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「まずは『守護の光』という剣を見せてもらってもよいか?」
アン・レェヴの要求に、薄れかけていた警戒心が強まる。
「……なんでソレを知ってる?」
俺たちがラビリスを襲ってきた連中の結界に閉じ込められた事を知っていたくらいだ、セリカさんたちの武器を見ていたとしてもおかしくないのだが、その名称や俺が『守護の光』をまだ持っている事を知っているのはおかしい。
それこそ、近くで俺たちのやり取りを見ていたとしか思えない。
「おい、儂の問いに答えてくれるのではないのか? これでは話が進まんぞ」
アン・レェヴは呆れ顔。
「素直に答えるには気味悪すぎるんだよ」
「儂がか?」
頷くとヤレヤレと首を振っている。
「儂はな、この世界で起きた事なら何でも知ることが出来る。調べられると言ったほうが正確かのう。だからおぬしらの事も知っておるし、異世界のセリカという者から、特殊な剣をおぬしが預かっている事も知っておる」
「……なんでも知ることなんて」
「それが儂の力、能力というものじゃ」
「そ、それならさ」
羽沙が俺の服の端を掴みながら声を上げた。
「あたしたちのフルネームと関係を言ってみてよ」
調べられているのなら名前は答えられるだろう。
だけど、俺と羽沙の関係は自他共に認めるかなり特殊なものだ。
予想するなら、友達や恋人くらいだろう。
「神城羽沙。月成天太。恋仲と言うわけでもないのに、天太の家に羽沙の部屋がある。さっさと付き合うか契りを交わせばよいものをお互い距離を縮めず、周りから何度も付き合っていると誤解されたことがある。家族の様な接し方をしておるのじゃ、物理的にそれ以上は近寄れんか。後は心の距離よな」
俺たちは言葉を失った。
初見で言えることじゃない。
誰かから聞いたか、ずっと観察されていたのか。
どちらにせよ、気味が悪いことこの上ない。
「どうじゃ? 納得したなら儂の要求に応えてくれ」
「……なんでも調べられるなら、俺たちに訊きたい事なんてないだろ」
「あるから来たのじゃろうが。この世界の出来事なら問題ない。じゃが、おぬしたちが行ってきた別の世界の事となると話は別じゃ」
「つまりあっちの世界の話が聞きたいと?」
「いいや、違う」
違うのかよ。
「おぬしらと関わったガイドという男がおるな。そやつは何を調べておる?」
思わぬ問いにすぐ答えられない。
ベルハイムさんとセリカさんの会話で、ガイドさんはラビリスたちが来るよりも前にこっちの世界に来ていたと言っていた。
「確か……だいぶ前に時間が巻き戻ったとか言ってたよな?」
確認で羽沙を見ると頷き返してくれた。
「原因はわかってないけど、形跡が見つかったとか言ってたよね」
「形跡じゃと?」
唸るような声にアン・レェヴに視線を戻すと、俺たちを見透かすように目を細めていた。
「その形跡はどこにある?」
「そういう事が起こったかもっていうだけで、詳しくは聞いてない」
その話題が出た直後にラビリスが来たので、それ以上の話はなかった。
「……わざわざ探っておるのは、確証を得ない形跡ということか。ならば問題ないかのう」
「そういうのは調べられないのかよ?」
「そもそも別の世界が存在するなど知らんかった」
「数百年前からあっちの世界の人たちはこっちに来てるって話だけど?」
たしか紗矢さんがそう言っていた。
「勘違いするな。調べることが出来るだけで、手掛かり無く答えを得ることはできん」
「……つまり、どういうこと?」
なんでも調べられるなら、手掛かりなんて必要なさそうだが。
「答えてやる義理はない」
「教えてくれたら『守護の光』を見せてやるけど」
「別の世界という言葉だけでは何も得られん。別の世界に関わっている誰かを儂が認識しているという条件が必要じゃ」
すぐに答えてくれた。現金な奴だ。
「今回は俺たちがラビリスに関わったから知る事ができたと?」
「いいや、得体の知れない者がこの街に空間を創ったところから始まった。最初からおぬしたちの存在を知ってるわけなかろう」
たぶん黒ずくめの人の形をした奴らに襲われた時か。
「なんですぐに来なかったんだよ? 俺たちよりガイドさんたちに直接話を聞いた方が早いだろ?」
「その時は必要が無かった。儂らに関係ない者たちの揉め事なぞどうでもよかったのじゃが、それを調べ始めた者がおってのう、事によっては都合が悪くなるゆえ話を聞きに来たわけよ」
「……調べ始めた者って、もしかして警察?」
世間に隠された秘密の捜査部署みたいなものがあったりするのだろうか?
こんなファンタジーな奴らが実在するくらいだ、そういう専門の人たちがいたっておかしくない。
「普段は会社の営業をしておる奴と、毎日昼間からビールを飲んで寝ておる奴の二人じゃ」
「……本来の姿を隠すための仮の姿ってやつか」
「いや、そうでもない」
「なんでそんな人たちが……特に二人目の人はダメだろ」
俺の感想にアン・レェヴは確かにと笑う。
「その二人に俺たちの事を調べられたら都合が悪いのか?」
「そうではないが、どうやら儂の杞憂で終わりそうでのう、おぬしらと接触しても問題ないと判断した」
「そうなの?」
「うむ」
じゃあ、つまりこの人は……
「時間が巻き戻ったっていう事さえバレなければいいのかよ?」
「その言い方だとまるでそれが起こったようではないか」
「え? 起こったんじゃないの?」
「そんな事が起こるわけなかろう。そういうデマを広げられるのが困るのじゃよ」
「……でもラビリスたちの世界には、その形跡があるって」
羽沙の反応にアン・レェヴはふっと笑った。
「おそらくそれは解明できん。それよりも『守護の光』を見せてくれるのではないのか?」
「あ、ああ。わかった」
羽沙から指輪を受け取り、俺の右手に光る刀身の剣を出現させた。
「持つ者を選ぶ剣か。なるほど、これは儂にも扱えん」
剣を持っている間は五秒先の未来が見えてしまう。
だから俺にはアン・レェヴの言動が一回繰り返されて見え、やや酔ったような感覚を覚える。
セリカさんも慣れてないと酔うって言ってたし、これを扱う練習をしておいたほうがいいかもしれない。
「もういいぞ。確かにそれはこの世界の物ではないな。今さら驚く事実があろうとは、世界は広いのう」
呑気な感想を言ってくれる。
「用は済んだ。時間を取らせたな」
「え……え!? ちょっと!」
一人納得して、アン・レェヴの姿がスーッと薄くなって消えた。
同時に夏の熱気がまとわりつき、見慣れた景色の中に俺と羽沙は立っていた。
隣には時刻表の貼ってあるバス停が立っている。
現われるのも突然だったけど、消えるのも突然だった。
「なんて言うかさー」
不満の混じった声を上げる羽沙。
「どうせなら家まで送ってほしいよね」
「……うん、そうだね」
俺のマンションは、ここから歩いて十五分ほどだった。




