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13

「起きろ」

 セリカさんに体を揺さぶられ、目を覚ました。


 時刻は深夜二時。

 全員同じ場所にいてほしいという理由から、リビングに布団を敷いて俺たちは寝ていた。


 紗矢さんはスーツではなく、最初に見たチャイナっぽい服に着替え、まだ寝ているラビリスを抱えている。そのラビリスも、パジャマからドレスに着替えさせられ、頭にはちゃんとティアラが乗っている。

 ちなみに俺と羽沙は普段着のまま寝ていた。

 二人の緊迫した表情に、否応なしに眠気が飛ぶ。


「おい羽沙、起きろ」

 何かあると直感し、隣で寝息を立てている羽沙を強引に起こす。


「うっさぃー……まだ寝てるしぃ」

 ええい、面倒だ。


「イタああーい!」

 頬を思いっきりつねったらすぐに起きた。


「痛いわこのバカ!」

 バチッ! と起き上がりに平手打ち。

 こっちもつねったわけだから、そのくらい甘んじて受けてやるさ。そして周りを見て状況を察しろ。


「おやすみ」

「寝るなよ!」

 タオルケットで顔を隠した羽沙を強引に起こす。


「羽沙、すまないが起きてくれ」

 セリカさんの声でようやく状況を察したのか「なんなの?」と文句を言いながら俺と一緒に立ち上がる。


「どうも様子がおかしい。注意してくれ」

「様子がおかしいって?」

 俺の問いに「具体的にはわからん」との返答。

 直後――


 バチンッ!


 電気が弾けた様な音と同時に照明が全て消え、視界が暗くなる。


「なになに!?」

 羽沙がしがみついてくる。

 俺は緊張と驚きで声が出せない。


 ギィンッ!


 暗い視界の中で突然火花が散った!


「二人ともベランダに出て!」

 紗矢さんの声に一瞬戸惑ったが、俺はすぐに羽沙を引っ張ってベランダへ移動。


「なに……これ?」

 羽沙の呟きに、その視線の先を見ると、

「……なんだよ?」

 そこは夜空ではなく、空一面が赤紫色に染まっていた。

 雲一つなく、ただ一色ののっぺりとした異常な空。


「……ヤダ、気味悪い」

 今は震える羽沙の手を握り返してやることしかできない。


「ガイドさん! どこですか!?」

 紗矢さんの呼びかけに返事はない。

 部屋の中では剣のぶつかり合うような音が続いている。


「……んぅ……どうしたのじゃ?」

 ここでようやくラビリスが目を覚ました。


「ちょっと襲撃をうけちゃってるだけです。すぐに追い払いますから、心配いりません」

 心配するなと言う表情にはあまり余裕がない。

 ラビリスは大きな瞳で周囲を見渡す。


「人が寝ている間に襲ってきおって。非常識な奴め」

 心底不機嫌そうに唇を尖らせた。


「爆発するぞ! 飛び降りろ!」

 リビングからセリカさんの声。

 飛び降りろって、俺の家は五階だぞ!


「天太君! 大丈夫だから!」

 言って紗矢さんはラビリスを抱えたまま跳躍。

 ええい! よくわかんが迷ってる暇はなさそうだ!


「羽沙! 頼むからじっとしてろよ!」

「えっなに!? ちょ……いやああああああああ!」

 お姫様抱っこで羽沙を持ち上げ、俺はベランダから飛び降りた。


 直後――


 ゴオオオオオオーーーーーーン!


 俺の家から轟音と共に火柱が上がった。


 紗矢さんが何かしたんだろう、俺たちの体は地面に落ちる直前、クッションにズボッと突っ込んだ様な感覚で、無事に着地した。


「……マジかよ」

 さらに驚く光景に目を疑った。


 ベランダに出た時は空の異様さにばかり目が行って気づかなかったが、俺の住むマンションとまったく同じ建物が無数に乱立しているのだ。

 そして、ある程度進んだところからは、何も建っていないただの荒野が広がっている。

 建物も道路も何もかも、その境界線からバッサリと切られていた。


「魔道師の結界だな」

 隣にセリカさんが着地し、周囲を見る。


「セリカ、怪我はないか?」

 ラビリスの心配に「問題ありません」と応じている。


「しかしながら、この状況は些か問題ではあります。おそらくこれは敵の隔離結界です。抜け出すには術者である魔道師を探し出して倒さなければなりません」

「おぬしたちの見解では魔術師一人だと聞いていたが?」

「はい、私もなぜ今になって魔道師が現れたのか不可解でなりません」

 魔術師と魔道師。どちらがどう違うのか俺にはわからない。


 その時、浅黒いローブを深く被った一人の人間が姿を現した。

 距離にして十メートルくらいだろうか、唯一あらわになっている口元は陰で暗く、外見からは性別がわからない。


「奴か」

 セリカさんと紗矢さんが素早く構える。

 あいつが魔道師なのだろうか?

 対峙しているだけで圧迫される気配に、羽沙が腕にしがみついてきた。その体は小刻みに震えていた。

 そうだよな、怖ぇよな。


 俺は二度襲われたわけだが、その時はこんな圧迫感はなかった。

 だが目の前のやつは違う。俺たちを背に護ってくれている二人がいても、湧き出る恐怖が止まらない。


「お前たち」

 ラビリスが俺と羽沙の手を取り、

「大丈夫じゃ、心配ない」

 驚いたことに、この状況でにっこり笑った。

 十歳の女の子が、魔道師の気配に気圧されることなく、気丈に俺たちを励ましてくれた。


「シッ!」

 気合と共に紗矢さんが掌底を突き出し――


 ベゴッ!

 瞬間、魔道師を中心に周囲の地面が円形に陥没した!


「…………」

 にもかかわらず、奴の体はまだそこに地面があるかのように浮いている。


 ゴロ……ゴロ……


 雷のくすぶる音に真上を見上げると――


 轟音と共に眩い発光!


 俺はとっさに羽沙を庇うように抱きしめ、視界の隅でセリカさんが魔法剣を天に突き出しているのを見た。

 刀身に雷が落ち、直後には収束した光が一直線に魔道師へと襲い掛かる。


「…………」

 が、光は魔道師を避けて、周囲に飛散した。


「セリカさん、三人をお願いします」

 心なしか、紗矢さんの服の装飾が赤く光って見える。


「姫様」

「うむ」

 ラビリスはセリカさんの首に腕を回し、セリカさんは左腕だけでラビリスを抱き上げた。


「ここは紗矢に任せる。私たちは離れるぞ」

 言いながらも、セリカさんはすでに足を進めている。

 羽沙の手を握り大人しく従うも、俺は彼女の背中に疑問を投げた。


「紗矢さん一人で大丈夫か? 前に襲ってきた奴よりもヤバそうだけど、二人で戦ったほうがよくない?」

 セリカさんは足を止めることなく答える。


「ああ、確かに魔道師は魔術師の傀儡より遥かに厄介だ。倒そうと考えるなら、我ら二人で相手をするのが確実だろう。だがその間、誰が姫様を護る? 結界内で魔術師も我々を監視してるはずだ。この状況で姫様から離れることはできない」

「でも、さすがに一人じゃ――」

 そこでようやくセリカさんは俺に視線を向けた。


「天太は紗矢がやられるとでも思っているのか? アイツは宝具を任された姫様の親衛隊だぞ? 魔道師は厄介な相手だが、だとしても、それに後れを取るようなことはない」

 セリカさんはスッと視線を切り、建物を曲がる。

 後ろからは轟音や爆音が響いてくる。


「天太、こやつらを信じろ」

 セリカさんの肩越しにラビリスがじっと俺を見ていた。


「そしてお前は今、誰を支えねばならぬのか自覚しろ」

 その視線が俺の後ろに向く。


 羽沙はさっきから一言も喋らず、ドンッ! と音が響く度に体を委縮させている。

 普段は気の強い奴だが、雷音とかめっぽう弱い。


「そんなに怖いんならもっとくっつけ」

 握っていた手を放して、羽沙と腕を絡ませた。

 すると、ぎゅーっとすがるように身を寄せてくる。

 こんな気味悪い世界に閉じ込められて、いつ襲われるかわからない恐怖で、恥ずかしさなんて微塵もなかった。

 何かあったらセリカさんはラビリスを優先する。

 もし本当にヤバくなったら、俺たちは自分たちの力で逃げなきゃならない。


「俺から離れんなよ」

 声をかけると羽沙はコクンと頷き、そんな俺たちを見て、ラビリスは励ますようにニコッと笑った。

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