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18

「名を聞こう」

「月成天太。昨日会ったばかりだけど、ラビリスの友達だ」

 俺の報告はされてないのかな? と考えたが素直に答える。


「友達か。娘は良い友人を見つけたようだ。これからも仲良くしてやってくれ」

 一瞬父親の顔を見せ、王様は鋭い視線を俺に向けた。


「私はベルハイム・アルカディア。我が国の決闘は神聖なものだ。見苦しい言い訳はしないように」

 それは俺が負けるって決めつけてんのか?


「そっちこそ、後になってやっぱりナシなんて言うなよ」

 売り言葉に買い言葉。

 運動神経は一般的な俺だが、剣豪と呼ばれる王様にどれだけ通用するかわからない。


「では、始めよう」

 王様が剣を構える。

 瞬間、すぐに異変は起こった。

 魔法剣の効果で、これまで未来視できていた王様の動きが消えた。


「天太!」

 セリカさんの声。

 それは一瞬で肉薄されたことを知らせるもので、俺はまったく反応できず――


 ドッ!


 脇腹に強烈な蹴りを食らい、俺の体は数メートル床を転がった。


「がはっ! げほっ……」

 吐かなかっただけマシだ。

 痛すぎて感覚が無くなるような衝撃に、すでに体が重い。


「決闘は長引かせるものではない。早々に終わらせよう」

 顔を上げた時には、すでに王様は目の前にいた。

 これだけ近ければ俺の剣が届く。

 もともと力の差は歴然としてたんだ。俺が有利になることなんてない。

 けど、一矢報いるくらいは――


 ――ブスッ……


 …………え? ウソだろ?


 気が付いたら、腹に王様の剣が刺さっていた。ジワッと血が服に広がっていく。

 俺は剣の一振りすら許してもらえなかった。

 あまりの展開の早さに一気に戦意が削がれる。

 漫画みたいに何度か刃を交える場面を想像してたのが甘すぎた。

 現実はそんなに甘くない。

 実力が違えば、こうして一瞬で勝負は決まるんだ。


「負けを認めればすぐに癒してやろう」

 両膝をついた俺の頭上から、王様の声が投げかけられる。

 遅れて刺された場所が熱くなり、俺は歯を食いしばる。


「天太!」

 羽沙の声に反応してそっちを見ると、あいつは拳を握りしめていた。


「がんばって!」

 この状況でなんて無茶な応援をしてきやがる。


「どうした? 早く降参しなければ出血で死んでしまうぞ?」

 ……降参って、もう決着がついたようなもんじゃねーかよ。


「何やってんの!? 早く立って!」

 羽沙の声がいやに大きく聞こえる。

 腹に剣を刺された状態で早く立てってお前……


 ……いや、ちょっと待て。

 この状況で羽沙が普通に応援してるのはおかしい。


 あいつは俺が病気や怪我をした時、ちょっと大げさなくらい心配してくれる。

 そんな羽沙がこの状況で普通に応援するだろうか?


 痛みの苦しみと腹を刺された気分の悪さを我慢して、王様を睨む。

 そんな俺を王様は表情を変えずに見下ろしていた。

 俺が負けを認めるのを待ってるんだ。これ以上手を下す必要もないと考えてるんだろう。


 俺が勝つための条件は明確にされたが、負ける条件は決められていない。

 それこそ気絶でもさせられたら完全に俺の負けだ。

 だけどそうはせず、俺に負けを認めさせようとしている。


 冷静になれ。

 ラビリスやみんなを自由にするには、ここで俺が勝たなきゃいけないんだ。


 剣を刺されて血が流れる()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「負けを認めるまでは助けないぞ。このまま死んでも自己責任だ。決闘とは、そういうものだからな」

 どうしても俺の口から負けたと言わせたいらしい。


 腹から生えた剣に、恐る恐る手を伸ばし触れてみる。

 ちゃんと感触があり、触れた振動が痛みに変わる。


「天太ぁー! 負けるなー!」

 羽沙は俺がまだ戦えると思っている。

 あいつの目には、この状況がどう映ってるんだ?


 そう考えた瞬間、一気にこのカラクリを理解した。


 俺は実際に感じる痛みに顔を歪め、身を小さくする。

 けど、それには少しだけ演技が混ざっていた。

 完全に油断した王様が、また俺に何か言おうとする気配が伝わってくる。

 俺の誘導が成功した!


 王様の気配に合わせて俺は素早く身を起こし、その勢いのまま魔法剣を一振り。


「っ!?」

 さすが剣豪。

 こんな奇襲もあっさり避けられた。

 むしろ避けてもらわないと困る。マジで当たったら怪我じゃ済まないし、俺に手加減できる技術なんてない。

 絶対に避けられると信じての一振りだ。


 一呼吸ぐらいだろうか、場が静まり――


「約束通り、ラビリスの婚約は破棄だ。親衛隊の連中がやった事も……まあ、叱る程度で許してやってくれ」

 ガイドさんの声が響いた。


 王様はただ驚いている。

 他のみんなもただじっと俺たちを見ている。


 ヒラリと舞う王様のマント。

 その端のほんの数センチだけ、刃物で切り取られていた。

 もちろん、俺が魔法剣で斬ったからだ。

 マントを少し切っただけだが、それでも俺の勝利条件は充たされる。


「どうやって見破った?」

「あいつのお陰で」

 羽沙を指さすと、なんで見られているのかわからずキョトンとしている。


「まさか魔法の無い世界の者に、幻術を解かれるとは思わなかった」

 想像通り、剣を刺されたのは幻だった。

 だけど――


「魔法を解いたわけじゃない。実際に剣の感触はずっとあったし、腹も痛くて血が流れる気持ち悪さも感じてた」

 そう、だから幻なんじゃないかと予想はできても、その上で克服したわけじゃないんだ。


「ただこれが全部幻や錯覚なら、体は普通に動くって思っただけだよ。王様も油断してた絶好のチャンスだったから、ここが勝負だと思ったんだ」

「なるほど。敗因は私の油断か」

 王様はふっと笑って、()()()()()()()()()()()()()()()


「……天太。おぬし、勝った、のか?」

 まだ状況を理解してないのか、ラビリスが俺と王様を交互に身ながら近寄ってきた。

 答えたのは王様だった。


「私の負けだ。約束通り、この者の要求は全て呑もう」

 その言葉に、また一瞬場が静まり――


「やっ、やったああああああ!」

 一番に声を上げて喜んだのは紗矢さんだった。

 その声が伝染して歓喜の声が上がる。

 セリカさんたちを押さえていた兵士の人たちの中にも、喜んでる人がいる。


「なんかすっごいあっけなかったけどやったね!」

 羽沙も喜んで手を叩いている。

 まあ、みんなから見たら、俺が蹴られてうずくまったところで、一回剣を振り返しただけだからな。

 錯覚とは言え本気で苦しかったんだぞ。

 その痛みや血の幻覚もすっかり消えていた。


「天太君ありがとう! 本当にありがとう!」

 紗矢さんが走ってきて思いっきり抱きしめられた。

 ……うおぉ、めっちゃ柔らかいですけど。胸が当たってます。良い香りです。


「なにその顔」

 ジト目で羽沙に見られてるがこればっかりは仕方ないだろ。


「ベルハイム王、手加減を?」

 ガイドさんが王様の隣に並ぶ。


「そんなつもりはない。私は本気で落としにいったぞ」

「だよな」

 二人で苦笑している。


「おい、天太よ」

 ラビリスの呼びかけに、紗矢さんは俺を解放し後ろに下がった。


「なかなかやるではないか。見直したぞ」

 ニカッとラビリスが笑った。

 最高の笑顔だった。


「お前たち、改めて話がしたい。全員、王の間へ――」

「ふざけるなっ!」

 王様の声を遮って怒声が上がった。


 見ると、兵士の一人が俺たちに近寄ってきて、五メートル程の距離を取り止まった。

 セリカさんとガイドさんは王様の前に立ち剣を構え、紗矢さんはラビリスを抱きかかえて、その隣でカチュアも剣を抜いている。


「え? なになに?」

 よくわからんが、混乱してる羽沙の手を取り背中で隠す。


「誰だ?」

 ガイドさんの問いかけに応えず、俺たちを睨んでいる兵士の顔の皮膚が崩れていく。


「うぇ……気持ち悪っ」

 羽沙に同意。


「あの時の魔道師!」

 若かった兵士の顔が初老に変化し、紗矢さんが声を上げた。

 あの時の魔道師って、昨日襲ってきた奴か!


「自ら娘に重い鎖をつける王の愚行を見に来たが、なんだこの茶番は?」

 憎々しげに男が吐き捨てる。


「待て、お前たち」

 セリカさんとガイドさんが魔道師に仕掛けようと腰を低くした瞬間、王様がそれを止めた。


「王! お下がりください!」

 しかもあろうことか、王様は二人の前に出て身をさらした。

 ……大丈夫なのか?


「お前のことは紗矢から報告を受けている。宝具の結界の中に結界を作り、そこに転移したそうだな?」

 男は応じない。


「調べさせたが、ヴリュンデルにはその力で人々に奉仕している魔道師がいると聞いた。その者は皆に好かれ、子供に教育も施しているらしい」

 男はじっと王様を睨んでいる。


「お前は我が国を見てどう感じた? 今の我が国をその目でどう見た? その昔、お前を苦しめた国はどう変わっていた?」

 王様は剣のベルトを外して床に投げ、無防備に両手を広げてみせる。

 魔道師を除く全員が青ざめて王様を護ろうと動き、王様はそれを片手で制した。


「全員剣を納め、私から離れろ」

「ベルハイム!」

「早くしろ!」

 ガイドさんの抗議に耳を貸さず、王様は声を張る。

 しばらくみんな迷っていたが、王様の意図を汲み、渋々剣や構えを解いて後退した。

 セリカさんも魔法剣を納めてしまってるので、未来(さき)を視て王様を護ることができない。


「私のことが憎いか? お前ならその場から私を殺すことは容易なはずだ。やりたければやるがいい。今のこの国は私だけで栄えてるのではなく、皆が努力をして支えあっている。私がいなくなったところで揺るぎはしない」

 魔道師は右腕を上げて、掌を王様に向けた。


「だが覚えておけ。お前が私を殺せば、お前は確実に変わる。今まで愛してきた者、育んできた者に二度と触れることはできない。私はお前の様な者と幾度と出会い、前王の行いを心から謝罪してきた。この命一つ差し出して済むのなら惜しくはないが、それでは何も解決しない」

「……お父様……ヤダ、死なないで」

 紗矢さんに抱えられているラビリスが怯えている。


「もしお前に復讐に勝る強い心があるのなら、その目でこの国の行く末を見届けてほしい。その手を血で汚すのなら、それからでも遅くはないと思うのだが、どうだろうか?」

 魔術師は応えず、場が嫌な静けさに包まれた。


 誰も動かないまま時間が過ぎ、しばらくして魔術師の右腕が下りた。


「私はアルカディアを見限った。この国がどうなろうと知ったことではない。だが――」

 ギラリと殺意のこもった瞳で王様を睨む。


「また私の様な者を生み出したその時は、今度は容赦せずお前を殺す。覚えておけ」

「ああ、私が間違えたその時は、よろしく頼む」

 王様の言葉を聞き、フッと魔術師は姿を消した。


「まったく、心臓に悪いことをしおって」

「うわあ!」

 今までどこにいたのか、いつの間にか婆さんが俺の隣にいてびびった!


「お父様!」

 紗矢さんの腕から飛び降り、ラビリスが王様の足にしがみついた。


「死んじゃ嫌だ!」

 そんな娘の頭を優しく撫でる王様。


「どうやら命拾いをしたようだ。まだまだ頑張らねばな」

 その表情は今までのどこか冷たいものではなく、父親が子供に接するように穏やかだ。


「やっばい……超緊張したー」

 隣で羽沙がはぁぁと息を吐いている。

 周りでは同じように気を緩めてる人が多数。


「ベルハイム王、ラビリス姫」

 そんな中、今までずっと黙っていたラビリスの婚約者が二人の前に立ち、一礼をする。


「アルフレッド卿、すまないな」

「いいえ、喜ばしいことです。王もこうなることを望んでいらしたのではないですか?」

「……は?」

 紗矢さんが怪訝な顔をする。

 同じような表情をセリカさんとカチュアも浮かべていた。


「ラビリス姫、良いご友人を持たれましたね」

 アルフレッドさんは優しく微笑みラビリスを見る。


「……えっと……そのー……婚約はできんのじゃが」

「はい。実は私にはずっと想いを寄せている女性がおります」

「うぇ!? じゃあなんでわらわとの婚約の話を受けた!?」

「私もベルハイム王と国を立て直す志は同じです。私と姫様が結ばれれば、我が家の権威と王宮の権威とで抑え込める貴族が増えるばかりか、他国にある分家にも様々な協力を求めることができます。そこから国を安定させることが出来れば、想い人と一緒になることはできなくとも、彼女に平和を与えることができる。そう考えておりました」

「…………」

 ラビリスはポカンとしている。

 アルフレッドさんも望んだ婚約ではなかった。けれど好きな人の為に、自分が出来る最大限の事をしようと自分の気持ちを殺していた。


「婚約は破棄されましたが、これまでと変わらぬ忠誠を誓います」

「ありがとう」

 王様は素直に礼を述べ、アルフレッドさんの手を握る。

 もう一度二人に頭を下げ、アルフレッドさんは応接間から出て行った。


「あの……王様」

 紗矢さんが少し困った顔で問いかける。


「もしかして、私たちが姫様の婚約阻止の為に動くってわかってました?」

「お前たちラビリス親衛隊は、私よりも娘のことを何よりも優先させるからな、予想はしていたし大人しくしている性分でもあるまい?」

「じゃあ婚約の話は――」

「お前たちが阻止しようとしなければ、そのまま進めていた。今この結果は、お前たちが勝ち取ったものと言えよう」

「……素直に喜べないんですが」

「ふっ」

 紗矢さんの反応に王様は少し笑う。


「そうだな、ひとまずは場を変えるとしよう。私からお前たちに話さねばならぬこともある」

 その言葉を合図に、様子を見守っていた大臣と兵士の人たちは動き始めた。

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