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俺と羽沙は皆との買い物を切り上げ、帰りのバスの中にいた。
原因はもちろん、さっきの黒スーツの女。
ロザリーという主人の名前を出していたのに、肝心の本人は名乗っていない。
悠然たちには、事情は聞かずに今日は解散させてくれと言ってある。
三人は突然の事に驚きながら渋々了承してくれた。
申し訳ないが、変なことに巻き込みたくない。
ラビリスのことも話しそびれたし、花火大会までに落ち着ければいいけど……
「ラビリスのお父さんにどうやって伝える?」
「……うーん」
隣に座り、スマホを操作しながら訊いてきた羽沙に唸る俺。
ロザリー姫が王位を望んだら渡すようにと謎の女は言ってきた。
それを伝えろと言われても、俺たちからベルハイムさんに連絡する手段がない。
なんせ文字通り住んでいる世界が違う。
日本にもラビリスの国の人たちが居るとは言ってたけど、どこに住んでいるかは聞いていない。
花火大会当日の朝にはラビリスを連れてセリカさんたちが来る。
その時に伝えるのが確実だろうけど、花火大会は五日後だ。
それまでに伝えられないのはマズイ気がする。
「着いたよ」
しばらくして羽沙が顔を上げた。
答えが出ないまま降車停留所に着いてしまった。
俺たちは涼しい車内から降りて……立ち尽くす。
バスから降りると夏の気温がまとわりつく。
その不快な熱気を覚悟していたら、なんとも心地良い感覚に包まれた。
「……ここ、どこ?」
「……どこだろうな?」
そもそも降りた場所が見知らぬ所だった。
鮮やかな緑に包まれた並木道。
地面もコンクリートではなく土の道。
陽射しは夏のそれではなく、穏やかで心地良い、まるで小春日和。
並木道は永遠と思えるほど延びており、遥か先は白くぼやけている。
振り返っても同じ道が続いていて、俺たちを下ろしたバスどころか、そもそも人工物がない。
「さて、何から話したものか」
突然掛けられた声にビクッと体を震わせ、俺と羽沙は声の主を見た。
見たと言うより、声が先に聞こえ、スーっと目の前にその人物の姿が現れたのだ。
祖父ちゃんの家にある日本人形を彷彿とさせる黒髪長髪の美女。
金色の蝶が幾羽も刺繍された深い黒の着物。
歳は三十前後くらいで、切れ長の眉と目。
その胸元は大きくはだけていて、肩から胸元まで白い肌が露出している。
首には黒いレースのチョーカー。
なんとも奇抜なファッションセンスだ。
「……こんな幽霊の出かたってある?」
「いやぁ……どうだろう」
全然怖くないけど、登場の仕方がまさにソレなので、とりあえず幽霊だと疑ってみる俺たち。
「幽霊などではない。ほれ、握手」
袖から細く白い手を差し出してくる彼女。
「…………」
しかし俺たちが反応しないのを見て、少し寂しそうに手を引っ込めた。
「おぬしたちにいくつか尋ねたいことがある。まず――」
「ちょっと待ってくれ! あんたは誰でここはどこだ!?」
早口で彼女の言葉を遮った。
まずは俺たちに説明してくれ。
「儂の懸念が解消されれば二度と会うことはないのじゃが?」
ラビリスといい、まだ若いのに年寄り口調なのは変な奴の特徴なのか?
祖父ちゃん祖母ちゃんですらそんな喋り方しないのに。
「それでも説明してくれ。あんたも別の世界の人間なのか?」
「儂はアン・レェヴ。この世界の者じゃが、人間ではない」
「……人間じゃないってなに? 今度は宇宙人とか?」
羽沙の問いに彼女、アン・レェヴは首を振る。
「ヒトの形をして、おぬしたちに解るように同じ言語を使っているだけで、存在としてはまったく違うモノじゃな。この身体も作り物じゃし、内臓など詰まっておらん」
「宇宙人って言われるより怖えんだけど……」
俺の呟きにケラケラ笑うアン・レェヴ。
「儂を理解させるのは難しい。深く関わることもなかろうし、珍しい者がいると思っておればよい。この空間については説明の必要はなかろう?」
「いや、こんな場所知らないし」
「先日おぬしたちが閉じ込められた空間と同じじゃよ。多くの者は結界と呼んでるかの」
その言葉に鳥肌が立つ。
なんでその事を知ってんだ?
ラビリスの関係者なら普通に声を掛けてくればいいだけ。
それ以外で俺たちを結界に閉じ込める相手となると、ラビリスを狙ってきた連中の仲間である可能性が高い。
「誰かに見られると都合が悪いのかよ?」
「うむ。この格好で外に出るなと孫たちにうるさく言われとってのう。いちいち着替えるのも面倒じゃし、儂らだけの空間を創ったほうが早かろう?」
……うん?
予想外すぎる回答。
羽沙が疑問を口にする。
「人間じゃないのに孫がいるの?」
「祖母になってくれと頼まれたのじゃ。血は繋がっておらん」
「まだ若いのに、お母さんじゃなくてお祖母ちゃんに?」
「事実を教えても信じんじゃろうし、複雑な家庭だと言っておこう」
未知の人物が複雑な家庭だと生々しいことを言っている。
「……着替えるのが面倒というのは」
「そのままの意味じゃが? 儂は他の者の様に、注視を避けたりするような力は使わんからの。見たければ見ればいいと思うとるんじゃが、孫たちが注目されるのは嫌なようでのう」
家族が胸元を露出した着物で出歩いてたらそりゃ止めるだろう。
「着替えたくないからわざわざ結界を創ったのかよ?」
「そうじゃよ。儂にとっては空間を創る方が楽なのでな」
マジかよ。
警戒は解かないまでも、自分の中で高まった緊張が徐々に薄れていく。
「だからあまり身構えずに儂の問いに答えてくれればよい。それが済めばすぐに解放する」
「……信じていいんだな?」
「疑ってもおぬしたちには何もできんぞ?」
悔しいがその通り。
「ねえ、素直に答えたほうがいいよ」
「わかってる」
羽沙に頷き返し、アン・レェヴを見ると彼女は口を開いた。




