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「うわぁ」
テーブルに置かれたパンケーキを見てロザリーの表情が輝いた。
二段重ねの厚焼きパンケーキの上に丸いバニラアイスが一つ。
その周りを生クリームで囲み、いくつものスライスされた苺とブルーベリーで彩されている。
(思ったより大きいわ)
対照的にクレリアは眉一つ動かさない。
ロザリーの前には苺パフェも置かれている。
普段の食べる量から見るに、食べきるのは難しいかも、とパンケーキの感想等は微塵も浮かばない。
「食べていい?」
「いただきましょう。ナイフとフォークで切り分けるんですよ」
ロザリーは初めての食べ方なので、クレリアをお手本にして一切れ口に含む。
「んんぅ~!」
最高に美味い! と表情で絶賛する。
(これで千二百円もするの? カロリーが高いだけで栄養素が少なすぎるわ)
対してクレリア。
完全にアンチ側の感想で、無表情で食す。
本来は毒見用だが、やや警戒している状況でもあり、クレリアはパンケーキの成分を舌の上で解析していた。
最初こそ勢いよく食べていたロザリー。
しばらくして――
「……クレリアもパフェ食べていいよ」
パンケーキを食べ終え、パフェを少し食べ始めたところでパフェグラスをテーブルの真ん中まで押してきた。
「それじゃあ、いただきます」
やっぱり食べれないかと思いつつ、注意することはせずに一緒に食べるクレリア。
自分がどれだけ食べれるのか分かれば、次からは自制を効かせたオーダーをするだろう。
楽しんでいる時に注意することでもない。
その後、誰かが二人に声を掛けてくることもなく、お腹いっぱいで満足したロザリーは、次回使えるクーポンを貰って終始笑顔で帰宅した。
ヴィオラと福音寺巫神も、ロザリーたちの事を詳しく聞こうとはしてこなかった。
危険人物ではないと判断されたか、二人にとって珍しい相手ではないのだろう。
「姫様も友達が欲しいですか?」
帰り道、クレリアとヴィオラとの関係を勘違いして羨ましいとこぼしていたロザリー。
その時の寂しそうな表情がずっと気になっていた。
すぐに肯定するかと思いきや、ロザリーは少し首をかしげて考える。
「うん? うーん、どうだろう? 友達ってどういうのかわかんないけど、クレリアと赤いお姉ちゃんが楽しそうだったからいいなって思った」
「……そうですか」
寂しそうにしていたのは無意識か。
いずれアルカディアに帰るかもしれないロザリー。
こっちの世界で友人を作っても別れの時を考えれば必要ないとは思うが、どうしたものかとクレリアは今後の事に頭を悩ませた。
■ ■ ■ ■ ■
「ねえねえ、彩香と話してたんだけどさ」
リビングでくつろいでたら、羽沙がパタパタと廊下を歩いてきた。
「美味しいもの食べに行きたくない?」
一時間前に昼食を済ませたばかりで小腹も空いていない。
普段なら古瀬と出かけるのに俺を誘うことなんてないのだが――
「……どこ行くの?」
先日までの事をセリカさんたちに相談するまでは、できるだけ単独行動はやめようと決めている。
「『AppleMilk』」
「……じゃあ準備するわ」
あまり気が進まないものの、特に予定もないし付き合おう。
パンケーキやデザートが人気のカフェ。
たまに羽沙に連れられて行くが、客層がほぼ女子なので男だけでは行かない店だ。
駅で古瀬と合流し、店近くまでバスで移動。
悠然は来ないのかと訊いたら今日は昼からバイトとのこと。
羽沙と電話で甘い物が食べたいと話していて『AppleMilk』に行こうという流れになったそうだ。
「月成君も甘い物好きなの?」
「そんなに食べないけど、嫌いじゃないよ」
古瀬と『AppleMilk』に行くのは初めてだったな。
天気予報で熱中症アラートが出てるほどの暑さの中、バス停からしばらく歩くと店が見えてきた。
人気店なのは間違いないのだが、不思議なことにこの店には行列ができない。
少し先に歩いていた女子三人が店に入ろうとして、別の方へと歩いていく。
満席なのかな?
「あ、良かった。席空いてるよ」
羽沙が吸い寄せられるかのように、店前の看板メニューの前まで歩いていく。
古瀬も看板メニューを見るのかと思いきや、突然立ち止まった。
「人多いし、止めとく?」
「「え?」」
その言葉に俺と羽沙の声が重なった。
店内は八割程席が埋まっているものの、満席じゃない。
「やだ彩香なに言ってんの? 余裕で入れるじゃん」
「え? ……あれ?」
まるで一瞬寝ぼけていたように、羽沙の声にハッとする古瀬。
「あ、入れるよね。なんか、入れないような気がして」
「もー大丈夫? 暑いんだから早く入ろ」
女子二人に続いて俺も店に入る。
冷房の効いた店内に甘い香り。
「いらっしゃいませ」
店員さんがすぐに出迎えてくれた。
何度も見たことがあるアルバイトの女の子。
「こちらへどうぞ」
何度も見たことがあるのに、こんな子だったっけ?
特にホワイトピンクの長髪が綺麗で、とても染めているようには思えない。
「私のこと、気になりますか?」
俺たちが席に座ると笑顔で微笑まれた。
「あっ、いや……すみません」
気づかれてた。
めっちゃ気まずい。
「お決まりになりましたら、そちらのベルでお呼びください」
いつものセリフとメニューを置き、店員さんは行ってしまった。
「……あの子のこと気になるの?」
「か、可愛いからね、男子なら見ちゃうよね」
羽沙が俺に言った問いに、古瀬が焦ってフォローしてくれる。
ありがとう。でも羽沙は俺と同じ感覚で聞いてきたんだと思うぞ。
「羽沙も気になってんだろ?」
「うん。前から見たことある人だけどさ、あんな可愛かったっけ? めっちゃ綺麗な髪だし忘れるわけないんだけど、初めて見た気がするんだよね」
「だよな」
初めて見たと言うより、今まで何故か気にならなかったと言うべきか。
「そう? 普通じゃない?」
古瀬だけ俺たちとズレた感想。
「普通じゃないよ! 彩香も可愛いけどさ、別の可愛さっていうか」
「ありがと、羽沙も可愛いよ」
女子二人でキャイキャイ話し始めた。
「さて」
とは言え、店員さんが気になったからってそれ以上の事はない。
俺はメニューを開いて、さっさと注文を決めることにした。




