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■ ■ ■ ■ ■
フフン、フンフンッフ~ン♪
あまりテンポの良くない鼻歌を口ずさみながら、クレリアと手をつないで歩くロザリー。
空いてる手には、ヴィオラが残していったカフェのクーポンが握られている。
陽射しが強く、セミの声が響く歩道。
クレリアは変わらずの黒スーツだが、ロザリーはこれまで外出時に着ていた主張の強い紅いドレスとは対照的な、大人しめの白いワンピースを着ている。
ロザリーが歩くたびに袖とスカートの丈に施されたフリルが揺れて、楽しい気分を表現している。
結局、昼食はヴィオラお勧めのカフェに行くことにした。
クーポンを見たロザリーの食いつきが凄く、それ以外の選択をした場合、がっかりさせてしまうのが容易に想像できたからだ。
「クレリアはパンケーキ食べたことあるの?」
「いえ、一度もないです」
「どんな味なんだろうね?」
テレビで紹介されていたモノは、そんなにいらないだろ? というくらいシロップをかけていた。
甘味に興味がないクレリアはパンケーキに期待も何もないものの、ロザリーが嬉しそうにいているだけでカフェに行く価値があると思っている。
ほどなくして目的の店が見えてきた。
郊外に建てられた一軒家風の店舗。
二階に掛けられた横長の看板には『AppleMilk』という店名が彫られている。
前面はガラス張りで店内の様子が伺え、陽射しが強いため長めのオーニングが掛けられていた。
入り口には写真付きのメニューが貼られた看板。
白を基調とした塗装で、全体的に女性受けしそうなややファンシー感のある内装だ。
夏休みということもあり、学生の女子グループが多い。
「…………」
なぜヴィオラがこの店を勧めてきたのか、クレリアは少し納得した。
時刻は昼。
ある程度の人気店なら混雑して、順番待ちを覚悟する時間帯だ。
だというのにこの店は八割程の客入りで、それ以上誰も入ろうとしない。
この店を目的に来たであろう女子二人組が入り口の前まで行き、何かを思い出したかのように踵を返す。
他の来客も同様に、店から誰かが出ない限り次の客が入らない。
明らかに空席が見えるのに“絶対に満席にならないようになっている”。
「入らないの?」
様子を見ていたクレリアの手をロザリーが引っ張る。
店を出ようとする者はいない。
いま入れる者は、満席を防ごうとしている何かに抵抗できる者だけだ。
それはつまり、おそらく店の店員に自分たちが普通の人間ではないと教えるようなもの。
「入りましょう。姫様はどれが食べたいですか?」
店に入る直前、看板メニューに注意を逸らしてわざと立ち止まる。
「これとね……これ」
ロザリーは一番の目的であるパンケーキと苺パフェを指さす。
「そんなに食べれるんですか? どっちもそこそこ大きいですよ?」
「食べる。絶対に」
まるでそれが使命かのように意気込んでいる。
店内からは、ロザリーとクレリアを見る普通の視線しか感じない。
この国では外国人と呼ばれる容姿の二人。
普段から受けている視線と変わらず、特異な者の注意は感じない。
クレリアがドアを開けると、備え付けのベルがカランカランと鳴り来客を知らせた。
「いらっしゃいませ」
黒い制服にフリルの付いた白いサロンエプロンを巻いたウエイトレス。
ホワイトピンクの長髪を揺らし、笑顔で二人を出迎える。
大きな瞳に整った顔立ちの美少女。
胸元のネームプレートには『福音寺』の文字。その下にアルバイトと書かれている。
「こちらへどうぞ」
窓際の席に案内され、ロザリーとクレリアは向かい合う形で座った。
「お決まりになりましたら、そちらのベルでお呼びください」
二人の間にメニューを置き、ウエイトレスは軽く頭を下げて戻っていった。
さっそくロザリーがメニューを広げて目を輝かせている。
看板に載っていた以上にメニューは豊富だった。
(あの娘、人間じゃない)
クレリアは戻っていくウエイトレスの後姿を流し見る。
人の容姿、言葉を喋っているが、人間から産まれていないという事がクレリアにはすぐに判った。
ホワイトピンクの地毛が特異であることを自覚してか、あのヴィオラと同じ様に、一般の人間が過度に注目をしてこないような魔法を自分に掛けている。
「クレリアはどれにする?」
「私は……パンケーキとコーヒーにします」
「……それだけでいいの?」
色々注文したいロザリーはクレリアにも沢山注文してほしかった。
「気にせず好きな物を頼んでください。ただし、最初は二つまで。それを食べてからまだ食べれるようなら次を注文しましょう」
「わかった!」
ロザリーはテーブルの端に置かれたベルに手を伸ばす。
ファミレス等にあるようなボタン式ではなく、白銀の小さなハンドベルだ。
チリンチリンと音に反応して、さっきのウエイトレスが席まで歩いてきた。
「お決まりですか?」
はい、と元気よくロザリーが返事をして最初から望んでいたパンケーキと苺パフェを注文した。
クレリアも注文を済まし、ウエイトレスの去り際に声を掛ける。
「満席にならないようにしてたのに、私たちが入ってきてもよかったの?」
「はい。だってその為に席を空けてるんですよ」
「……他にも私たちみたいな人がいるの?」
「能力者と会うのは初めてですか?」
ヴィオラも自分たちの事を能力者と称していたことから、こっちでは彼女たちの様な者をそう呼ぶのが一般的なようだ。
一般的と言っても、その存在が普通の人間に周知されていないので、身内内での通称といったところか。
ウエイトレスはクレリアの疑問に答えようとし、ロザリーの表情に気づいて言葉を止めた。
「先にご注文のお品をお持ちしますね」
「ええ、ありがとう」
ロザリーに気を遣ってくれたことに礼を言う。
気にはなるが、自分たちの害とならなければ深く探る必要もない。この世界にも色んな生物がいるということだ。
頷いてウエイトレスはカウンター奥の厨房へ戻っていった。
「何の話をしてたの?」
「姫様はこの店に掛けられている魔法と、あの店員のことにお気づきですか?」
「うん、すごく優しいよね。このお店の魔法もすっごく優しい」
「魔法が優しい……ですか?」
たまにロザリーはクレリアとは違う感性でものを言う。
天使の気配に気づいたり、クレリアには感知できない感覚を持っている。
「だってワタシたちの為にこのお店の魔法が掛けられてるんだもん」
「私たちが来ることを知ってたと?」
「そうじゃなくて……この魔法が判る人たちの為って言うか」
うまく説明ができないようだが、言いたいことはわかった。
「姫様は誰かを想って掛けられた魔法だというのが判るのですね」
「うん」
優しさに気づける事は長所だが、同時に悪意にも敏感だということだ。
(……過去の経験の影響かしら)
ロザリーはクレリアと出会う以前の記憶が無い。
いつどのタイミングで話せばいいのか、話す必要があるのか、今のロザリーとの生活でクレリアは測りかねていた。
ふと、感じたことのある視線に気づく。
見れば、店の外で驚いた顔のヴィオラが自分たちを見ている。
クレリアと目が合った彼女は、速足で店の中に入ってきた。
「え? え? なんでおるん!?」
「自分がこの店を紹介したのを忘れたの?」
「いやあんなに怪しんでたやんけ。こんなすぐ来るとは思わんやん」
そこでヴィオラはロザリーを見る。
「おお、可愛いお嬢ちゃんやな。コンニチハ!」
「こ、こん、にちは」
急な事にロザリーは驚いている。
「クレリアの知り合い?」
「おう! 姉ちゃんの友達や。よろしゅうな」
すかさずヴィオラが答えた。
「……ふふ」
ヴィオラに笑顔を向けられ、クレリアは口端を引きつらせて苦笑する。
「ヴィオラさん声が大きい」
慌ててウエイトレスが注意しにやってきた。
二人は知り合いのようだ。
「すまん。てか、巫神一人でフロアさばいてん?」
「そうだよ忙しいの。忙しいんだから早く厨房行って。どうせビール飲みに来たんでしょ?」
早くそっちへ行けと言わんばかりに、ウエイトレスは厨房を指さす。
「おう、そやで。ちゅーことで、楽しんでってなお二人さん」
ニカッと笑ってヴィオラはすぐに店の奥へと姿を消した。
「ヴィオラさんのお知り合いだったんですね」
ウエイトレス――福音寺巫神は、改めて二人をよく見た。
「彼女にこのお店を勧められたのよ」
「じゃあ楼園千種さんにはお会いしました?」
「名刺をもらったわ」
「それなら私が話すよりも、彼女たちに能力者の事を聞いたほうが詳しく教えてくれると思います。もし気になってればですけど」
「ええ、ありがとう。そうさせてもらうわ」
クレリアの返事に頷き、巫神は他の客に呼ばれて別のテーブルへと向かった。
「友達がいるなんて初めて知ったよ」
「友人ではありません」
ロザリーの言葉にはっきり否定する。
「でも仲良さそうだったよ?」
「……本当ですか?」
そう言われるということは、周りからはそう見えたのだろう。
「うん。ちょっと羨ましいな」
そう呟いて微笑むロザリーは少し寂しそうだった。




