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 熱したフライパンに卵を二つ落とし、水を少々入れてフタを閉じる。

 時計を見るともうすぐ八時。

 ラビリスたちが来るまで後四日。

 謎の黒スーツの女といい、アン・レェヴとかいう女といい、面倒そうな相談事が二つもできてしまった。

 それに――


 プルルルル……プルルルル……


 ちょうどソレを考えていたタイミングで、相談したい相手からの着信。

 シンクに立てかけておいたスマホをスライドさせ、スピーカーで通話を始める。


《おっす、起きてた?》

 相手は悠然(ゆうぜん)


「朝飯作ってた」

《そういうところスゲーわ。朝から飯作ろうとか思わんよ》

 そりゃ俺一人だったらただのトーストだけで済ませてたさ。


「羽沙がいるからさ、あいつ作ってやらないと昼まで食わないし」

《……もう夫婦なんだよなぁ》

 スピーカーから呆れた声が漏れる。

 そういう感想は何度も聞いてるので無視。


「ちょうど俺からも話があったんだけど、どうした?」

《……用ってわけじゃないんだけど、昨日の事が気になってさ》

「あの女の人か?」

《おう。理人(りひと)彩香(さやか)もだいぶ気にしてたよ》

 そりゃそうだろう。

 俺も悠然たちの立場なら心配する。


「簡単に言うと……人違いだった」

《は?》

「あ、人違いと言うか、勘違いしたとか言ってた」

 ただ何を勘違いしていたのかは話せない。ソレを言ったらまたややこしい話になるからな。


《なんだそりゃ? 相手が勘違いだったのに、お前たちすぐ帰ったじゃん》

「急用で思い出したことがあったんだよ。それでお前たちに相談があるんだけど」

 実際に相談したい事だし、ラビリスたちのことで誤魔化しておこう。


「花火見に行くときにさ、追加で四人連れて行きたいんだけどいいかな?」

《いいけど、誰?》

「俺の母さんの知り合い。外国から来てて大人三人と子供一人」

《へえ、じゃあお前ん家に今いるんだ?》

「いや、今は別のところにいるんだけど、花火を見たことがないって言うからさ、見せてやろうと思って」

《いいと思うよ。俺から他の二人に話しとくけど、そうなると見る場所決めといたほうがいいよな》

「あ……そうだな」

 日本で有数の花火大会だけに当日はかなり混む。

 今からじゃ有料観覧席は買えないし、流石に九人が座れる場所を探すのは難しい。


《それなら俺が場所探しとくよ》

「マジで? アテあんの?」

 任せとけ、と言葉を残して悠然は通話を切った。

 本当に昨日の事が気になっただけで連絡をくれたらしい。

 直後、廊下からドアを開ける音が鳴り、眠気眼の羽沙が起きてきた。


「……おあよー……誰かと話してた?」

「悠然だよ。ラビリスたちを花火に連れて行くって話しといたぞ」

「そっかー」

 フラフラと顔を洗いに洗面所に歩いて行った。


「……あ、ヤバい」

 そこである問題に気づく。

 ここ連日羽沙は俺の家に泊まっている。

 アン・レェヴみたいな奴がまたいつ突然現れるかわからず、セリカさんたちに相談するまでは二人でいようと話し合ったのだが――


「……おじさんたちになんて言おう」

 羽沙が家に戻ってから、こんなに連日泊まったことはない。

 本気かどうかわからない揶揄(からか)われかたをしてるから、文句が出てくることはないだろうけど、どうしたものか。

 戻ってきた羽沙は俺と向き合う形でカウンターキッチンの椅子に座る。


「目玉焼き?」

「おう。それとパンでいいだろ? ジャムは何がいい?」

「ブルーベリー」

 食パンとジャムを渡しながら、おじさんたちに羽沙が泊まる理由をどうするか尋ねると、すでに伝えてあるとのこと。


「ほら、これ」

 おばさんと羽沙のチャットのやり取りを見せてくれた。


【やっとあっ君とくっついたの? 何日泊まってきてもいいけど、大学卒業するまでちゃんと避妊するんよ】

【まだ付き合ってない(怒)】

 何事もなかったように羽沙はスマホをテーブルに置く。


 あっ君とは俺のこと。

 特に心配はさせてないようなのでそこは安心した。

 ただ、羽沙の気持ちもわかってるだけに、申し訳ないとも思う。

 こいつのことは好きだし、彼女だって言えればそりゃ嬉しい。

 だけど、それを考えるだけで羽沙が不幸になるんじゃないかという不安がこみあげてくる。

 俺と親密になっただけで不幸になる。

 そんな根拠もない理由で胸が苦しくなるんだ。

 そうなる原因は、たぶん分かってる。

 分かってるけど、どう克服すればいいのか、時間が解決してくれるのか、もしかしたら一生このままなのか、どうしたらいいのか分からない。


「なに考えてるの?」

「……え?」

 羽沙の声に顔を上げる。


「怖い顔してる」

「ちょっと考え事」

 だけどソレを羽沙に話しても心配させるだけだ。


「ロザリーっていうお姫様のことをどうとかって言ってた人いただろ?」

「デパートの人ね」

「うん。もしかしてそのロザリー姫って、ガイドさんが調査してる事と関係があるのかなって思ったんだ」

 自然に話を逸らす。


「時間が巻き戻ったとか言ってたよね」

「あ、いや、そっちじゃなくて」

 そういえば羽沙は先にラビリスの部屋に行ったんだった。


「情報が少ないし、話しただけで気分が悪くなるような事だから、皆には教えてないみたいなんだけど、前の王様が仕出かした何かをガイドさんが調査してるみたいなんだ」

「なんでそれを天太が知ってんの?」

「羽沙たちが出た後、少しだけベルハイムさんと話したんだよ。だからもしかして、あの女の人が関係してるんじゃないかと思ったんだ」

「ってことはさ、あたしたちの近くで何かあったってことだよね? ちょっと怖くない?」

 その何かが何なのか判らないけど不気味ではある。


「色んな意味でラビリスたちが来るのが待ち遠しいな」

 言いながら、焼きあがった目玉焼きを皿に乗せて羽沙の前に置いた。

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