスたちは昼過ぎくらいに来ることになっている。
当初の予定では、花火会場近くの適当な場所で見るつもりだった。
しかしラビリスたちと一緒となると話は別だ。
花火大会は八月二日と三日に行われ、来場者数は百万人を超える。
その人ごみの中で目立つラビリスたちを連れまわしたくない。
そこで先日相談した悠然が良い場所を確保してくれた。
花火会場近くにあるマンションの屋上。
親戚家族が住んでるらしく、俺たちも一緒にどうかと誘ってくれたそうだ。有難い。
できるだけの準備を済ませ、昼食の片づけをしていると玄関のチャイムが鳴った。
「来たみたい」
インターホンを確認した羽沙が玄関まで迎えに行き、すぐに廊下を走ってくる音が聞こえてきた。
「天太!」
一番にリビングに入ってきたラビリスは満面の笑顔だった。
前回と変わらず純白のドレスに頭には小さなティアラ。
「いらっしゃい」
洗い物をしながら軽く挨拶。
次いで、セリカさんたち親衛隊三人もそれぞれ挨拶を交えてリビングに入ってくる。
こっちも相変わらずの黒スーツ姿。
「すまない、少し問題が起きた」
そしていきなりの問題提起。
この人たちは問題を抱えてない時がないのか……
「前回のように命に関わるようなものではないのだが」
ソファーに移動すると、セリカさんはそう前置きして話し始めた。
他の四人は羽沙の部屋に行っている。
「実はな、ベルハイム王も後ほど来ることになった」
「え? 一人で?」
「いや、護衛はガイドが務める」
「じゃあ問題ないだろ? 二人増えるくらいなら大丈夫だよ」
「あ、ああ、そう言ってもらえると助かる」
まったく助かってない表情のセリカさん。
「すまない、これは私たちの問題であって天太たちには関係のない事だった。気にしないでくれ」
そう言われると逆に気になるのだが。
簡単に話を聞いたところ、王族が異世界に飛ぶなんてリスクしかなく、あり得ないということ。
しかもラビリスが来た時と同様に、俺たちの世界にいるアルカディアの派遣員には知らせず、セリカさんたちだけで護衛をしなければならないらしい。
滞在時間は半日も居らず、もし王様がこっちに来るなんて知れたら大騒ぎになるため、王城の人間にも知らせていないという。
想像でしか察せないけど、セリカさんたちの心労は相当なものだろう。
それはそれとして、こっちからも話さなければならない事がある。
「実は俺からも相談したいことがあるんだけど」
ロザリー姫の騎士だと言っていた女のこと。
アン・レェヴとかいう謎の女のこと。
驚きはしなかったものの、セリカさんは真剣な表情で話を聞いていた。
「アン・レェヴという女は推測できないが、ロザリー姫の騎士と言った女は確かにベルハイム王の名を口にしたのだな?」
「うん。ロザリー姫が王位を望んだら渡すようにって。そうじゃなきゃ奪い取るって言ってた」
「そうか」
腕を組んで黙考するセリカさん。
「心当たりでも?」
「いや、王族でロザリーという名前は聞いたことがない。だが“ベルハイム王の騎士の生き残りがロザリー様を探している”と言ったのならば、その騎士はガイドのことだ。思わぬところからの情報だが、ガイドがこっちに飛んだ本来の任務がそれなのだろう」
「時間が巻き戻った原因を探ることじゃなくて?」
「もう一つ、前王の愚行を調査してるとも王は言っていただろう?」
確かにそんなことも言ってた。
それを聞いたときは紗矢さんと二人きりだったけど、セリカさんも後から聞いたのだろう。
「仮にロザリーという人物がアルカディアの王族だとするなら、その女は親衛隊なのだろう。なぜこっちの世界に居るのかは不明だが、いつかはアルカディアに戻るかもしれないということか」
「うん? 戻るから俺たちに伝言をしたんじゃないの?」
「ロザリー姫が王位を望んだらと言ったのだろう? 確定した言葉ではなく、可能性でモノを言ってきているのには、ロザリー姫が別の選択をするかもしれないということだ。おそらく、どうするのか道筋がまだ立ってないのだろう」
「……なるほど」
セリカさんは、だからと言って軽視はできないとため息を吐いた。
「ベルハイム王が来られたらすぐに報告する。お前たちには気苦労をかけてしまってすまなかった」
「いや大丈夫だけど、すぐ帰るなんてことにはならないよね?」
あんなに楽しそうにしてるラビリスを見た後だ。
中止になった時のことを考えると胸が痛くなる。
「王の判断にもよるが、以前のように襲われるような危険はないと思っている。突然姿を表すということはあるかもしれないが、両者とも最初は話し合いを求めてくるはずだ」
まあ、いきなり襲ってくるような奴なら俺と羽沙も今頃無事じゃなかったかもしれないしな。
「じゃあ一先ず友達に大人二人増えるって連絡するよ」
すぐ帰るなんて事もあり得たので、悠然に王様たちのことを伝えていない。
俺が悠然と電話で話していると、来てそうそう羽沙の部屋に行ってた四人が戻ってきた。
「姫様」
いち早く嬉しそうな声を上げたのはセリカさん。
ラビリスは長い髪をポニーテールに結い上げ、数匹の赤い金魚が泳いでる白い浴衣を着ていた。
羽沙が子供のころ着ていた物だ。
「白にしたんだ?」
浴衣は白と紺の二着用意していた。
「うん。どっちも似合ってたんだけど、白のほうが幻想的かなって」
確かにラビリスが浴衣を着ていると、子供ながらに不思議な魅力を感じさせる。
紺色も悪くないが、白の方が一層ラビリスに似合っていた。
その姿に一番目尻を下げているのがセリカさん。
我が子……もとい、初孫を可愛がる祖母ちゃんたちみたいな反応してるぞ。
「まだ間に合うから、紗矢さんたちの浴衣もレンタルしたかったんだけど」
「護衛中だからねー、せっかくだけどごめんね」
謝る紗矢さんがカチュアを見る。
「でも三人スーツなのもお固いし、カチュアは浴衣でもいいって言ったんだけど」
「これ脱いだら盾になれないでしょ」
どうやら浴衣を着るのはラビリスだけらしい。
「そのスーツって、やっぱり特別製なの?」
俺の質問に当然と頷くカチュア。
「銃の弾くらいなら溶かすわよ」
「へー……溶かす? 防ぐではなく?」
「防いだら衝撃が伝わってくるじゃない。この服に触れた瞬間に弾を溶かすのよ。鉛が蒸発した臭いが漂うのが難点ね」
「こっわ! それ近くにいて大丈夫なのかよ!?」
「着用者に害のないもの以外は反応しないから安全よ」
……さすが、魔法の世界の防弾着は想像以上だぜ。
「姫様、少し二人に話があるので天太たちと待っていてもらえますか?」
さっきの話を紗矢さんたちと共有するのだろう。
ラビリスには聞かせたくないのか、三人はリビングを出ていった。
「ラビリスのお父さんたちも来るんでしょ? ここで待ってればいいの?」
羽沙がラビリスをソファーに座らせ、クッキーとジュースを出していた。
「うむ。いくつか用事を済ませてくると言っておったので、そう遅くはならんと思うぞ」
そうすると、俺のマンションから結構な人数で移動することになる。
羽沙の家のワゴンで紅ネェが送ってくれる手はずなのだが、ちょうど今の人数しか乗れず、王様とガイドさんが余ってしまう。
通話を繋いだままの悠然に相談すると、誰かと喋ってるようだった。
声からするに古瀬だな。
《彩香のお父さんが車出してくれるらしいからなんとかいける。理人も拾ってくから、最初の待ち合わせ場所じゃなくて、お前ん家から直接マンション向かおうぜ》
「悪いな、頼んだ」
そこで通話を切った。
とりあえず移動はなんとかなった。
後は何事もなくラビリスたちに楽しんでもらえば言うことはない。
王様とガイドさんが来るまで、俺たちはひと時の談話に花を咲かせた。




