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同時刻、日本。
「姫様、夕食のご希望はありますか?」
「湯豆腐」
黒スーツの女性に手を引かれ、深紅のドレスに身を包んだ少女がスーパーに来店した。
長い黒髪を後ろに束ねたスーツの女性は、モデルの様に手足が長く背も高い。
端正な顔立ちは冷たい印象を与えがちだが、少女に向ける表情はとても優しかった。
少女は砂金のように輝くセミロングのブロンドを揺らし、今日は何を買ってもらおうかと目を輝かせている。
小学生中学年ほどの幼いながらも気品のある容姿で、主張の強い深紅のドレスを着ても負けることなく着こなしていた。
そんな少女の口から湯豆腐なんて言葉が出るとは誰も想像しないだろう。
「湯豆腐は三日連続食べているので、今日は違う食事にしましょう」
「じゃあ……麻婆豆腐」
「私が豆腐に飽きたので違うものにしましょう」
「クレリアは何が食べたいの?」
「私の好みよりも、まだ食されたことのない料理を作って差し上げたいのですが」
二人の横を「いらっしゃいませ」と挨拶をしながら店員が横切る。
否応にも目を引く少女のドレスに驚く様子もない。
実はこの二人、一か月前に初めて来店してからの常連である。初見の客は珍しそうに見ているが、店員たちには見慣れたお客さんなのだ。
なので、昨日訪れたラビリスにもさほど驚かなかった。
入り口から少し入ったところで少女が何かに気づき立ち止まる。
「……姫様?」
「ねえ、クレリア、これってアレの匂いだよね?」
「匂い……ですか?」
スーツの女性、クレリアは主人が何を指して言っているのかすぐにはわからなかった。
新しい惣菜でも置いたのだろうかと視線を彷徨わせようとして――
「天使の匂いだよ」
「――っ!?」
その答えに言葉が出なかった。
「……姫様。それは――本当に?」
「うん。一昨日来たときはこの匂いしなかったよ」
少女の表情はさして変わらない。珍しい匂いを嗅いだという些細な変化だ。
「それより今日は何にするの? グミも買っていい?」
すでに少女の興味は食べ物に移り気にもしなくなった。
「……そうですね、周りながら考えましょう」
しかしクレリアはそうもいかなかった。
表には出さずとも、内心は動揺していた。
(私は姫様の様に天使の匂いを感知できない)
だが別の方法で探ることはできる。
クレリアは視界を切り替え、ソレを見つけた。
特殊な生物から零れ落ちる僅かなエネルギーの残痕。
(……何故こんなところに?)
天使を祖先とする向こうの世界の国々がこちらに多数の人間を送り込んでいる事は知っている。
だが――
(天使がこっちに来るなんて考えられない)
祖先とはなっているが、天使と呼ばれる存在は現存する。
「このグラタンは?」
少女が冷凍グラタンの袋を指さしていた。
「なるほど、では今晩はグラタンにしましょう。夏なのに姫様は熱い物がお好きですね」
「ワタシ、夏しか知らないよ?」
「そうでした、すみません」
謝ってそのまま移動しようとしたクレリアに少女が怪訝な顔をする。
「これ買わないの?」
「私が一から作ります。そのほうが美味しいですし具沢山です」
「なに入れるの?」
「それなりに適当に」
「えっ? 大丈夫?」
主人は不安そうだが問題ないとクレリアは胸を張る。
(どんな理由か知らないけど、本当に天使なら姫様には関わらないはず)
クレリアは少女の手を握り食材を探す。
天使は自分たちの血を引く人間には興味を示さない。
それこそ人間が争おうが、飢えようが、どんな酷い状況になっても残酷なまでに興味を示さない。
だからこっちの世界に子孫が来て何をしようが干渉しない。
現状はっきりしているのは、こっちの世界の人間が向こうに迷い込んだ時は必ず殺しに来るということ。
(けど何故ここに現れたのか知る必要はある)
そしてもし主人に何か良からぬことをしようとしているのなら、生かしてはおかない。
(姫様を苦しめる者は全て消す)
クレリアの生物では持ち得ない瞳の変化は誰にも気づかれることはなった。




