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「……ねえ、あれ見て」
観光気分で城内を見ていると羽沙に腕を引かれた。
つられて視線の先を見ると――
「嘘だろ……」
この西洋風の石造りの城に堂々と置かれているジュースの自動販売機。
置いてるとは言ってたけど、違和感半端ない。
「おお、それな」
俺たちが立ち止まっていることに気づいたラビリスが隣に並ぶ。
「城には一台しかないが、ちゃんとデンシマネーが使えるのだぞ」
電子マネーとか言っちゃってる。
城にはってことは、街にも置いてあるんだろう。
「電子マネーを使える環境がこっちの世界にはないんですけどね」
ラビリスに聞こえないように紗矢さんがボソり。
これから街に出るということで、親衛隊の三人はしっかりと装備を固め、俺と羽沙は使用人の服から元の服に着替えている。
「お前たちには珍しくもないじゃろ? 早く行くぞ」
ラビリスがさっさと歩きだしたので俺たちも後についていく。
両隣をセリカさんとカチュアが並び、紗矢さんは俺たちと並んで歩く。
「ラビリスと教育係のお婆ちゃんって喋り方似てるよね」
「姫様がバァバのマネしてるからね。すぐ飽きると思ってたんだけど、一年くらいあの喋り方かなー」
羽沙の呟きに、微笑む紗矢さん。
好きな人のマネとかなんとも可愛らしい。
「バァバのの喋り方には威厳を感じるとか言ってた」
……威厳とか、理由が子供らしくない。
城の入り口を抜け、レンガ調のタイルで整備された庭園を歩き、しばらくして大きな門の前まで来た。
城内ですれ違った人たち同様に、門番の兵士の人たちがラビリスを見るなり片手を上げて笑顔で挨拶をする。
城の人たちはラビリスに対して思っていた以上にフレンドリーな対応だった。
カチュアに隊長と呼ばれているだけあって、セリカさんに対しては会釈をする人も、ラビリスには「いってらっしゃい」とか「気をつけてね」とか気軽に接している。
「お城から大きな門を通って街に出るなんて夢みたいじゃない?」
目を輝かせている羽沙には悪いが、これまでの事を考えると大門を通るくらい、むしろこれは現実的に思えてあまり感動が無い。
「なに言ってんの? 私たちが出るのはあっちよ」
カチュアの指さす先は、門の隣に設けられた武骨な鉄の扉。
いたって普通の大きさなのに、大門の隣にあるせいで貧相に見えてしまう。
「城内の人間が出入りするだけで開門してたら大変だし、行事で出るわけじゃないから普段はこっちなんだー。期待させちゃってごめんね」
俺たちの表情が可笑しかったのか、クスクスと紗矢さんが笑っている。
「それじゃ姫様、おてて繋ぎましょ」
「ん」
差し出されたカチュアの手をぎゅっとラビリスが掴む。
「今から姫様に三十センチ以上近づかないでね、危ないから」
俺と羽沙に注意が飛ぶ。
見たところ何も変わってないのに何が危ないのか?
「こういうことだ」
セリカさんがラビリスに触れようとして、その手がちょうど三十センチほどの距離で止まる。
「あたしもやってみていい?」
羽沙も手を伸ばす。
「あっ! なんかある! 何これ!?」
俺もマネしてラビリスの頭に手を伸ばしてみると、もの凄い弾力のあるコンニャクみたいな感触の何かに阻まれ、それ以上先に手を伸ばせなかった。
「何をしておる。カチュアの魔法など珍しくもなかろうに」
「いや、俺たちにしてみれば珍しいってレベルじゃないからな!」
「産まれた時から護ってるし慣れてるでしょうけど、この防壁は宝具の能力で唯一無二だからね姫様」
「どうでもいいから早く行きたい!」
「わかりました」
妹の我儘に付き合うかのように笑い、カチュアはセリカさんと紗矢さんに視線を送る。
カチュアの装備もセリカさん同様に鎧を纏い、背中にやや大きめの盾、腰には細めの剣なのだが、どれが宝具なのかはわからない。
兄のガイドさんの宝具は宝石の様な物だったから、カチュアも同じような物を持ってるのかな?
「それでは」
セリカさんが先頭に立ち、続いてカチュアとラビリス。その後ろに俺たちが並ぶ。
これがラビリスを護る布陣てわけだ。
ふと疑問が脳裏に浮かぶ。
セリカさんたちはこの国の精鋭で、持っている武具はなんとか竜から授かった凄い物。
どういう状況で襲われたのか詳しく聞いてないが、この三人がいるのに何故ラビリスは殺されたのだろうか?
「なに考えてるの?」
羽沙がのぞき込んできた。
「あっ、いや……なんでもない」
気にはなるものの、さすがに訊けない。
王様が教えなかったということは知る必要がないんだろう。
羽沙の疑問に苦笑で応え、ラビリスたちに続いて扉を通る。
「――おお」
そして目前に広がったのは、城から広がるように伸びる三本の運河と整備された街並み。
教科書で見た中世ヨーロッパの街並みとほぼ同じ様な感じだ。
「天太、あっちにも」
ここから見えるのが三本なだけで、少し進んで見渡すと他にも運河が伸びていた。
そして何よりも、そこに流れる水がメチャクチャ澄んでいる。
河の底までハッキリ見えるのだ。
「ふふん、どうじゃ? アルカディアに流れる水は綺麗じゃろ?」
「すっごい綺麗」
ラビリスの自慢顔に羽沙がうんうん頷いている。
「……でも綺麗過ぎじゃね?」
俺の疑問に紗矢さんが河をのぞき込みながら答えてくれた。
「地下で汚れた水を浄化して流してるんだよ。綺麗だけど主に運輸用の水だから飲まないでね」
「これも魔法で?」
「うん。天太君たちが機械と電気で色々やってるように、私たちの生活の大部分も魔法で成り立ってるのね」
「じゃあ紗矢さんたちも、俺たちのところに来た時は最初驚いた?」
「そりゃあ驚いたよ! 魔法を使わない生活なんて考えられないもん」
それは俺たちが『電気の無い生活なんて考えられない』と思うことと一緒なんだろう。
「そこで止まれ!」
突然の大声。
声の主はセリカさんで、剣の柄に手を掛け視線の先にいる女性を威嚇している。
……いやちょっと遠いな。
百メートルくらい先にいるせいか、相手の表情すらよく見えない。
「私の前には出ないでね」
紗矢さんがラビリスの隣に移動する。
セリカさんの声を聞きつけ、門番をしていた兵士の人たちも集まってきた。
「止まれと言っている!」
しばらくこっちに近づき、二度目の制止で女性は立ち止まった。
女性が何か言っているようだが、それでもまだ離れているせいか声が聞こえない。
「害がないようならわらわの元に連れてきてくれ」
女性に近づくセリカさんの背中にラビリスが声を掛ける。
素人目に見て普通の中年女性に見える。
身なりからどことなく金持ち……貴族夫人という感じの人だ。
しばらくして、セリカさんは女性の両腕を後ろに縛って連れてきた。
女性はラビリスを見るなり、両膝を折って首を垂れる。
「姫様、どうかお願いします! 主人を助けてください! 主人は騙されていただけなんです!」
「先日の掃討作戦で捕まえた者の中に、この者の夫がいるそうです」
土下座状態の女性にセリカさんが剣を抜く。
「騙されていた。冤罪じゃと言いたいのだな?」
ラビリスの発言に女性は大きく頷いた。
「この者は夫が冤罪だと何度訴えてきた?」
門番の兵士の人たちは「今回が初めてです」と答える。
「反乱因子の処刑実行は早い。夫が冤罪だと言うなら直ぐにでも来るべきだというのに、遅くはないか?」
「……それは」
女性が言い淀んだ瞬間、
「それ以上動いたら腕を切り落とす」
セリカさんは淡々と言い放ち、刃を女性の肩に当てる。
「おい、それは」
やりすぎだろ、と一歩踏み出そうとしたところで、
「ここは彼女たちにお任せください」
兵士の人に腕を掴まれ止められた。
「ちょっと失礼」
紗矢さんは怯える女性の懐に手を入れ、
「バレバレなんだよね」
短剣と手のひらサイズの黒い玉を取り出した。
「この玉は自爆用かな? 短剣は……毒が塗ってあるね」
みんなに見えるように紗矢さんが持ち上げると、ラビリスは深いため息を吐いた。
「わらわを殺しに来たのか?」
「…………」
女性は応えず、ジッとラビリスを見ている。
その目は特にラビリスを睨んでいるわけでもなく、捕まったことに焦りを感じてる様でもない。
「違う……と言うわけではないようじゃが、本心ではないようだのう」
しゃがんで女性と視線の高さを合わせるラビリス。
「わずかばかりだが事情は察した。おぬしの持ち物からすぐに解放してやるわけにはいかん。なぜここへ来たのか正直に話してくれぬか?」
そこへタイミングよく、城の扉から女性兵が出てきた。
セリカさんと短く言葉を交わすと、やや怯えている女性の腕を拘束し、そのまま城の中へ連れて行ってしまった。
「あの人どうなるんだ?」
俺の問いにラビリスは悲しそうな表情を見せた。
「おそらくあの者は洗脳されておる」
「魔法でか?」
「いや、普段から言う事を聞くように脅されておったのだろう。夫というのが嘘か本当かわからんが、自分が捕まったら単身でも城に乗り込み、一矢報いよとでも言われておったのじゃろうな」
「そんな無茶なこと――」
「珍しくないぞ。特に反乱因子の組織を壊滅させた後はな」
ある程度は慣れてきたはずなのに、そんなことを幼いラビリスが平然と言うことに言葉が詰まる。
「おぬしたちには関係ないことじゃ、気にするな。それより早く街に――」
「今日は中止です」
やや厳しめの表情でセリカさん。
「なっ!? なんで!?」
理由がわからないと驚くラビリス。
「あの様な者がまだどこかに潜んでいるかもしれません。姫様の言われた通り、組織的な集団を壊滅させた後の街は我らにとって危険です」
紗矢さんとカチュアも同意見だと頷く。
お前たちは遊びに行きたいだろ? というラビリスの視線に俺と羽沙は首を振った。
「いや、今日は止めておこう」
「残念だけど、また今度案内してよ、楽しみにしてるから」
一番危険なのはラビリスなんだ。
観光してみたい気持ちはあったが、それは今でなくてもいい。
「その代わり、お城の中もっと見たい。案内してくれる?」
ラビリスの手を掴んで羽沙が提案すると、
「今日はそれで我慢するか」
と納得してくれた。
「ごめんね」
「気にしてないですよ」
紗矢さんの謝罪に笑って見せる。
そもそもラビリスたちの問題を解決できたのなら、夕飯頃には帰るつもりだったのだ。
手を繋いで城に戻る二人を先頭に、俺たちは来た道を引き返したのだった。




