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ラビリスたちの気配がある程度離れたことを確認すると、紗矢は攻撃を止めて魔道師との距離を取った。
魔道師はフードを剥され顔をあらわにしている。
白髪をオールバックにまとめた初老の男。顔色や僅かに見える肌は不健康な白さ。
「わかんないな、どうして最初からお前が出てこなかった? あんなスカスカな傀儡を使う魔術師だけだと思わせて油断させるつもりだったとしても、私たちが国に帰ったら手が出せないし、手加減する意味ないよね?」
「……油断などさせるつもりはない」
底冷えする様な低い声で、男が口を開く。
「先刻、我らのクライアントが兵士どもに捕まった。私を含め、組織に加担していた者たちが捕らえられるのも時間の問題だろう」
「だから自棄になって今更こっちにきたわけ? 魔道師になれる実力があるのに、そんな奴らに雇われて汚いお金を貰って、得たい物ってなに?」
「言っておくが私は傭兵ではない。この力も人々の為、貧しい者や苦しんでいる者たちの為にと習得し、使ってきた。慈善を行い、人を導く事が魔道師の姿だろう?」
その問いかけに紗矢は小さく舌打ちをした。
(この人……前王の被害者だ)
名前を口にすることすら嫌悪されるアルカディアの独裁者。
その男が虐げてきた人間は数知れず、今なおその遺恨は深く根付いている。
「私の父は王に逆らったという理由で処刑された。兵士の横暴を見かねて止めに入っただけだというのに、その行為が反逆だと罵られ、意味も無く殺された」
ギロッと男の瞳が紗矢を映す。
「私と母は国から追放され、ヴリュンデルに逃れた。皆、私たちに優しくしてくれたよ。もっと早く亡命すればよかったと後悔するほどにな。その恩を返そうと私は魔道師となり、ヴリュンデルに住む民の為に人生を捧げようと考えていた」
そこで男は口を閉じた。
じっと紗矢を睨んでいる。
(……やりにくい)
ラビリスを狙う者はいかなる理由であれ容赦しない。
だが目の前の男は、まず間違いなく反乱因子にそそのかされてこの場にいる。
できれば戦いたくない。
「つまりアナタを動かしているのは過去の復讐だよね? でも今はヴリュンデルの人たちに感謝されてるんでしょ?
私はアナタほど人を憎んだことがないから気持ちはわからないけど、こんな事してたらアナタを慕っている人たちが悲しむよ」
「ああ、それはわかっている。だから私はもうあの国には戻らない。私の汚れた手では、もう子供たちの頭を撫でることはできない」
教育も任されていたのだろう。懐かしむように男は自分の手のひらを見た。
「姫様を狙う理由は、やっぱり復讐?」
「そんなものは無意味だと思っていたが、ある男に諭された。暴君の血を引く王族は全て殺さなければならない。今はよくとも同じ血を継いでいる以上、またいつ狂い始めるかわからないからな」
極論だと紗矢は思った。
アルカディア王族の祖先は、世界に誇れる人物ばかりだ。彼等の偉業なくしてアルカディアの発展はなく、偉人の血だってラビリスの体には継がれている。
そんなことを言っても男には通らないだろうし、きっと男もそれがわかっていて動いている。
だがそれでもここにいるのは、それだけの動機があり、その隙をつけ込まれたのだ。
「結局のところ、引く気がないのなら私はアナタを全力で倒すしかない。もし、殺してしまったらごめんなさい」
その言葉に男は笑う。
「ああ、いっそのこと殺してくれたほうが、私も汚れずに済む」
本心から願う男の声に、紗矢は悲しくなった。
■ ■ ■ ■ ■
それに気づいたとき、すでに俺たちは囲まれていた。
地面の複数個所から黒い煙が吹き始め、それが人の形を形成するまで数秒もかからなかった。
何度も襲ってきたあの黒づくめだ。
「……うわぁ」
その気味悪さに羽沙が声を漏らして俺の背中に隠れた。
「案外早く現れたな」
セリカさんは抱えていたラビリスをおろし、剣を構える。
――――ッスン。
そして乾いた音が聞こえた瞬間には、全ての黒づくめの体が分断されていた。
斬った瞬間どころか、いつ斬りかかったのかすら見えなかったのだが……
早業どころか、人間じゃ不可能な速さで動いてるよねこの人。
「容易だな」
無感情に呟くセリカさん。
魔法剣で五秒先の未来が見えるなら、そりゃあこの人なら無敵だわ。
なんて考えていた矢先、目の前でまた黒い煙が噴出した。
今度はたった一つだが、さっきよりも大量に噴出し――
「これはまたデカイのぅ」
ラビリスが見上げて声を上げてしまうほど大きな人型。
五メートル以上はありそうな巨人だ!
しかも見た目が黒づくめなので、気味悪さも比例して異様である。
「大きくなれば良いというものではないぞ」
セリカさんが跳躍。
落下の勢いで頭から股まで一気に巨人を斬りつけ――
ギギギギギギ!
金属を擦りあわせたような不快音が響いただけで、巨人が煙に戻ることはなかった。
着地後、再度攻撃するのかと思いきや、セリカさんはすぐにラビリスの元に戻った。
「どうじゃ、倒せそうか?」
「倒すことは可能です。ですが、少し時間が掛かります」
すると突然、ザッと音を残して巨人が消えた。
「離れろ!」
セリカさんの声。
俺と羽沙は何が起こっているのかわからず、混乱してすぐに動けなかった。
直後、俺たちの体は強い衝撃を受けて吹っ飛んだ。
「うおっ!」
「痛った!」
羽沙と一緒に地面を転がり――
ズズーン……
さっきまでいた場所に、巨人がうつ伏せで倒れているのを見て背筋が寒くなった。
どんだけ重いのか、巨人の形のまま地面が陥没してるじゃないか。
俺たちを助けてくれたのはセリカさんだ。
吹っ飛ばされていなければ、俺たちは巨人に潰されていた。
「すまない、大丈夫か?」
ラビリスを抱えたセリカさんが申し訳なさそうにしている。
申し訳ないのはこっちだ。
わかってたけど、俺たちは完全に足手まといだ。
「羽沙、これをはめていろ。お守りだ」
するとセリカさんは、マジックアイテムだと言っていた指輪を羽沙の人差し指にはめ、去り際に俺にしか聞こえない声で呟いた。
「もしもの時は、お前が彼女を護るんだ」
羽沙に指輪を渡してもセリカさんの魔法剣は消えていない。
つまりセリカさんが魔法剣を出していても、それとは別に俺が出すことができるのか?
そもそも俺に戦えってこと!?
動揺してる暇もなく、巨人が襲い掛かってきた。
「姫様、少し激しく動きます」
「うむ、わらわのことは気にするな」
彼女は主を抱えたまま走る。
大仰に頷いたラビリスだが、次の瞬間には悲鳴を上げていた。
セリカさんの軌跡を描くように、ラビリスの細い金髪がなびく。
「抱っこしながらあんなに動いて大丈夫なの?」
羽沙の心配もわからないでもない。
ラビリスの頭はカックンカックンしてるし、下手なアトラクション以上にセリカさんは早く動く。
しかし、そうまでしてもラビリスを抱えているのが安全だと判断したんだろうし、おそらくラビリスもこんな事は初めてじゃないんだろう。
未来が視えるおかげで、巨人の攻撃を全てかわし、ラビリスの体を自分よりも前に出さないように立ちまわっている。
祖父さんが悪人だったからという理由で、何度もこんな目に遭ってるのだろう。
安物のクッキーを美味いと笑って食べてる女の子が、その女の子を家族同然に想い、世界を一緒に旅して回る夢語りを嬉しそうに聞いている人たちが、本人たちのせいではない理由で何度も命を狙われて襲われる。
一日一緒にいたぐらいで、なんだこいつらって思ってもいたけど……
それでもこんな理不尽な目に遭っているのを見ると、気分が悪い。納得がいかない。
自分の抱く感情の整理ができなくてイライラする。
「ねえ天太、これって……?」
俺の抱く感情に気づいてない羽沙が、指にはめられたリングを見せる。
俺ではなく羽沙に渡したのは、俺が魔法剣を持てる事をラビリスに隠したいからだろうか?
「もしもの時は俺がお前を護れってよ」
「あんなのから護れるの?」
「……相手の出かた次第だな」
「ふふ、なにそれ」
こんな状況だが笑顔を見せてくれた。
紗矢さんのいる方角からは絶えず轟音が響いてくる。
魔道師ってくらいだから、すごい魔法でも使ってるのだろうか?
黒い巨人は、セリカさんを捕まえようと絶えず動き回っている。
俺が避けれるかと言われたら話は別だが、その動きくらいは目で追える。だからそれ以上に早く動いているセリカさんを捕らえられるわけがないのだが、セリカさんの攻撃も効いてるようには見えない。
「もしかしてさ」
俺がジッと巨人を睨んでいたところで羽沙の声。
「自分でも何かしてみようとか考えてない?」
「……ちょっと考えてることはある」
セリカさんたちの会話から、敵は魔道師と魔術師の二人。
目の前の巨人を魔術師が召喚しているのだとしたら、ソイツをどうにかすれば巨人は消えるんじゃないか?
そして本人が姿を現さないということは、巨人を出している間は動けないんじゃないか?
「うーん、どうなんだろう」
羽沙に意見を求めたら、首を傾げられた。
「でも、もしソイツが集中してて、あたしたちが近寄っても気づかなかったとしたら」
「不意打ちで気絶させることはできるかもしれない」
頷きあい、お互い行動の意思があることを確認する。
ここで立っていても足手まといにしかならない。
だったら身を隠すか、何か行動をとるべきだ。
ただ、一つ言えることは――
「「危なくなったら逃げよう」」
俺と羽沙は声をシンクロさせて行動を開始した。
「おい! お前たちどこに――」
セリカさんの声が聞こえたような気がしたが、巨人の起こした振動と爆音にかき消されて、何をいってるのか聞き取れなかった。




