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昼の書入れ時に「close」の札を掛けた『AppleMilk』店内。
林檎と巫神に相手をしてもらっているロザリーは、特別なパンケーキを作ってもらい嬉しそうに頬張っていた。
少し前まで怯えていたので、その様子にクレリアは一安心して視線を対面に戻す。
対面にはヴィオラと楼園千種。
そしてこの店のオーナーだというクラリスという人物。
調理用の白シャツに黒のスラックス。
厨房から出てきた時は長めの白エプロンを掛けていたので、クレリアはてっきり従業員かと思ったが、従業員でも店長でもなくオーナーだと紹介された。
蒼の瞳に、青い長髪を三つ編み風にしたポニーテール。
きめ細やかな白い肌は若々しく、どうサバを読んでも二十代後半なのだが、林檎の祖母でヴィオラの姉だという。
見た目に対してクレリアは驚きもしなかった。
クラリスもヴィオラ同様の能力者であり、そういう者達は容易に外見を好みの容姿にすることができるし、容姿に対して疑問を抱かせない様なおかしな魔法を自身に掛けている。
普通の人間には年齢と容姿の差異を感じさせないという催眠術のような効果がある。
クレリアには効果が無いわけだが、そんな事は気にする程でもなかった。
ちなみに普段は男の店長、クラリスの娘の夫が調理をしているそうなのだが、今日は急用で休みだという。
「狙われたのはクレリアさんということで間違いないのね」
澄んだ優しい声色のクラリスに頷いて応えるクレリア。
「心当たりは?」
「あるけど……どう説明していいか」
千種の問いに頭を悩ませる。
経緯は簡単だが、それには自分たちが別の世界の住人だと説明しなければならない。
向こうの世界を知らない彼女たちにどう話したものか。
「ひとまず思ったこと言うてくれればいいで。何かあればその都度ウチらが質問するわ」
ヴィオラの提案にクレリアは口を開いた。
「まず、私とロザリーはこの世界の者ではなく、別の世界のアルカディアという国の出身よ」
「ちょお待て」
話を進める間もなく、さっそくヴィオラがストップをかけた。
「別の世界ってなんやねん? この日本以外の国の出身ってことでええんよな?」
「古代ギリシャの地域名ね。確か今はアルカディア県として名前が残されてるみたいだけど」
クラリスの説明に「なるほど」とヴィオラが納得してしまった。
しかしそれで納得してもらっては困る。
「いえ本当に別の世界なの。同じ名前の場所があるみたいだけど、そこではないわ。この地球の国ではないと言えば伝わるかしら」
クレリアの脳内に、ロザリーの為に買った『まーるいちきゅう』という子供用の本が思い浮かぶ。
「宇宙人てこと?」
「え……ええ、そうね。そう思ってもらっていいわ」
似たようなものだと思い、千種の答えに頷いておく。
「マジで! 今度宇宙船乗せてくれーや!」
「……そういうのはないのよ」
ヴィオラに付き合ってると話が進まないでの、クレリアは先を進めた。
「昨夜、私は別の人物を狙ってきた暗殺者の邪魔をした。そのせいで目を付けられて襲われたのだと思う。首謀者を叩きたいところだけど、おそらく相手はこっちの世界に来てないから手の出しようがないの」
予想外だったのかクレリア以外の三人は顔を見合わせ、まず千種が口を開いた。
「暗殺者はその後どうしたの?」
「二人いたのだけど、私が拘束したときにここの常連だっていう能力者が現れて彼女に渡したわ。何故か顔は認識できなくて、巫神ちゃんの友達だって言ってた。白い浴衣で水風船の模様が描かれていたけど心当たりあるかしら?」
その言葉に聞き耳を立てていた林檎と巫神が反応した。
「オリヴィエだ」
「急に居なくなったと思ったらそんな事してたんだ」
それだけで言いたい事は伝わったと判断し、二人はまたロザリーと話し始める。
「あの猫っ被りか。ウチらになんも言うてきとらんてことは、その二人はもう死んどるやろな」
ヴィオラがやれやれと首を振る。
「ええ、処理しておくって言ってたし生かしておく様子ではなかったわ。少ししか話してないけど驚異的な力を感じた。どういう人物なの?」
「自然災害が人間の姿をしてると思っていい。価値観も思考回路もウチらとは別物やからあんまり近寄らんほうがええで」
「それがこの店の常連だと?」
「アイツが来るのは夕方以降やからな、二人とはそうそう会わんやろ」
そうであってほしいと心からクレリアは思った。
あまりロザリーと会わせたい人物ではない。
次にクラリスが口を開いた。
「暗殺者と言ったけど、最初は誰を狙ってたの?」
「私の国の王族よ。こっちの世界に来てるみたいで、それを狙ってきたみたい」
「……色々聞いてみたいところだけど、つまりはテロリストの邪魔をしたら狙われて、更に貴女を狙っていたところに林檎と巫神ちゃんが割って入って二人もターゲットにされた可能性があるわけね」
「ええ、そういうこと」
ため息と共に首を振るクラリス。
「そんなら向こうが手ぇ出してくる前に、ウチらが相手連中を潰してまえばええやん?」
ヴィオラの案はもっともで、それができればクレリア一人で実行している。
「刺客を送ってくるだけで大本は来てない。かと言ってターゲットが判らない以上、向こうの世界に行って犯人を捜すのは不可能だわ」
「相手が判らんのになんで来とらんてわかるん?」
「こっちの王族の周辺を調べてみたけど、監視してる人物は見つからなかったし、危険を冒して主犯がこっちの世界に来るなんて考えられない。世界を飛ぶのは簡単な事じゃないのよ」
「でもクレリアを見てた奴はおるんやろ?」
襲撃者の他に誰かが見ていたからこそ狙われたわけだが、そんな気配は一切感じず、誰も見つけることはできなかった。
「いなかったわ。それも含めて、分からない事がいくつかあるの。まず、襲ってきた連中は結界の中に現れたけど、結界を創ったのは奴らじゃない」
結界を張った術者の意識を奪えば即座に結界が崩れ始める。
しかし昨日も今日も、刺客の意識を奪った後もしばらく結界が崩れず、まるで少し様子を見てから術を解除したように思えた。
「あなたたち能力者って言われてる人たちの中に、遠隔で結界を創れる人はいる?」
クレリアの質問に三人は首を振る。
創った本人が結界内に居なければならないのはこちらの世界でも同じようだ。
「さっきも言ったけどこっちの世界に飛ぶのは難しくて、厳重に管理されているワープゲートを使わないと来ることができないのに、どうやってこっちの状況を把握しているのか見当がつかない」
「こっちから向こうの世界に行くにはどうするの?」
千種の質問に「基本的に行くことはできない」とクレリアは答えた。
「ある道具を使わないと向こうにいけないし、もしあなたたちが向こうに行っても生きられないわよ。あっちの空気にはあなたたちにとって毒となる成分が含まれてるからね」
人間が魔物に変化するという現象をクレリアは知っていた。
それを防ぐために天使が迷い込んだ人間を殺しに来ることも。
「観光しに行けへんの?」
遊びに行く気満々だったヴィオラはすごく残念そうだ。
「行けたとしても、感動するのはきっと最初だけね。私たちの国は復興途中で観光者が楽しむようなところはないもの」
しかしヴィオラがそういう反応をするということは、少しは別の世界があると信じてくれているようだ。
「クレリアさんの話だと、私たちは受け身になる他ないように思えるのだけど?」
腕を組む千種。
「今はね。けど相手の最初の目的は、こっちにいる王族だった。彼女たちに話を聞けば何かわかるかもしれない。私がお願いしたいのは――」
「相手のしっぽが掴めるまで、私たちでロザリーちゃんを護ればいいのね」
クラリスの言葉に頷くクレリア。
「王族を護る親衛隊は警戒心が強いから、まずは私一人で話をしてくる。その間、ロザリーをお願い」
幸いにもロザリーは林檎たちに懐いている。
主を預けるなら彼女たち以外にいない。
「クレリアが狙われたのなら、オリヴィエも同じだと思うんだけど」
思い出したかのように千種が林檎たちに視線を向ける。
すでに連絡をしてたらしく、巫神がスマホの画面をこっちに向けた。
そこのやりとりには「もう始末しちゃったよ。生かしてた方がよかった?」と物騒な返信が来ており、千種は溜息を吐いた。
クレリアを襲った男も意識を奪う前に服毒し死んでいる。
やはりラビリスたちと接触するしかない。
ロザリーに少しだけ用事を済ませてくると声を掛け、クレリアはすぐに行動に移った




