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蝉の鳴き声が響く住宅街をクレリアは歩いていた。
(こっちの人間に宝具が扱えるなんて)
考えているのは先ほどの出来事。
(……むしろ、護衛対象の利益になるなら誰でもいいわけか)
それが別の世界の人間だろうと。
あの二人はロザリーを探しているわけではないようだが、興味深い事態ではある。
ロザリーと出会ってからアルカディアの内情を把握していない。
宝具には必ず王族が関わっている。一度戻り、何が起きているのか探る必要があるかもしれない。
(…………)
クレリアは思考を止め、立ち止まり、視線を近くの民家の屋根に向ける。
「私に何か用?」
投げられた言葉に気配が動く。
「おお、ウチらのこと見つけおったで」
「あんたが本気で隠れようとしないからでしょ」
屋根の上にいたのは二人の女。
見つかることを想定していたのか、クレリアの視線を受けても驚いていない。
「とりあえず下りよ」
先に屋根から飛び降りたのは、茶髪ショートヘアの女。
二十代後半くらいで、白のワイシャツにダークグレーのスラックス。外回りの営業を担当しています、と言われたら納得してしまいそうな服装だが、気の強そうな端正な表情は、あまり人を寄せ付けなさそうだ。
「そうやな」
エセ関西弁の女も続いて跳躍。
一目見て、その女が普通の人間ではないとクレリアは判断した。
腰まで伸びる長髪は、燃える様な紅。
ラメの入った金色のジャケットにチェック柄のプリーツスカート。アイドルのライブ衣装を意識してるのか、普段着としているなら感性を疑ってしまう。
敵意はないようで、人懐っこい笑顔を浮かべている。
その時、夏休み中の小学生男児三人が自転車に乗って横を通り過ぎた。
クレリアと茶髪の女に一瞬注意を払ってすぐに通り過ぎていく。
視線を誘う容姿の赤髪の女には一切反応していない。
(わざわざ目立つ格好をして、人目を引かない何かをしてるの? 変な奴)
クレリアは視覚をスイッチして、赤髪の女が全身に纏っている何かを視た。
「その瞳、人間のモノやないな」
一見してクレリアの瞳に変化はないが、赤髪の女は視覚の変化が起こっていることに気づいた。
「だからなに?」
この二人に人外であるとバレたところで問題はないだろう。
「少し話を聞きにきただけ。後をつけておいて言うのもなんだけど、怪しい者じゃないわ」
「いや、ウチら充分怪しいやろ?」
「黙って。あたしは楼園千種。これ、名刺ね」
赤髪の女をあしらい、茶髪の女、千種はクレリアに名刺を手渡した。
「……ホワイトミルキーウェイ、営業」
初見の印象そのままの名刺。
クレリアが役職を読み上げると、千種は苦笑する。
「ただの肩書よ。あたしに営業なんて無理」
じゃあなぜ営業担当などしているのかとも思ったが、口には出さず、クレリアは二人を観察する。
このホワイトミルキーウェイという会社の商品、クレリアには非常に近しい物だ。
女性物の衣類や化粧品を主軸に世界展開しており、かなりリーズナブルな価格販売なので、ロザリー姫のドレス以外の衣服は全てこの会社の物をまとめ買いしていた。
だからと言って、そのお礼というわけでもないだろう。
「隣のこいつはヴィオラ。見ての通り変な奴。気づいてるとは思うけど、普通の一般人じゃないわ」
紹介され、赤髪を揺らしヴィオラは微笑む。
「まあお互い初見で只者やないって気づいてんのやから、気張らんで変な揉め事は避けようや」
「そっちの事情に合わせるつもりはないわね。私が邪魔だと判断したら即刻消えてもらう」
クレリアの威圧に二人は動じない。
用事を早く済まそうと口を開いたのは楼園千種だった。
「なら手短に済ませましょう。先日、この周辺一帯が結界に包まれたんだけど、アナタの仕業?」
「……結界?」
クレリアには身に覚えがない。
楼園千種が指摘しているものは、ラビリスたちが襲われた時のモノである。
結界の範囲内に住んでいればクレリアも感知できたが、生憎住所はここから離れている。
「時刻は午前一時から三時頃。結界は誰が創ったのか、そこで何をしていたのか、あたしたちはそれを調べているの」
「その時間、私は自宅で寝てたわ」
「そう、なら違うわね」
楼園千種はあっさり信じた。隣のヴィオラも同様のようだ。
「疑いが薄いなら放っておいてほしいわ」
「むしろ少しでも疑わしいならほっとかんやろ?」
それもそうか。
しかしこのまま目を付けられ続けるのも面倒だ。
「あなたたちが結界と言ってるのはコレのことよね?」
クレリアは無所作で結界を創りだした。
大きさにして、クレリアを中心に半径二十メートル程。
現実を映し出すシャボン玉の世界。
「ええ、そう。コレのことよ」
楼園千種は少し驚いた表情を見せたが、すぐに平静になり納得したように頷いた。
「たいした精度や。こりゃ実際に取り込まれんと、結界の存在に気づかんで」
ヴィオラが近くの電柱をコンコンと叩く。
虚偽の空間の再現度は術者の技量により異なる。
クレリアは現実としか思えない精巧な虚偽空間を創り、その発生を感知させない。
違和感を覚えるとしたら、少し涼しくなった程度だろう。
「先に言っておくと、あなたたちの探している人物に心当たりはない。そもそも、あなたみたいな特異な存在すら知らなかったわ」
ヴィオラを指さすクレリア。
おそらくラビリスたちの世界の術者が何かしたのだろうと、心当たりは充分にあったが、教えてやる義理はない。
「ねーちゃんみたいな強力な能力者が、ウチらみたいな者に一度も遇った事が無いなんて、よっぽど隠れて暮らしてたんやなぁ」
ヴィオラたちの様な者を能力者と呼んでいるようだ。
(気づいてはいたけどこの二人、相手の技量を見る目はあるわね)
ヴィオラはクレリアを強力な能力者と言った。
同程度の相手にはそんな言葉は使わないし、クレリアが格上であることを一目で理解している。
それが出来るだけの場数を踏んでいるということだが……
「とにかく、あなたたちの探してる人は私じゃない。もういいでしょ?」
結界を解き、クレリアは話を終わらせた。
相手が何者であれ、ロザリー姫に関わらないのであればどうでもいい。
もし下手に探りを入れようとしてくるのなら、その時は排除すればいいだけだ。
「ええ、ありがとう。もういいわ」
クレリアの物騒な思考を知ってか知らずか、楼園千種は素直に道を開けた。
すれ違いざま、ヴィオラに声を掛けられる。
「よければ、名前を教えてくれへん?」
「……クレリア」
一瞬躊躇したが、クレリアは名前を残してその場を去った。
■ ■ ■ ■ ■
「ただいま戻りました」
クレリアがエアコンの効いたリビングに入ると、ロザリーは料理番組を食い入るように見ていた。
今日は赤いドレスではなく、白いワンピースの軽装だ。
「姫様、テレビに近づきすぎです」
ロザリーは夢中になると興味があるものに近づいてしまう癖があり、よくテレビに近づいてはクレリアに引きずられてソファーに座らされる。
テーブルの上にあるカップアイスは半分残されて溶けていた。
「食べきれなかったら冷蔵庫に戻してくださいと言ってるでしょう?」
「……あ、忘れてた」
溶けたアイスを見てシュンと悲しそうな表情をするも、すぐに何かに気づいてロザリーがクレリアを見る。
「天使の匂いがする」
「私からですか?」
「うん」
ラビリスの宝具を持ったあの二人からの移り香だろうか?
先日ロザリーが天使の匂いがすると訴えてから調べてみたが、天使はこちらの世界に来ていない。
あんな者が来てたら、こっちの人間が大騒ぎするだろう。
だとすれば、天使の子孫であるラビリスたちの匂いである可能性が高い。
「私には感じられないのですが、どんな匂いなんです?」
「ちょっと甘い、お風呂のボディーソープみたいな匂い」
「……なるほど」
少なくとも不快ではなさそうだ。
クレリアはそれ以上気にすることなく、ラビリスの宝具を持つ天太と羽沙をどう調べようか思考を巡らせながら夕食の準備を始めた。
報告の必要なしと判断し、楼園千種とヴィオラの事をロザリーに話すことはなかった。




