16
翌日の午後、日用品と食料を買い終えた俺と羽沙は並んで歩いていた。
今日も陽射しが強く、暑い。
こんな日にコイツが買い出しの手伝いをしてくれるなんて珍しい。
「今日も泊まってくのか?」
買った物からみて、泊まる気なのは薄々わかっていた。
「……だって、みんなのことが気になるんだもん」
「一度向こうに戻ったら一週間はこっちに来れないって言ってたじゃねーか」
「でも違う人が来るかもしれないじゃん」
実のところ、俺もそれは期待している。
もしかしたら、セリカさんの部下の人とかが何か知らせに来てくれるかもと。
「……まあ、そう上手くはいかねーと思うけどな」
向こうの人たちからしてみれば、ラビリスが戻ったのなら、俺たちなんてどうでもいいはずだ。
わざわざ事の経過を教えに来るメリットがない。
それからお互い無言で歩き、程なくしてマンションに到着。
「あーつーいー。早くクーラー」
ダレている羽沙を横目に玄関のドアを開け――
「待ってたわ」
「うおおおおおおお!?」
まさか人がいるとは思わず、大声を上げてしまった。
「私を見て驚くなんて失礼ね」
ムッとして腕を組む彼女は、見覚えのあるスーツを着ていた。
肩まで伸ばした銀髪に、端正な顔立ちは誰かに似ている。
羽沙よりも少し背が高いくらいで、歳は俺たちと同じくらいだろうか。
「話があるから中に入って。部屋は涼しくしておいたから」
まるで自分の家の様に振る舞い、彼女は中へ入っていく。
「……ねえ、あの人って」
「ああ……たぶん、向こうの世界の人だ」
俺と羽沙は顔を見合わせ、彼女を追った。
「その顔から、どうやら私の事はある程度察しているようね」
リビングに入るや否や、ゆっくり話をする気はないのか、立ったまま俺たちの顔を見る。
「ラビリスの城の人、だろ?」
「そうよ。私はカチュア。姫様の親衛隊であり、セリカ隊長の部下。あと、ガイドは私の兄よ」
誰かに似てると思ったら、ガイドさんの妹か。
「時間がないから手短に話すわ。姫様と隊長たちを助けて」
「助けるって……ラビリスたちはどうなったの?」
羽沙の問いにカチュアの表情が曇る。
「これまでの功績から牢には入れられてないけど、隊長と紗矢は監禁されてるわ」
「セリカさんは無事なのか!?」
俺の声にカチュアの視線が鋭くなった。
「ええ、無事よ。あなたたちが勝手な行動をしなければ、こんな状況にはならなかったのだけどね」
「…………」
どうやら事の詳細は聞いているようだ。
俺たちがうかつに動いたせいでセリカさんは負傷した。
痛いくらい後悔してるさ。
「アンタたちのせいで……」
カチュアの目端がだんだんとつり上がり、握った拳を振るわせている。
しかしそれも一瞬で、彼女はすぐに息を吐いて気を静めた。
「ごめん、ちょっと余裕がなくて失言だった。アナタたちは悪くない」
「……いや、別に」
謝られても困る。
「急を要するのは姫様よ。早ければあと数時間で姫様の婚約が成立するわ」
「ほんとに急だな!」
「昨日の夜にはこっちに来てたんだけど、この場所を探すのに手間取っちゃって」
バルモンドさんがこの家に来れたのは、ラビリスの持つ護石の反応があったからだと言っていた。
セリカさんたちから住所は聞いてたんだろうけど、知らない土地で迷ってしまったようだ。
「ラビリスは反対してないの!?」
「姫様の意思が尊重されていればこんなことにはなってないわ。それを無視して、王と大臣たちは話を進めているのよ。あなた達は姫様の友達なんでしょう?」
俺たちは同時に頷く。
「姫様も喜んでた。別の世界だけど、友達ができて嬉しいって。でも、もう会えないって、寂しそうに泣いてたわ」
婚約が成立してしまえば、国から出ることが出来なくなるから。
「なによそれ! 子供を泣かせてまで王様は結婚させたいの!?」
羽沙は怒っているが、俺にはそこまでの感情は湧かなかった。
実は少しだけ、王様の気持ちがわかるんだ。
国の中でも狙われてるのに、外に出ればもっとラビリスは危険に晒される。
王様はローズさんを失って大切な人がいなくなる辛さを知ってる。だからこそ、強引にでもラビリスには安全な場所にいてほしいんだ。
俺も両親を亡くしてから、大事な人たちにはできるだけ危険な場所に行ってほしくないと強く思うようになった。
「この件に関して、私たちは王に逆らえないし、姫様を助けることもできない。けど、あなた達なら何とかできるかもしれない」
だから自分はここに来たのだと、彼女の瞳が語っている。
「……期待してもらってなんだけど、俺たちに何かできるとは――」
「魔法剣を持てるんでしょ? 私にも見せてくれる?」
意図はわからないが、羽沙がはめていた指輪を受け取り、俺は右手に魔法剣を出現させた。
同時にカチュアが目を見張る。
「隊長を疑ってたわけじゃないけど、本当に持てるのね」
「これを持てたらどうにかなるのか?」
この剣を持てる者はラビリスを何かしらから護れるらしいが、今は武器が必要な状況だとは思えない。
「魔法剣は必要ないけど、それを持てる人物で、尚且つローズ様にお会いになったあなたなら王も無視できないはず。だから、話だけは聞いてもらえるかもしれない」
なるほど、俺たちに説得を頼みたいわけか。
……いやー、自信ないな。
「迷ってる時間はないの。すぐに私たちの世界に来て」
カチュアは懐から透明な玉を二つ取り出し、一つを俺に渡した。
その動作に、羽沙が首をひねる。
「あたしはの分は?」
「連れて行くのは彼だけ。というか、彼以外連れてくるなと言われてるから」
「誰に!?」
「バァバに」
ラビリスの教育係だという人か。
「ちょっと待って! あたしも行く! 絶対に行く!」
ガシッと羽沙は俺の体にしがみついた。
「おい、お前――」
「天太は黙ってて!」
「ふざけるのは止めて。相手してる暇ないの」
「ふざけてなんかない! なんで天太だけで私はダメなの?」
「そんなの知らないわ。私が決めたことじゃないんだから」
このカチュアって子もアレだな。
そんな正直に答えても羽沙は引かないってのに、説得する様子もない。
「チッ……面倒ね。どうせあなたを招くだけでも重罪なんだし、もう一人増えても一緒か」
……投げやりなこと言い出したぞ。
「ラビリスの為に自分が罪を背負ってもいいのかよ?」
「構わないわ。隊長と紗矢だって同じ気持ちだったんだもの」
いいながら彼女は羽沙に透明な玉を渡す。
「ついてきてもいいけど騒がないでよ?」
「もちろん」
頷いて、羽沙は俺から離れた。
話を聞いてもらえたとして、嫌がるラビリスの気持ちを押し切ってまで婚約をさせようとしてる王様を相手に、どうやって説得したものか。
「やるだけやってみよう」
けど、このままじゃラビリスを想って動いた人たちまで不幸になってしまう。そんなのは絶対間違ってる。
それに昨夜、部屋に戻ってストゥニールの宝玉を見たら、青かった宝石が赤くなっていた。俺への危険が無くなったってことだ。
もっとギリギリな状況に追い込まれるかと思っていたのに、意外とあっさり危機は去った。
セリカさんは自分たちのせいで俺が危険に晒されると言っていたが、それでも助けてもらったんだ、今度は俺がみんなの力になってやりたい。
「ありがとう。悪いけど、すぐに準備してもらえる?」
俺と羽沙は急いで食料を冷蔵庫に詰め込み、ガス栓や部屋の簡単な確認をする。
「それじゃあ、それを床に叩きつければ向こうに飛べるから」
カチュアが玉を叩き割り、俺たちもそれを真似する。
すると――
サアアァァァ…………
波の音の様なものが聞こえ、周りがスーッと白くなっていき、リビングが塗り替えられてゆく。
「……うわー」
第一声は羽沙の驚きの声。
いつの間にか俺たちは、西洋風の部屋の中にいた。
「見てよ天太、外すごいよ!」
羽沙と一緒に大きな窓から外を見ると、そこには映画でしか見たことのない風景が広がっていた。
まさに城下町。石造りの建物が多く並び、水の都と言ってただけあって、大きな水路が何本も敷かれて、その上を船が通っている。
街全体に緑も多く、計算された美しい街並みはとても豊かな街に見えた。
「……んっ……んんっ」
何やら羽沙が喉を鳴らしている。
「何やってんの?」
「なんか急に喉が詰まっちゃうっていうか……なんかここ、息苦しくない?」
「いや、俺は特になんとも」
その時――
「この大馬鹿者があああああああ!」
部屋に怒声が響いた。
ぎょっとして振り向くと、カチュアの前に腰を曲げて杖で体を支えている老婆が一人。
「連れ帰るのは男一人だとあれほど言うたじゃろうが!!」
「でもどうしてもあの子も来るってきかなくて、時間も無いし、一人も二人も一緒でしょ?」
カチュアの言い訳に、老婆はカッと目を見開く。
「一緒なわけなかろうが! その為に注意して聞かせたというのにオマエというやつは!」
ギロッと今度は俺たちを見て、その姿からは想像できないほど早く俺の前に歩いてきた。
「手を出されよ」
「え? あ、はい」
勢いに押されて素直に従ってしまう。
腕を取られて何をされるのかと見てると、老婆が何かを呟いた瞬間、俺の人差し指に痛みが走った。
「バァバ! 何してるの!?」
カチュアが驚いて近づいてきても、老婆、バァバは無視した。
俺の指先からは血が少量流れ出ている。
「この血を舐めよ」
バァバは羽沙に命令する。
「え? 舐めるって? え?」
当然混乱するわけで、カチュアも何をさせたいのかわからない様子。
「いいから早く舐めよ! 死にたいのか!?」
「……えぇー、血を舐めろって、そんな急に」
「えっと、あなた……羽沙だっけ? とりあえず言うこと聞いておいた方がいいと思う。天太の血を舐めないとこの子が死んじゃうんだよね? そういう事でいいんだよね、バァバ?」
カチュアはバァバに確認し、頷き返される。
「羽沙、俺も気が進まないけど言うこと聞いた方がいいと思う」
バァバの表情からは、何か危機感が感じられる。
「ん……んんー……わかった」
血を舐める行為に抵抗感があるのは十分わかる。
それでも羽沙は勢いに押され、俺の指先の血をひと舐めした。
不思議なことに、羽沙が舐めた直後に指の痛みが引き、血も止まった。
「…………あれ?」
そしてキョトンとする。
「どうした?」
「なんか急に喉のつっかえが無くなっちゃった。息もしやすいし」
「どゆこと?」
「あたしにもわかんない」
俺たちをよそに、バァバは持っている杖でカチュアの頭を叩いた。
「いたーい!」
「痛いで済んで有難いと思うことじゃな」
「どういう事? ちゃんと説明してよ」
「説明はできん」
「それじゃ納得できないんだけど!?」
「おぬしが儂の言うことを聞かんかったからじゃろうが!」
その時、ガチャッと音を立てて部屋のドアが開いた。
「天太!?」
「羽沙ちゃん!?」
セリカさんと紗矢さんだった。
二人ともシャツとズボンだけの軽装だ。
二人に続いて、スーツではなく鎧に身を包んだガイドさんが顔を見せ、ドアを閉めた。
「なぜお前たちがここにいる!?」
誰よりも早く声を出したのはセリカさん。
どうやら俺たちが来ることを知らなったようだ。
「私が連れてきました」
カチュアの行動にセリカさんが青ざめる。
「こんな事をしたらお前が――」
「承知の上です。姫様の気持ちを理解し、王に声を届けられる者は月成天太しかいません」
「うん、ナイスカチュア」
セリカさんとは対照的に、紗矢さんはグッと親指を立てて笑った。
「ガイド! まさかお前もこれを知ってたんじゃないだろうな!?」
「知ってたからお前たちをこの部屋に連れてきたんだろ」
噛みつくセリカさんに、ガイドさんは肩をすくめて見せた。
「だが、連れてくるのは天太一人だと聞いていたが?」
「こやつが勝手に連れてきたんじゃよ」
「だって付いてくるってきかないし、早く連れてかなきゃと思って!」
三人の間にセリカさんが割って入る。
「待て待て待て! どういうことだ? これはバァバが言い出したことなのか?」
「姫様の婚約が成立するまで大人しく待ってるおぬしたちじゃなかろう?」
「……バァバを巻き込むつもりはなかったんだが」
「余計な気を遣いおって。そもそも姫様を異世界に飛ばす提案をしたのは儂じゃ。今さら巻き込むも何もなかろう」
……うーん、完全に俺と羽沙は話についていけない。
「それより兄さん、状況は?」
カチュアの問いにガイドさんは「急げよ」と腕を組む。
「先ほどアルフレッド様が到着し、姫様も部屋から出たところだ。婚約の成立も時間の問題だろうな。セリカ、色々言いたいことはあるだろうが、二人をこっちに連れてきた以上、やることをやらないと後悔するぞ」
「……わかった。すまない二人とも、私たちに力を貸してくれ」
セリカさんが頭を下げる。
「あの、セリカさん……怪我の具合は?」
「あんなものかすり傷だ。心配ない」
「……いや、気絶してたし、めっちゃ血も出てたけど。俺のせいで、ごめんなさい」
頭を下げなければならないのは俺の方だ。
俺の内心を察してか、俺が頭を下げる前にセリカさんは笑った。
「何を言っている。怪我を負ったのは私の誤算でお前たちのせいではないし、お前たちなりにあの状況を打開しようと動いたのだろう? 結果的に失敗に見えるだろうが、幸いに私の傷はすでに完治したし、魔術師も捕らえることができた」
「そうそう、出来ることがあるのに、なーんにもしない方がかっこ悪いよ」
紗矢さんもニコッと笑顔を見せる。
まるで俺たちの失態なんて無かったかのように振舞う二人に、少し涙が出そうになった。
「それでさ、天太君と羽沙ちゃんがなんで連れてこられたのか説明してくれない?」
カチュアが紗矢さんの問いに頷きつつ、俺たちに服を手渡す。
「説明してる間に、二人はこれに着替えて。そっちに仕切りがあるから手早くね」
言われて、俺たちは交互に着替えを済ませる。
渡されたのは執事とメイドの服だった。
「使用人の服よ。それを着て私の後ろを歩いてれば怪しまれないわ」
カチュアもいつの間にかスーツから軽装の鎧に着替えていた。
なるほど、こっちの世界じゃ俺たちの服装の方が目立つわけだ。
「しかし、ガイドもよく妹にこんな事をさせたものだな」
セリカさんは視線をガイドさんに移す。
「バァバから話を持ち掛けられた時には、カチュアは向こうの世界に飛んでたからな。止めることも出来なかったんだよ。止めたところで俺の言うことなんて聞かないだろうしな」
苦笑するガイドさん。
「ひとまず話はこれくらいにして、行動に移ろう」
カチュアがドアノブを握り、一同を見る。
「天太と言ったな?」
「……え? あ、はい」
バァバが俺を見上げる。
「姫様のこと、頼むぞ」
その表情は、カチュアを叱っていた時とは別人のようで、すごく優しく微笑んでいた。
全員が頷いたのを確認して、カチュアはドアを開いた。




